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「そろそろですわね」
お茶を啜りながらそうつぶやくと向かいに座っていたクロルドが訝しげに私を見る
「なにがだ」
クッキーに手を伸ばし一つつまんだ彼に視線を向ける
「黒幕の証拠に決まってますわ。その為に動いているんですもの」
ふふんと声を上げるとクロルドは興味なさげに視線を下に落とす
「あなたを納得させるために、もう誰だかわかっているにもかかわらず物的証拠を用意しているんですのよ?」
私の言葉にいやそうにまたクロルドは視線を上げる
「知る前に誓いなさい、誰であろうとしっかりとこの行為を断罪すると」
詰め寄るようにして近づく
ゴクリとクロルドが喉を鳴らすのが分かった
「僕に・・・なにをさせようとしているんだ・・」
「あら、そんなに怯えなくとも・・・証言してほしいだけですわよ」
クロルドの顔に自分の影が落ちるほど詰め寄る
「・・・ぼくは・・」
かすれた小さな声でクロルドが私に押されて誓いを立てようとした時だった
「・・・何してるんですかお嬢」
久しぶりなレオの声に顔を上げた
「あらレオ、そろそろなんじゃないかと思ってクロルド王子を詰めていたところですのよ」
私の言葉にレオはガクっと肩を落とす
「何やってんすか・・・まったく」
そういって机に資料をばらまく
「大変だったんすよー本当に」
資料に手を伸ばすクロルドに思わず制止しようとしたが少し遅かったようだ
目を見開く彼に私は何も言葉を発せられなかった
「クリスティーナ様・・・申し訳ございませんが僕には誓えそうにない」
ディアンの出自や目的の裏付け
そして顧客リスト
すべてを前にしてもなおクロルド王子は言い放った
「僕は、師匠がそんなことするとは思えない」
◆
夜、大きな月に照らされながらレオが引く馬車の荷台に私は息を顰める
足元をもぞもぞ動く大きな袋にはクロルド王子が入っている
もちろん手足は縛ったし
口だって布で塞いであるがうーうーというくぐもった叫びを定期的に上げている
「静かになさい、悪いようには致しませんわ・・・多分」
んんーっと大きく呻くクロルドをポンポンと軽くなだめ私はこれから向かう先に思いをはせる
私だってレオが色々と動いている間、ただいたずらにクロルドとの交流に時間を使っていたわけではない
食事は共にしていたがそれ以外の時間はちゃんと街に降りて色々と調査やコネを作っていたのだ
黒幕がディアンである以上、数週間仲良くなったところでクロルドは私たち側につくとは限らない
当然だ、信頼が違う
ただ、なんとしてでもクロルド王子にはしっかりと現実を見て動いてほしいのだ
私の将来的な破滅はもちろんだが
この町の為にも・・・
ついたのは一軒の小さな家だ
一般的な平民の家
私はそこで降り、クロルド王子には目隠しをして自分で歩いてもらう
目隠しは保険だ
急に走り出したりされたら困るが視界が無ければそういったことはまずしないだろうから
レオは無言で立ち去っていった
一、共謀者としての信頼はまだ生かせる
今夜も闇夜を闊歩してもらわなくてはならない
クロルドの体をサポートするように歩かせる
民家の戸を軽く叩くと家主の女性がそっと扉を開け私を確認すると中に導いてくれる
「クリスティーナ様、どうなさったんですかこんな夜更けに」
月明りのみが差し込む薄暗い部屋の中
恰幅はいいが少しやつれた顔をした女性を前にクリスティーナは深くかぶったローブのフードを外す
「急で申し訳ないけれど・・・時が来ましたわ」
そう言ってクロルドに視線を向けるとその女性はぎょっとしたように目を見開く
「そう・・・ですか、お心が変わりますことを・・・」
クロルドの目隠しを外すと彼は暗い室内を見回した後私を睨みつける
「どういうつもりだ」
「現実を見ていただきたいだけですわ」
狭く埃っぽい階段を上り正面の扉をノックする
「リト、入りますわよ」
小さな部屋にはベットしかなくそこに五歳くらいの少年がベッドに縛り付けられるようにして寝ている
ベットサイドに置かれた椅子にいまだ手を縛られたままのクロルドを座らせる
虚ろな目が何も映さずにただ見開かれている
「この子は、元気で活発な子でした」
隣で語りだす彼女は涙も枯れたのかぼんやりとおかしくなってしまった息子を見る
お手伝いのお礼としてお菓子を買っておいでとお金を渡した
何時間たっても帰ってこない息子を探しに出ると、すでにこうなっていたようだ
ナイル入りのキャンディー
知らずに中毒者になる人間は多そうだ
話を聞いていたクロルドが少しだけ身じろぎをすると急にグリンとリトの首がクロルドのほうに動いた
「ぐぅうぅぅぅぅうぅうあぁあぁぁぁっ」
獣のようにうなりながらクロルドにとびかかろうとする体に強くロープが食い込む
ガタンガタンとベットごと体をクロルドのほうに向けるリトに隣にいた母親は泣き崩れる
クロルドの体からかすかに香るナイルのにおいに反応しているのだろう
固まってしまったクロルドを後ろに引くようにして離すと私は次に足を向ける
両親がナイル漬けになり懸命に一人働く少女
仕事から帰ると家族がみんなナイルに侵されていた男性
一家丸ごとナイルに汚染された家
次に、そう口にしながら足を延ばそうとしたタイミングでクロルドは膝から崩れ落ちた
「分かった、もうわかったから」
ポタポタと涙が地面を濡らすのが分かった
「・・・ちゃんと現実がお見えになりまして?」
うずくまるように地面にひれふした頭にそう語りかけるとこくりと頷いたのが分かった




