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「いやはや、なんとお礼を言ったらいいか」
謁見の間で陛下に頭を下げる
この国に来た時はいなかったクロルドの姿もそこにはあった
今日で私はこの国を発つ予定だ
この数日間、あまりの忙しさに家が恋しくなることはなかったが
いざ帰れるとなるとたちまち自国が恋しくなる
まだエリックは耐えているのかという不安も付きまとうが
リリアンの存在に怯えながら馬車に向かうとクロルドがいた
「クリスティーナ」
どこか晴れやかな表情のクロルドに笑みを向ける
「君のおかげで僕は前を向けた・・・本当に、本当にありがとう」
強く私の手を握り彼は宣言する
「次に君がくるまでに、この国からナイルを完全になくすよ」
「えぇ・・・そうね、楽しみにしていますわ」
中毒者のリハビリやすでに出回るナイルの回収など
問題は山積みだ
馬車の前で片膝をつきクロルドはうっとりするほど優雅に私の腕をとり口づけを落とす
「リリアン嬢に立場を追われた時はいつでもお待ちしております」
笑顔で言われた言葉にヒクリと顔が引きつった
さんざんクロルドを含め国の事を探ったのだ
多少の仕返しが来たということか
「えぇ・・・婚約が破棄された時は今回の貸しをお返しして頂きますわ」
直ぐに持ち直し笑顔で答えるとクロルドはクスリと笑いかなわないなと呟いた
「お嬢」
後ろからかかったレオの声に頷き、馬車に乗り込んだ
馬車から見たクロルドは少しふにゃりと背を丸めていた
引きこもり時代を思わせる猫背に思わず笑みが零れる
この国はまだまだこれからなのだ
国民も、クロルド王子自身も
◆
「・・・お嬢」
揺れる馬車の中おもむろに口を開いたレオに視線を向ける
「俺は・・・」
絞るように出された言葉をピシャリと遮った
「わたくしは、あなたという理解者を手放す気はありませんわよ」
「それでも」
「あなたが用意したのは解毒剤よ、何も悪いことはなさっていませんわ」
つく言葉つく言葉を尽く遮っているとレオが強く壁を殴った
馬車が揺れたり壊れたりすのではないかとドキリとするほど強く
大きく立てられた音に思わず驚き口を噤んでしまった
「クロルド王子は、多少ですが市場にナイルと偽り解毒剤を流通しておりました・・・
俺は、たまたまそれをナイルだと思いこみお嬢に使っただけだ
あの殺意は・・・・あれは本物だった!!」
そこまで言いきってハァハァと肩を揺らす
「せめて、せめて俺に罰を・・・じゃないと俺は自分を許せない」
切実な申し出に私はハァと溜息をつく
「いいでしょう、それでは罰を与えますわ」
子犬のようにしょんぼりと頭をたれるレオに言いつける
「どうしてもわたくしが、クリスティーナ・ロドワールが助からない場合
その名を捨てて平民になります
貴方は、平民としても生きていけますでしょ?
わたくしを老衰以外で死なせないよう努めなさい」
「それじゃあ」
罰にならないと続けられるであろう言葉を遮る
「貴方は、貴方が望んで私に復讐心を燃やしたわけではありませんのよね?
何故か、強い復讐心に捕われた、そういうふうにストーリーが出来ているからですわ」
この世界は私を殺そうとしている
はっきりとそう分かった
「たまたま、ナイルが解毒剤だった訳がありませんわ
無い復讐心を煽ってまでわたくしを殺そうとしているんですもの
貴方が、解毒剤を用意した
そうでなくてはわたくしは助かるはずがありませんわ」
レオは、おかしくなる前からストーリーの補正に気がついていた
だからあえて流通している解毒薬ばかりを厳選し身近に置いたのだ
いつか自分が何かをしでかした時の為に
そうとしか思えないしそうなのだろう
こんな形で私が助かるなんてありえないのだから
私の言葉にレオはふいっと顔を背けた
少しだけ震える肩に思わず私も目を逸らした
自分が自分でなくなるのは恐怖だろうか
なんの恨みも抱いていない相手を無意識に殺害しそうになるのはどれだけの不安が襲うだろうか
私には分からない
ただ私は帰路に向かう馬車に揺られ
目を閉じることしか出来なかった




