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ガキィン


はじかれたナイフが少しだけ頬を掠めチクリと痛みが走った


「もっと長く吹いてくれんと・・・場所の特定に時間がかかった」


上からかけられた声に驚いて見上げると崩落した天井から覗く月を背に黒いフードを目深にかぶった青年が立っていた

三階建てほどの高さをものともせずに飛び降りた彼はスタッと私のすぐ横に降りる


紫がかった黒は見覚え新しくすぐに誰か分かった

いや、部屋侵入されたことがあるだけで誰なのかは分からないのだが


「怖い思いをしたようだな・・・遅くなった」


優しくなでられた髪に私の頭は情報処理に失敗しショートしているがひとつわかることがある

目の前にいるのはビーステイン王国の民だということだ

鳴らなかった笛でまさか駆け付けてくれる人がいるだなんて思わなかった


「女を嬲って楽しむなど・・・悪趣味が過ぎるぞ」


そう言って木でできたような小さなナイフで唖然としたまま未だ私の手をつかむイスハークの手を下から払うように切りつけた

確かに当たったはずなのに音もなくイスハークの腕をすり抜けたナイフを独特な民族衣装にしまうと彼はフンッと鼻を鳴らす


摩訶不思議な光景に数回、目を瞬かせるとイスハークが焦ったように声を上げる


「な・・・何をした!!」


するりと私の腕を伝うようにして離れた手はそのままだらりと下に垂れ下がる


「そんなことにしか使えぬ腕なら、なくていいかと思って」


悪戯に笑うと幼く見える彼は少しだけ外れかけたフードを再度目深にかぶりなおす


駆け寄ってきたレオが私の手を引くと自分の後ろに隠すようにと前に出た

見慣れた背中に緊張の糸が切れたように体がだるくなる

今になって痛み出した腕に意識が飛んでしまいそうだ


「なにをした?」


イスハークが動かなくなった片腕に思わず口を開くと少年はこともなげに口を開く


「なに、体から腕だけ切り離したのよ

ビーステインは体に傷つけぬ、罰は魂に与えるべきだ」


見た目には何ともないがだらりと動かなくなった腕を振り回し混乱するイスハーク

レオが小さく息を吐くと私の肩を少し強く抱いた

もうイスハークが反撃してくることはなさそうだ

そう思うと、とうとう私は耐えられなくなりゆっくりと意識を沈めた

軽々と私を抱える腕に揺られ少しだけ意識が浮かんだがまたすぐに重い瞼が私の視界をふさぐ



「・・・・お嬢!!!」


レオの叫ぶ声が聞こえる

どうやら私を抱えたのはレオではないらしい

そんなどうでもいい思考もゆるゆると解けていく


「つかまって」


冷静に響く青年の声を最後に私は意識を失った



王宮内の一室の窓を平然と開けると少年は我が物顔でズカズカと中に入る


「遅かったな、」


ベッドの上に腰掛ける妖艶な青年を一瞥する


「どうして・・・」


呟いた褐色の青年も無視して動かなくなったブロンドの娘をベッドに寝かせる


「なぜそいつとともにいる?」


ザイドの言葉に軽く息を吐く


「襲われてたから助けた」


腕に簡易的に巻いた麻布をゆっくり外す


いまだ鮮明な紅とずたずたに引き裂かれた腕にザイドが眉間にしわを寄せる


「守り笛を渡した、妹の恩人だ」


そうつぶやいた彼にザイドは笑う


「つくづく、強運だな」


侍女を呼び手当の段取りを始めるザイドに一度目をやると今度は意識のない主に縋りつく従者のような男に目をやった

褐色に鮮やかな黄色い目は獣のような輝きがあるにも関わらず

随分と情けない顔をしている


「見た目の修復は出来るが、元通りとはいかない」


そう呟くとその従者はギリリと唇をかみしめる

随分と慕われているようだ


「そこをどけ、邪魔だ」


ザイドの言葉にうつむいたまま立ち上がった従者は肩にぶつかったザイドに後ろによろめくと力なく壁にもたれかかった


「・・・魔王ならあるいは・・・」


ぶつぶつと何かつぶやいているがうまく聞き取れない


聖水で洗い大方の血を落とすと軽く薬を塗る


「巻かなくていい、下がれ」


手際よく麻布に手を伸ばした従者をザイドがいなすと軽く頭を下げて侍女は部屋を後にした

兄弟同士の血なまぐさい争いの多い国だけあって侍女も随分と落ち着いている


「頼む」


短く言われた言葉に頷く


ゆっくり手をかざすと暖かな光に包まれて腕の傷が修復していく

ただ見た目だけだ

ビーステインの中でも限られたもののみが使えるこの力は

確かにキセキとも思えるほどの治癒を実現こそしてくれるが完璧ではない

現に自分には表面的に傷をふさぐので精いっぱいだ

断裂された筋肉や神経はそれこそ神子と謳われる兄ならばできるのが

歴代そこまでの傷を治せたものはそうそういない


内出血が滲んだ腕にザイドが鋭い目つきでこちらを見る


「おい、何とかならんのか」


「兄上なら、何とか出来るかもしれんが・・・」


呟いてから思う

国の長である兄上にそんなことを頼めるかどうか

何より気まぐれな彼が彼女を気に留め、腕を直すところまで至るかどうか

まぁいい、無駄足になったとしてもこの娘はなかなか面白い

守り笛を渡したのも何かの縁だ

この傷がこの後響くというなら貰ってやってもいいかもしれない

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