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「お前は、なんという馬鹿なことを」
心底呆れ、怒りに満ちたお父様の顔に絶望する
全部あの女のせいだ
わたしは嵌められたんだ
怒りで下唇をかみしめる
「勘当だ、この期に及んで反省すらしていないとは」
呆れた父の声にハッとして顔を上げる
勘当?
今勘当って言ったの?私が、この私があんな小汚い平民どもと同じになっちゃうっていうの??
カァァァっと顔が赤くなる
何か言おうと口を開いたがお母様の射貫くようなまなざしに止められた
あなたは事の重大さが分かっていないと
普段優しい母の視線が告げていた
ぴりついた空気の中クリスティーナがスッと私の前に出てきた
忌まわしい、お兄様を取ろうとした
憎い女
一体何を言うのかと思えば彼女は平然と物おじすらせずに発言した
「お待ちくださいませ
確かに、今回イザベラ様がわたくしになさいましたことは、公になれば完全に国際問題に発展するでしょう
しかし、イザベラ様はまだまだ未熟で無知なのです
まだ数週間しか滞在していないわたくしが進言するのは大変心苦しいのですが
提案させていただきたいことがございます」
そうして言い渡されたのがメイドとの対等な立場と世話役がいなくなるというものだった
なんてぬるい女
いずれ痛い目を見してやる
そう思ったのは数時間前の事
まず編み上げの靴がうまく脱げない
簡単な服なのに
ボタンの一つが外せない
葛藤すること小一時間
何とか脱いで湯あみしたいのにお湯が沸いておらず冷水をかぶった
湯の沸かし方なんて知らない
慌てて飛び出すがタオルも着替えもない
脱衣所で裸で震えてるとたまたまニーナが通り過ぎた
「ちょっとあんた、タオルを持ってきなさいよ」
私の言葉は明らかに届いているのにニーナは無視する
「ちょっと!」
ぱたんと閉められた扉に私はキーッと頭に血が上る
怒鳴りに廊下に出たいが冷水に濡れた全裸の私は出るに出れない
なんなのよ なんなのよ なんなのよ!!
絶対に服用ではないペタペタな布を適当に体に巻き部屋に戻る
靴の履き方が分からないため裸足だ
今朝癇癪を起して部屋のものを壊して回ったっきり掃除されておらず
踏んだガラスで少しだけ足を切った
「あぁ!もう!!」
がんっと花瓶を下にたたきつけて割る
カーペットに浸み込む水に少し心が晴れる
「おなかがすいたわ」
さすがにこの格好じゃと簡単そうな寝間着をかぶったが前のボタンがしっかりと閉じており首部分に頭がつっかえる
無理にふんっと通すと一番上のボタンがはじけて外れた
そのまま厨房に行き扉を勢いよく開くと仁王立ちでコックたちに叫ぶ
「ちょっと、何やってんのよ
私まだ何も食べてないんだけど!!」
一瞬みんな手を止め私を見るがまたすぐに手元に視線を戻す
「ちょっと!!聞こえてるんでしょ?」
つかつかと近づき一番手前のコックに言いつけると厨房の端を指さされる
「お好きに」
指さす先を見るとシンクと冷蔵庫があった
料理もご自身で
そう言っていたクリスティーナを思い出す
あの女・・・絶対に許さない
それから何時間もいろいろやっているが何もわからない
癇癪で卵は何個も割ったし火のつけ方も分からない
気が付けばコックたちはみんないなくなり時間もだいぶ過ぎていた
「おなか・・・すいたわ」
冷蔵庫にはほとんど何も残っていない
生の野菜を口に入れるが、土がついていたのかじゃりっと嫌な音が鳴った
「ぺっぺっ・・・もう!!」
野菜を床に投げてへたり込む
もう寝ようかな
きゅるるっとお腹が鳴る今日は朝から紅茶しか飲んでいない
これからずっとこうなのかな
そう思うだけで涙が出そうになる
「何してますの?」
後ろからの声に思わずびくっと肩が揺れた
久しぶりに人に声をかけられた
が、振り返るとあの女がいたふつふつと怒りがわく
「なに、なんであんたがいんのよ」
「のどが渇いただけですわ」
澄まして横を通り過ぎる女に何かぶつけてやろうかと思ったが
思いのほかきびきびと当然のようにお茶を入れ始め唖然とする
こいつ、貴族のはずなのになんで?
ふんわりと甘い匂いが漂うと思わずよだれがこぼれそうになる
甘い匂いの漂うカップを目で思わず追ってしまう
「どういたしましたの?」
「な、何でもないわよ!!」
見透かされているような言葉にイライラしたと同時にグーッとお腹が鳴る
「済んだなら、さっさと帰ってよ」
恥ずかしさから声を張り上げる
が立ち去るとなるとなんだかもの悲しさもあった
「はぁ・・・おいしい」
なぜか隣で見せびらかすように飲みだした
「なんなのよあんた!!」
目の前でいい匂いだけかがされて
本当に嫌な女だ。
睨みつけるがまったくひるまない
「欲しいなら一口差し上げてもよくてよ?あぁ、わたくしはあなたと違って食べ物を粗末にしようだなんて思いませんもの砂は入れませんわ」
言葉にぐっと押し黙る
食べ物なんて、腐るほどあるじゃないか私の気がまぎれればいいと思っていた
思っていたけど
「なにをイラついていますの?
あんなに食べ物を粗末にしたんですもの飢えて死んだって仕方ありませんわ
お腹がすいているならカエルでもお食べになったら?」
正直何も言い返せない
空腹ってこんなにつらかったんだ
それに私が今まで横柄を働いたからだろう
誰一人私に手なんてさし伸ばさない
あの時蔑んだ浮浪者のようにみんなが私を蔑んでいる
「改心なさい」
クリスティーナは・・・彼女はなぜか私に手を差し伸べてくれた
「さぁ、飲んだらお片付けなさい、これじゃあ夜食の一つも作れませんわ」
思わず顔を輝かせた私がばかだった
「ちょっと、そこにもまだ落ちてますわよ」
ただ座って指示を飛ばされイラっとする
「あぁ、何度言えばわかりますの?いったん殻を集めてから」
モップをもってつぶれた卵を拭くと呆れたような声が飛びモップを下にたたきつける
「じゃああんたがやればいいじゃない!!」
叫ぶと呆れた顔で見下される
「なぜわたくしが?あなたがこうしたのでしょう?」
ぐちゃぐちゃな厨房を見渡されぐうの音も出ない
「自業自得よ、いいからさっさと片付けなさい」
何で私がこんな事
なかなかに大変な労働に額から汗が滲む
空腹のせいか目がクラクラする
「よかったわね、メイドの皆様の気持ちがお分かりになったでしょう
嫌われてる理由が分かったというのは大きな一歩ですわ」
「やっぱり私、嫌われてるの?」
今日一日の態度を見てそんな気はしていたのだ
「当然嫌われていますわよ
癇癪ですぐこういったことをなさってたんでしょ?
何で私がこんなこと・・・そう思うはずですわ」
何で私がこんな事
さっきそう思いながらイライラしたのだ
自分がやったのに・・・
クリスティーナはむかつくけれど
その通りだと思い少しだけ悲しくなる
「手が、止まっていましてよ」
「ムキーッ」




