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私は動かなくなった腕を庇うようにしてラクダに揺られる
「一刻を争うと言うのは分かりますわ、でも戴冠式をみるくらいの時間はあったのではなくて?」
踏ん張りの効かない体を後ろで抑えてくれている男を見上げるが返事はない
眠そうな目がぼんやりと前を見つめるだけ
つれない態度にフンっと別のラクダに荷物と一緒に跨るレオの方を見た
「まぁ、ザイド王子なら問題ないかと」
その言葉にフッと息を吐く
そういうことではないのだ、分かっていない奴らだ
いまだほど近いアレイデアで民衆の歓声が聞こえる
ザイドの戴冠か、前王の処刑か
ハキームに対して何も思わないかと言ったら嘘になるが
一度でも会話を交わした相手の処刑が決まるというのはなんとも言えない気持ちになる
国の事に口出しをする気はないが、少なくとも被害者の私は殺したいほど恨んではいなかった。
ザイドはビーステインに自身が王になる全面的なバックアップを頼んでいたようだ
見返りは王になった際の獣人の奴隷解放運動
母国にも奴隷はいるがほとんどが人間で、獣人の奴隷はほとんど見ないが
いわれてみればアレイデアでは獣人の奴隷を数多く見た
奴隷の有無は各国によって違うが、確かビーステインに奴隷制度はなかった。
反発があるのは当然だ。
そこにザイドが王になったら獣人の奴隷解放を条例として出そうと提案したようだ
あの城内には使用人に化けた獣人や奴隷として使われているフリをする獣人がたくさん紛れていたようで破棄された詔書はそれらが回収し、ザイドの手に渡ったようだ
そこからの運びは早く
私の目が覚めたころにはすでにハキームは捕らえられ
家臣のイスハークは処刑されていた
イスハークは王の末弟だったらしく彼らにとっては叔父に値する
王位継承権がなく虐げられて育った彼は、王に奴隷のように扱われていたようだ
身の回りの世話にとどまらず残虐な王の嗜好品として想像を絶するような仕打ちを受けていたようだ
そう聞くとなんだか気の毒だが完全に私怨な王の殺害を私に擦ろうとしたことに変わりはない
ハキームを主に選んだ理由は〔頭の悪い王でなければ私が政治を操れない〕からだという
なんだかハキームが気の毒に思えてきた
そんな理由で三日天下を手にしただけで処刑されるのだから
「ねぇレオ、ビーステインにも教会はあるの?」
「さぁな、そこの不愛想な奴に聞いた方が確実じゃないか?」
「おい貴様、恩人とはいえ失礼だぞ」
後ろで何やら揉めだしたレオと赤毛の双子にため息をつく
強い日照りの砂漠地帯は地面からのじりじりとした照り返しもひどくラクダに揺られるだけでもひどく体力を奪う
なぜこうも彼らは元気なのか
「いいんだよアリ、僕とレオは友達だ」
「なった覚えねぇがな」
「ラジャド、俺たちは王命で来ている、、、自覚を持った方がいい」
「アリは、だよ
君はもう僕の影武者じゃないんだ、君はザイドの臣下になったけど僕はビーステインでのんびり暮らすために向かっているに過ぎないんだから」
のんきなラシャドの言葉にアリが押し黙る
「ザイドは君自身を見てくれるよ、僕なんかの陰でくすぶる必要なんてないよ」
◆
どれくらい時間がたっただろうか
日が沈むと急に肌寒くなった周囲にブルりと身を縮こめる
「この辺で休もう」
そういってラクダから降りると私の事も軽々と持ち上げる
地面にトンッと降ろされたところでようやく気が付いた
「わたくし、貴方のお名前をお伺いしておりませんわ」
見上げた彼の瞳が妙に煌めいた気がした
「そちらからお名乗りいただこうか、姫」
仰々しい所作に慌てて異国のドレスをつまむ
もちなれないそれに少し手惑いながら片手でできる精いっぱいの所作を努める
「クリスティーナ・ロドワールですわ」
ごく一般的な社交を行っているだけなのにレオが慌てて声を上げる
「スザク・カイゼル・ビーステインだ」
「お嬢、手をとってはーーー」
「??」
跪いたスザクの手に自らの手を重ねながらレオの方を見る
何を焦っているのやら
ただ挨拶をしているだけだというのに
チクッ
手の甲に走った痛みに思わず視線をスザクの方に戻す
あの覇気のない目が信じられないくらい怪しく揺れる
ちゅっと音を立てて手の甲から離れた唇に慌てて体ごと離れる
口づけを落としたことはさして珍しくもないが
手の甲に浮かぶ赤い痣に目を奪われた
「なに・・これ・・・」
何かの模様のようなものが浮かびそこに熱が集まるのが分かる
慌ててレオが私の手をとりスザクから隠すように間に立つ
手の甲に目を落としたが既に何もなかったかのように赤い模様は消えている
「どういうつもりだ・・・?」
凄むレオにスザクはけろりと口を開く
「気まぐれな兄がその手を治してくれるとは限らないからね
もし万が一、治らないってなったら可哀想だから貰ってやってもいいかなって思ったんだけど?」
「だからってなぁ」
「なんですの?あれは・・・?」
スザクにかみつくレオに不安になった私は服をつかむ
「あれは、求婚の痣だ
お互い名乗り、口づけが契りになる」
「求婚・・」
なんだかここ数日そんなのばっかりだ




