出発の前に
「な・・・そんな急に・・あぁもうどうしましょう」
私は突然来た招待状に目を回す
明日、ジル王子がお誕生日を迎える
もちろん当日に行われると思っていたが、なぜか私の外交中に日程が組まれており行けない設定にされていた
色々な補正があるのだろうが、大方私の体裁を崩すのが目的だろう
すでに組んでしまった他国との日取りをそうやすやすと変えるわけにいかない
欠席の連絡はすでに行ったし、国王にも謝罪の為足を運んだが
なぜか当日に変更したようだ
突然言い渡された日取りの変更はどうやらジルが言い出したようだが
考えているのも惜しいと慌ててドレスを選び始める後ろで何やらレオが考え込んでいた
「エリック様にお送りいたしました書簡の返事はまだ戻りませんの?」
婚約者とのドレスの色合わせは基本中の基本
当日のドレスを何色にするかといった速達は今朝一番、ジルからの招待状を見てまず最初に送ったが返ってこない
苛立ちと焦りが募る
「とりあえずは青いドレスを・・・お返事がなかった場合を考えて一番わたくしが映えるドレスの準備を」
バタバタと用意を始めるメイド達をしり目に私は大慌てで明日の準備を始める
念のため呼んでいた仕立て屋と宝石屋に頭を下げ可能であればエリックがどうしているかを知りたいと伝えた
王宮かかりつけの仕立て屋は我が家が懇意にしている仕立て屋の師なはずだ
多少の交流は可能だろう
◆
「・・・お嬢、とてもお綺麗ですよ」
結局あれから、エリックからの返事もなければ仕立て屋からの知らせもなかった
鮮やかな青に豪華な銀の刺繍
白いレースの美しいドレスは私の為に作られただけあってどんなドレスよりも私を美しく引き立たせる
背筋を伸ばしふぅっと息を吐く
乗り込む馬車には久しぶりに寄り添う父の姿
「結局あれからエリック様からの手紙はなかったようだね?」
こちらに一瞥もくべずにかけられた声に私は静かに返事をする
「えぇ・・・どういうことかは理解しておりますわ」
「おや、さすがの君でももう少し悲しそうな顔をするかと思ったが・・・」
「分かり切っておりましたもの」
「隠す気もなさそうだし・・・ね・・いざとなったら彼の母上はクビかな?」
「御冗談を、彼女は悪くありませんわ
例え婚約破棄を言い渡されてもそういった不当は致しません」
強く言うとフッと父が口角を上げる
「可愛く泣きつけないから君はダメなんだよ、クリスティーナ」
父の言葉に唇をかむ
じゃあ、惨めに泣いて縋ってわたくしを捨てないでと騒げばいいのか
リリアンに夢中な彼に?
そんなこと、絶対にご免だ
ゆっくりと止まる馬車に父はまたも嬉しそうに笑う
「どれどれ、婚約者様をお迎えに王子はいらっしゃっているのかなっと」
いないことが分かり切ったような口ぶりを腹立たしくも思ったがまあいい
私だってわかってる
案の定いないエリックの姿を特に探すことなく
たくさんの令嬢がエスコートの元向かう城内に一人足を向けた
ホールの扉を開くと優雅に階段を下りる
一人だから目立つのかたくさんの来客たちが私に視線を投げる
ひそひそとざわめく会場になんとなく予想の出来ていた光景が眼前に広がる
「ごきげんよう、エリック様」
優雅にお辞儀をして頭を上げる
白いスーツに金色の刺繍と装飾
王子様そのものの彼に私はにこりと笑みを浮かべる
いいわ、受けて立ちますわ
「ごきげんよう、リリアン様・・・素敵なドレスですわね」
エリックの隣に立つ彼女に目をやる
同じ白に金の刺繍だ
そう、二人は対になる合わせ衣装を着てきたのだ
公共の場に婚約者を招いておきながら
私への嘲笑ももちろんだが不義理すぎる態度にエリックへの不信の声も上がっている
「まずはエリック様、そういったことはわたくしとの婚約を破棄してからなさった方がよろしいかと存じますわ」
ザワリと周囲がざわめく
「次にリリアン様、白に金の刺繍は王族の方のみがパーティーでの着用を許されております
本日のようなドレスは、正式に婚姻なさってからのほうがよろしいかと・・・
それと、そのドレスを着たからにはもっと礼儀作法の勉強に専念なさってくださいませ」
にこりと笑うと綺麗に一礼する
「本日はジルティアード王子のご誕生祭です、どうかそういった行為は自重なさって下さいますよう」
綺麗に微笑んで立ち去る
完全にジルを二の次にして自分たちの恋仲発表に使用した二人にはいいお灸が据えられただろう
強めに立ち居振る舞ったせいで同情されるはずだった私のポジションが完全に悪役側になってしまったけれど
哀れみも同情もいらない
「クリスティーナ、あの、あの」
二人から少し離れたとき
後ろから今日の主役の少年が自信なさげに私の前に走ってきた
白色に金の刺繍
そうね、みんなでお揃い、ね
「ごきげんようジル王子
本日はこのようなめでたい会にお呼びいただきまして・・・」
うわべの笑みを浮かべて挨拶をしようとしているとジルに腕を引かれる
「クリスティーナ、こっち来て」
ぐいぐいと引っ張られて奥のバラ園までやってきた
立ち止まったジルにどうしたのかと尋ねようとしたが急に振り返ったジルが目に涙をいっぱい貯めていて言葉が出なくなった
「ごめん・・・クリスティーナ
ぼく・・ぼく・・・」
しゃくりあげながら綺麗な装飾の施された服を脱ぎ始める
「なにを・・・」
服を脱ぐジルを止めようとしたが体をひねって逃げられてしまう
「今日誕生日会をしたら、おにいちゃんがクリスティーナと一緒に出ると思って
お揃いの服も、きっとそうだろうって
だから着たのに・・・ダンスも・・リリアンが・・ごめんね・・ごめんね」
ぽろぽろあふれる涙にぎゅっと胸が締め付けられる
ジルは、私の事を思ってくれていたのか
「お気持ち・・・うれしいですわ」
上を脱ぎ、肌着姿になってしまったジルをぎゅっと抱きしめる
ジルはまだ落ち着き切らないのかひっくひっくと肩を揺らしている
「エリック様の事、わたくしはそんなに気にしていませんのよ
前におっしゃってくださったでしょう
わたくしが立ち行かなくなったら貰って下さるんでしょう?」
そういって微笑むとジルは涙をためながらうんうんと頷く
「僕は、クリスティーナのこと悲しませたりしないからね」
必死にきゅっと抱きしめてくれるジルの腕になんだか少し心が軽くなったように思えた