挿入話◆父の暇つぶし
「・・・・・ふむ」
手元に届いた娘からの手紙を眺めると紅茶を一口含む
何も問題など起こっていないような書面に目を通し終え大きくため息をつく
少々の誤字や走り書きのような文面に、相当大変な目に遭ったことが伺える
娘のクリスティーナはどうにも強がる癖がある
私に弱みを見せまいとするその姿が何とも可愛らしく、からかい過ぎてしまった
結果、我が娘ながらなかなかにいい性格になってしまった
とにかく勝ち気で、男を立てることを知らない
兄たちを必死に追う姿についつい競争心に火をくべてしまったが后妃としては他にも必要な素養が多々あったかもしれない
が、もう過ぎたことだ
今だって外交官顔負けの行動力で各国に一月以上の滞在を平然と行っている
続いて従者のレオが書いた文書に目を通す
こちらはクリスティーナからの文書が当てにならないことを強く言って聞かせたため実際に起きた事実が淡々と連ねられている
文を目で追っていくうちに自分の顔からみるみる血の気が引くのが分かった
淡々と綴られる文面はクリスティーナのいびつな≪恙なく公務を行っております≫の文字からは想像つかないほど壮絶だったようだ
動かなくなるほどの腕の損傷とは・・・私の娘はいつ前線に立つ騎士になってしまったのか
ビーステインの民との関係により修復の可能性はあるようだが
単身外交を任せたのはやはり過ちだったか・・・
后妃になろうという娘が傷物になったとあっては、場合によっては婚約取り消しだってあり得る
お転婆では済まない事態に各国訪問について今一度審議したい気持ちになったが今更どうしようもないことだ
それに、これまでの功績を考えると傷の一つじゃ娘が帰らないことは明白だ
私が帰るようになんて通達を出した日には目を向いて怒り出すだろう
このままビーステインに足を向け、国政の落ち着いたタイミングで再度アレイデアを経由し帰国の旨が記された手紙は最後まで感情の読めないものだった
新王はザイドと記され、獣人解放運動についても記されていた
王位継承争いに巻き込まれたという内容から、万が一傷が理由で婚約解除なんてことがあった場合の責任の所在がアレイデア王国にあると告げていた
クリスティーナはいい従者を持ったようだ
私が、この婚姻がお前の価値だと言ったことを気に留めていることが伺える
親として冷酷なことを言っている自覚はあるが
面白いのだ、自らの価値をほかに見出そうとあがく娘の姿というものは
最後に書き足された
≪エリック様にはそうぞご心配なさらないようにとお伝えください≫
の文面に何やら棘を感じるが
まぁいいだろう
一旦、王にもこの旨を伝える必要があるだろう
執務室から出て王の謁見の間に足を延ばす
本来なら色々と手筈が必要だが、学友ということもあり軽い近況報告くらいなら気の置けない仲だ
今日は確か財務省とシュタイン国王との謁見が入っていたはずだ
この秋行われる収穫祭を両国で行おうという親睦会についてだったはずだ
国を巻き込んでの話は今年が初で、クリスティーナが行った外交の成果でもある
少し胸を張って扉の側による
もう終わっているはずだが長引いている可能性もある
が、僅かに開いた扉がもう終了していることを告げていた
「なぜご理解いただけないのですか!!」
中から響く少し幼い青年の声に思わず身を引き隠れる
「お前までそんな身勝手を・・・!自分で何を言っているのかわかっているのかエリック!!」
珍しく激高する王に諫めようとノブに手を伸ばしたが続く言葉に硬直した
「クリスティーナとの婚約を破棄し、リリアンとの婚約を「口を慎めエリック」
バチンと王に頬を叩かれたエリックはキッと王を睨む
エリック様ぁ
と甘ったるい声をあげてふわふわとした少女がエリックに駆け寄る
「大丈夫だよ、リリアン」
優しい声でリリアンを安心させるとエリックは王に捨て台詞にも似た言葉を吐く
「私は、真に愛した女性を身分が相応しくないからと側近や妾にする趣味はありません、側室ではなく正妻をリリアンとし、彼女だけを愛したい!」
その言葉に頬を上気させたリリアンがエリックに寄り添う
暗に自分の母のような不幸な妾を作った王を責める言葉にただただ焦りが募る
「・・・・今すぐ出ていけ」
凄む国王にバンッと扉が開く
エリックは一瞬私を見てぎょっとしたがすぐに気を取り直してその場を立ち去った
それよりも私の気を引いたのはその後ろに連れられた少女の方だ
一瞬しか見えなかったが確かに笑っていた
ニヤリと歪に上がる口角は、王子様然と自分を愛するエリックに心を溶かしているという感じでは到底なかった
まるでエリックの事を手中に収めたことに愉悦を覚えているような
そんな笑みだった
クリスティーナは随分と面白いことに巻き込まれているようだ
本来親ならば心配し、嘆くべきだろうが
どうも自分はそんな気にはならなかった
エリックを奪われた我が娘がそんな顔をするのか
悔しがるだろうか
それとも事前に事態を把握し、別の手を打ってくるだろうか
そう考えると、このタイミングの外交すらも一つの作戦のように見えるから不思議なものだ
どちらにせよ、父さんにとって面白い展開にしてくれることを望んでいるよ
私の可愛いクリスティーナ




