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挿入話◆アリの長い憂鬱

ザシュッーーーー


暗闇の中ドサリと横たわり動かなくなったそれを見下ろす

チタチタと刃を伝い落ちる鮮血を一度ブンッと薙ぎ払うと腕で顔に飛び散った返り血を拭う


「―――暗殺ねぇ」


ハキームを支援したアダットの人間がここのところよくラシャドを狙う

まぁ目立った動きは自分がやっているから気弱な兄が狙われることはないのだが

振り向いたときいつの間に立っていたのやら黒い布に全身を包んだ男が一礼した


「ラシャド王子・・・いえ、アリ・・ですね・・・?」


こうしてクマール家から俺に接触してきたのだ

ハキームは国外の令嬢を娶る形で王になろうとしていると伝えられた

ラシャドを王として立てたかったがどうもその気がなく困り果てている様子だった

クマール家の重鎮が集う広間に招かれた俺が言われたセリフは聞き飽きたもので眩暈がした


ラシャドを王にしろ

それに命をかけろ


ラシャド

ラシャド

ラシャド


そればかりで辟易する

あいつには才能もなければ王になろうという気さえないではないか

たかが、たかが瞳の違いだけで・・・!王の血も流れている、正妻の子な自分は虐げられなくてはならないのか

剣だって俺の方がずっと腕が立つ

政だって、資格がないと思われない為目を盗んでは学んできた


俺はラシャドの影でしかないのかーーーー!!


「・・・アリ?」


掛けられた言葉にハッとする

俺をのぞき込む顔は涙が出るほどに鏡映しなのに

煌めく瞳だけが鮮やかで、自分と彼の間を大きく隔てるのだ


あぁ、この瞳をくり抜いて俺のものに出来たのなら

強い嫉妬と妬みに身を焦がすがどういうわけかこの男を恨み切れないのだ


「残酷だな」


優しすぎる彼を恨むこともできず

かといって自分の境遇は報われないばかりだ


そんなある日だった


「そういえば」


ラシャドは思い立ったように言った


「今日、僕じゃなくてアリが王になるべきだってちゃんと言っておいたよ」


納得するはずない

そう思いながらももしかしたらと

少し思ってしまったのだ

あの瞬間まで


アダットとクマールの抗争は日々激化していた

サレハ家が手出しをしてこないのは潰しあいを狙っての事だというのは明白だがそれにかまう余裕はなかった


「女を殺せ」


そう命令が出たのはハキームが王に婚儀の日付を言い渡した時だった

国際問題に発展するその命令にさえ俺は頷くしかなかった


ただ、そう甘くない

戴冠式に初めて妃は国に来ると聞いた

戴冠式より前に暗殺は難しそうだ


そうしてハキームが王になった

クリスティーナというツンとした気の強そうな女が戴冠式に引きつった顔で立った

女はいいなと思った

なんの努力もなしでその位置につけるのだから


戴冠式が行われた夕暮れ時だった


「アリにこの目をあげられたらよかったのに」


にぎわう街を遠巻きに二人部屋に籠っているとラシャドが呟いた


「僕にはこんなものいらない、君こそ・・・その資格があるのに」


儚げに笑う姿に、ラシャドを恨み切れないのはこのせいだと気が付いた

彼は彼で王の血に囚われているのだ

血なまぐさい勢力争いなど彼には似合わないのにその渦中から離席することは叶わない


楽し気に笑いあう街の人々には王がだれであろうと変わらないのかもしれない

街を眺めることでより一層気が沈んだ

今夜にでも自分はあの女を手に掛けなくてはならない

なぜかハキームのみが宴を楽しんでいるなかなんとなく教会に行きたくなった

いくつも命を奪ってはいるが、政略結婚で愛もなく来たであろう女を手に掛けなくてはならないと思うと妙に気が沈んだ


「教会に行こうと思う」


呟くとラシャドは嬉しそうに笑う

少し気持ちが穏やかになったがラシャド越しに部屋の入り口付近からこちらを覗く黒い影に表情を硬くした


「部屋から出るなよ」


ガチャリと扉を閉めて鍵をかける

俺以外が扉を開けるときは、俺は死んでいなくてはならない




真っ暗な部屋、横たわる少女は腕にぐるぐると包帯を巻かれていた

俺以外にも狙った人がいるのかもしれない

少しだけそう頭をよぎったがあまり考えないことにした


脳が痺れ、思考力が下がる

仕方がないのだ、こうするほか自分に道はないのだから


心を殺して腕を振り上げる

自分を狙う暗殺者を薙ぎ払うのと同じだ、たったこれだけの事ですべてが報われるのならば


その胸に刃を突き刺せば綺麗な赤があふれ出す

なぜか温かみのないその赤になぜか現実ではないのではないかと錯覚する

その途端罪悪感のような重い罪の意識が消え去る

これは、なくてはならない犠牲だと

この女を殺すことは正当だと思いだした


寝台に横たわるブロンドの髪の娘を何度も何度も突き刺す

あたりは真っ赤に濡れ水たまりが広がる

肩で息をしながら俺は再度ナイフを振り上げた


「これで、これで王になれる・・・・!!」


悲痛な願望を叫びとうに絶命し冷たくなったそれに再度刃を突き立てた時だった

バンっと後ろの扉が開かれ真っ赤に染まった部屋にうっと呻きをあげながらクマール家の次期当主となる男が入ってきた


「な、なんだねこれは・・・!」


わざとらしくうろたえる彼にアリは返り血で真っ赤に染まったまま縋りよる


「望み通り、殺した・・・殺してやったぞ!!これで「なんてことを!!」


俺は王だと続けようとした言葉が遮られる


「外交の為にいらした令嬢を暗殺するなど・・・!!」


あげられた悲鳴にキンと耳が痛くなる


「国王殺しだ、早急に始末せよ」


先程、俺にそう指示したのは紛れもなく目の前の男なのに

一体何を言っているのだろう


「あぁ、あぁ・・・なんと嘆かわしい、ハキームに利用され、挙句このような半端者に手に掛けられるなど!!」


そう言いながら血だらけの寝台に縋るように近づくとだらりとベッドから垂れた腕に頬を寄せる


「おい、貴様・・・気色の悪い事をするな」


とった手にパシリと叩かれたその男は何とも滑稽な顔をしていたという



「なぜ俺がそのような役を!!」


叫ぶスザクにあぁもうと耳をふさぐ


「仕方ないでしょう、お嬢はこんな状態だし・・・上から血を浴びせちゃいくら何でも可哀想すぎる」


「それに、化けるのは得意であろう」


ふふんと得意げに笑うザイドをスザクは睨みつける


「奴隷の開放だ、一人残らず獣人に誇りを戻せ」


そうため息をつくとお嬢の髪の毛を一本抜き取り頬の傷から滲んだ血を指ですくうと

自分の顔の中心にビッと横一本血で線を描いた


「幻術で死んだようにごまかすが、ナイフの細工は頼んだ」


スザクの言葉にザイドが口角を上げる


「王家を愚弄した豚共め、目に物を見せてくれよう」



クマールの手のものにあえて詔書をちらつかせると簡単につれた

もちろんレプリカだが俺の用意したものだ、本物と大差ない


「なんと、この詔書は・・・!アダットめ謀ったな!!」


「だがしかし・・・どうやって」


「王はラシャドだ、政の分からぬ間抜けが王でないと我々の意のままにならん!」


「まずは令嬢をアリに殺させる、その後詔書を持ちハキームを断罪するのだ」


「アリの事は令嬢の暗殺で処罰すればよい」


卑劣な笑い声が響く中俺はゾクリと背筋を凍らせた

隣にいるザイドぐしゃりと本物の詔書を握りつぶす


-----------


放心したまま自分に影が落ちる

褐色のそいつはかがむようにしてへたり込む自分をのぞき込んだ


「ザイドの家臣になる気はないか?」


レオの言葉にふっと息を吐いた

そういえば王に向いているのはザイドだと、しょっぱなからこいつは明言していた

なんだか手の平の上で転がされている気分だ


仕方ない、それにもう申し出を断る理由が俺にはないではないか


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