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「気が付いたからこそ、分かったからこそ止められる過ちもありますわ

貴方が止めてさしあげるべきですわ、恩師・・・なのでしょう?」


クリスティーナの言葉を何度も反復して繰り返す


「・・・恩師・・」


乾いた声でそうつぶやく

そんな話はしていない気がするが、確かにディアンは自分にとって恩師だ

母上を病で亡くし、ふさぎ込んでいた自分に医学というものを教えてくれた


自分の努力次第で助かる人間がいるという救いを教えてくれた


自分を立ち直らせてくれたのも

前を向かせてくれたのも間違いなくディアンだ


彼を恩師という名前で呼んだ彼女はきっと自分の過去も含め洗いざらい調べているのだろう

つくづくおかしな話だ

国に蔓延するドラッグなんて危険な案件

首を突っ込まなくてもいいはずなのに

ただ惰性で一か月、適当に国交だのなんだのとのたまって居座るかと思ったが

随分とおせっかいな后妃が来たものだ


月夜に照らされる夜空をぼんやりと眺めていると一つの馬車が裏口から外に出ていくのが見えた

自分だって色々調べているのだ

あの馬車がディアンによる密売の商人を乗せていることぐらいわかっている


明日になったら彼女は動き出すだろうが

自分だって一つくらい手ずから動いてもいいだろう

この問題は、もとはといえば僕の研究のせいで起きたのだから




バシャリと頭からかけられた水の冷たさで私は薄く目を開く

ぼんやりとした思考で虚ろに目を開く

ぐるぐるに椅子に縛り付けられた自分の体を視界で捕らえると徐々に頭がはっきりする

クローゼットの中

ディアン・・・レオ・・・

レオ、そうだレオ


鉛のように思い頭を何とか上げて前を見据える

向かいには椅子に座り足を組んだディアンがにやにやと笑っていた

下男がするような卑しい笑みだ

とても王宮で見たような紳士とは思えない


必死に言葉を紡ごうとしたが空気だけが喉を掠め言葉が出てこない

そもそも口もうまく動かない

必死にこらえてはいるが頭を上げるのもやっとで、気を抜くとすぐにでも頭がぐらりと下を向いてしまいそうだ


私の体は、一体どうしてしまったのだろう

そう思考が巡りゾクリと悪寒が走る

虚ろな目

だらりと脱力した体


私が多々見てきたナイル患者の・・・


行きついた思考に見開いた目に涙が溢れそうになったがディアンの笑い声で引っ込んだ


「あぁ、大丈夫大丈夫

いやぁ、原液はすごいねぇ匂いをちょっと嗅がせただけでこんなに体が動かなくなるなんて」


そういって怪しい紫の液体が入った小瓶を揺らす


「直接打ったらどうなるんだろう」


そのつぶやきとともに腕をつかまれる

眼だけで確認すると手下のような男たちが私の腕をつかみ服を破く

出された腕に目を見開く


そんな、そんなことって


「これで君の復讐の開幕だ」


そういったディアンの視線の先には注射器をもって立つレオがいた


一歩、また一歩と近づくレオに私は一瞬安堵したがその目の冷たさにすぐに体を凍らせる


「ぇ・・・お・・」


必死に口を動かすがまともに声にならない


「れ・・・ぉ・・」


痺れたように言うことを聞かない舌を必死に動かす

憎悪と怒りに満ちたレオの瞳に背筋が凍る

私が一体彼に何をしたというのだ


どんなに力を入れてもピクリとも動かない体に強い憤りを覚えながらも

目前まで迫ってしまった針先越しにレオを必死に見つめる


なんとかしないと


めぐる思考を遮るように腕に痛みが走った

ぎゅっときつく二の腕にゴムチューブが巻かれていた


恨みに取りつかれたレオは恍惚とした表情で復讐を遂げようとしている


「・・ひ・と・・こと・・だけ・・」


必死に紡いだ声にディアンが目を細める

泣けるほど言いなりになったレオは私に向けていた針先をそっと下した


最期の言葉になるかもしれない

そう思うと冷静になれた


ゆっくりと息を吸ってレオをまっすぐに見つめる


「貴方が・・・わたくしの味方になってくれたこと・・嬉しかったですわ」


こんな結末でも、抗えて良かった

運命は変わらないのかもしれないけれど

何もせずに終わるなんて私らしくない


心行くまま、この世界に抵抗できたのは

私を理解して助けると側に寄り添ってくれたレオのおかげだ


幕引きくらい、綺麗にさせてほしい


美しく口角を上げて微笑む

私が令嬢として理性のある笑みを作れるのはこれで最後なのだから



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