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「お嬢、これですこれ」
ごそごそと奥の棚から何かを取り出すレオに私はニヤリと笑う
「そう・・・これがクロルド王子の・・」
誰もが寝静まった静寂をクリスティーナとレオの高笑いが響き渡る
これでクロルド王子は出ずにはいられなくなるはず
レオが持ってきた甘いお香のにおいが充満した部屋
ハンカチで口元を押さえてはいるが
ちらりと泥沼のように眠るクロルド王子に目をやる
「これ、本当に人体に害はないんですわよね?」
「・・・・」
「ちょっと、黙るのはおよしなさい!」
◆
「で、これはなんですの?」
部屋に戻り先程レオが探り出した紫の液体の入った小瓶と古い古紙のような紙を見る
「お嬢はクロルドルート未プレイだもんな、ルート説明も一緒にしないとな」
クロルドルートでは
ヒロインは巷で蔓延するドラッグに侵された少年を助けようと奔走しクロルドに行きつく
実はこの国は医療や医学が発展しているが貧困層や平民はもちろんだが一部の貴族の間で流行しているドラッグも問題になっている
そのドラッグの名前が≪ナイル≫だ
ヒロインはクロルドに解薬を作成するよう迫るというストーリーだ
「そしてこの液体がナイルの原液、この紙がナイルの作成方法だ」
レオの言葉に瓶を落としそうになる
「それじゃあ・・・」
「あぁ、ナイルの考案者も製作者もクロルド王子だ」
思わず立ち上がり殴り込みに行こうとする私をレオが慌てて止める
「落ち着け、クロルド王子は悪くないんだ攻略対象キャラだぞ?」
レオの静止に渋々座るとレオはほっとしたように胸をなでおろし口を開く
「もともとナイルは安価で作れる麻酔として開発されたものだ
麻酔はすごく高いから大掛かりな手術を貧困層が受けられないんだ」
この国の医療は進んでいるから比較的安価だろうが、確かにわたくしの国で麻酔を使った手術を施すとなると家一つ・・・いやそれ以上の金額がかかる
最先端のフォスマインでも装飾の豪華な馬車数台分の価格が麻酔だけでかかるだろう
「クロルド王子はドラッグとして開発したわけではないのね・・・?」
そこまでは分かったが現在、安価な麻酔の話は知らないしナイルはドラッグだ
「クロルド王子はナイルの開発方法を公表する予定だったが・・・ドラッグとして盗作された」
試作品としての治験や臨床を複数回行っているため犯人の特定は難しい
うーんと頭を抱えるがすぐに顔を上げた
「まって、あなた犯人を知っているのではなくて?」
私の言葉にレオは少し渋い顔をした
「知ってるが・・・少なくともクロルド王子を味方にしないと難しい・・・
立場も高いし、固まった証拠が提出できないと太刀打ちできな程大物だ」
「でもやるしかない・・・わね」
ぐっとこぶしに力を入れる
クロルドルートでのわたくしの破滅についてもレオに聞いたが
薬物中毒者としてさ迷うエンド
ナイル原液投与によるショック死エンド
中毒者による事件巻き込まれ死エンド
何一ついいことが無い
とりあえずナイルの存在があっては私の無事はまずないのではないかとも思える
黒幕を暴いてナイルを麻酔として正しい使用方法で活用するか
いっそ根絶しない限り安心できない
揺さぶってでもクロルド王子には動いてもらわなくてはいけないのだ
◆
「ない・・・ない・・ない!!」
研究室と寝室の間には扉もないし
眠りの浅い自分が気が付かないはずもない
なのになぜか棚には荒らされた痕跡があり
しっかりと金庫に入れておいたはずのナイルの原液と研究内容が記載されている書類がないのだ
一体、だれが
そう思考を巡らせたとき後ろから凛とした声が響く
「お探しの品はこれかしら」
薄暗い部屋に金色の髪が豪華に煌めく
気でできた古い机の上に軽く腰を掛け足を組んだその令嬢は彫刻のように美しく
そして青く澄んだサファイアのような目は鋭く僕を見下ろす
私も勝手にさせていただきますわよ
最期の言葉を思い出し少しだけぞっとした
手には紫色に怪しく光る液体の入った小瓶が持たれていた
慌てて立ち上がりその手に持たれた小瓶をひったくろうと手を伸ばすが次の瞬間ぐっとうずくまる
すらりと伸びた足がおなかに食い込んでいた
「いきなりレディに手を出そうなんて・・・どういうおつもりですの?」
レディは蹴りなんて入れるはずないだろうとそう反論したかったが痛むお腹に空気がうまく吸えず言葉が出ない
「ナイルとあなたについて、調べさせていただきましたわ」
ニヤリという笑顔にもう終わりだと絶望した
直接自分が何か悪いことをしたわけではない
ただ、少しでも・・・貧富の差に苦しむ人々に何かできればとそう思ったのに
廃人となって街を彷徨う人にとてつもない自責の念に襲われる
ナイルと対で開発した解毒薬投与を夜な夜な行って罪滅ぼしをしているが日に日に増える重篤な中毒者にもうとうにこの解毒薬じゃ歯が立たなくなっている
僕は・・・僕のしたことは・・・・
地面に膝を落としたままその悪魔のように美しい微笑みを見上げた
鼻先に迫る先程僕を鎮めたつま先は挑発的に揺れ
僕に逃げ場なんてないとそう伝える
僕を断罪するように冷たく見下しながら彼女は綺麗に形の整った唇を開く
「わたくしが、貴方を助けて差し上げましてよ」
「・・・・へ?」
自分が思ったよりもずっと間抜けな声が出た




