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「よろしい、では一旦休憩を」
パチンと指示棒を置いて講師をしていた男性がどかっと椅子に座った
国と王族の繁栄についての教本を閉じ、俺は席を立つ
物語を作るとき、と言うのは細かなバックボーンまで作り込む
弊社の作品は全て細かな設定まで作っていた
つまり
今、行われていた歴史の授業も俺たちが考えたものに精通する
自分の考えた設定のおさらいの時間だ
「なかなかチートだな、悪くない」
軽い足取りで一旦戻った部屋で見たメモに目を見開く
「おいおい・・・お嬢、1人でついて行ったりしてないよな?」
クシャッとメモを握りしめ焦る足取りで立ち去る
一人で行ってたとしたら最悪だ
死ぬことは無いと思うが
「やたら見た目綺麗だもんなアイツ」
奴隷行きは割と濃厚だ
実際のストーリーは、たまたま露店でぶつかったお使い中のヒロインと一緒に花を選ぶジル
その場で別れるがちょっと持っててと預かった小銭の入った袋を返し忘れたと足速に戻ると誘拐されるジルを目撃
こっそりヒロインはあとを追い
閉じ込められた現場を慌てて衛兵に教えに来るのだ
そこであった出来事をキッカケにジルは剣術に励みだすようになる
と言った流れだ
クリスティーナと一緒なら手を引かれるしきっとジルとヒロインはぶつからずすれ違うはずだ
俺が遠巻きに2人を見守り、ヒロインの行った衛兵に伝える係りを行おうと思っていたが
なんて間の悪い
「すみません、お嬢様からの書き置きで・・・少し街におります
1時間程度で戻りますので」
そう講師に頭を下げ足速に城に向かう
適当に衛兵を捕まえて、森に向かおう
場所ははっきりしないが多分あの辺りだろう
沈み始める夕日に焦りが募る
確か、イベントでの救出は今くらいの時間帯なはずだ
あのお嬢がただ大人しく捕まっている筈がない
余計なことをしておかしな展開を招いていそうだ
◆
睨めつけた相手は卑しく笑い私の胸元に剣を差し込む
ピリピリと布が破れ胸元が露わになっていく
「味見くらい許されるよな?」
男に同調するようにジリジリと3人の男が躙り寄る
頬を伝いシャツを染めていた血がポタポタと露店で買ったネックレスに落ちる
買ったばかりだったのに勿体ないことをしたとどこか冷静に思う自分がいた
その時だったネックレスが強く光出したのは
眩い閃光に髪を掴む手が離れ男の目元に持っていかれる
「眩しーーーーッぐぁっ」
その隙に男の足に折れた剣先を突き立てた
眩く光っているのはわかるが私には何故か眩しくなかった
慌ててジルの手を掴み走り出す
「テメェら!追え!
女は殺してもいいが、王子は殺すなよ!!」
足を抑えながら怒鳴る男に私は必死になって駆ける
自分の判断が殺していい、に変更したのだ
だが悲しいことに壁に叩きつけられた時の負傷だろうか
体のあちこちが痛くて上手く走れない
ジルも、腰を抜かしているのかほとんど私に引きずられるようにして前に進んでいる
男の子を引きずりながら
しかも手負い
詰み、とはこの事かと間近に迫る追っ手に思った
「女、なかなか楽しそうなことをしているな」
上から掛けられた言葉に驚いて見上げる
真っ黒な髪の青年は燃える血のような赤い瞳で私を見下ろす
どう見ても悪魔のようなのに
状況のせいか天から舞い降りる救世主
天使のように見えた
ゆっくり地上に降り立つと彼は迫り来る男達に目を向ける
それだけでたちまち彼らは膝をつき動かなくなる
「女、それをどこで」
そう言って彼は目を細め私の首に手を伸ばす
ネックレスに触れた途端ジュッと焼ける音がした
「ふん、まあいい」
焼けて煙の上がる手を一瞥すると青年は何もかもを見透かすような瞳で私を見つめる
少し惚けてしまったがハッとする
たまたまだろうが状況的に助かったのだろう
お礼をしなくては
ぼろぼろの衣服に似つかわしくない優雅な動きで一礼すると赤く燃える瞳を見つめ返す
「クリスティーナ・ロドワールと申しますわ。この状況をお止めいただき感謝申し上げます」
今度正式に謝礼をと続けようとしたが不機嫌そうに顰められた眉に言葉を止める
まだ危機的状況に違いなさそうだ
「女、その「クリスティーナですわ」
紡がれた言葉にすかさず口を開くと強くにらまれる
別に怖くなんかない
恐怖は長時間維持できないというが、本当なようだ
それに、何とか気を張っているが全身の痛みと貧血で倒れそうだ
「貴様、俺が恐ろしくないと・・・?」
「えぇ、怖くありませんわ」
私の言葉に不愉快そうに詰め寄ると鋭い爪を私の首に押し当てる
チクリとした痛みが走るが一切の動揺を押し殺し強く彼を見つめ返す
「殺さぬとでも?」
「いいえ、簡単でしょう?
ただ、下賤な彼らの手にかかるよりかはずっといいわ」
私の言葉に数秒押し黙ると彼は急に高らかに笑いだす
「いいだろう女、気に入った
貴様はそれを持つ覚悟があるということだな」
高揚した物言いに困惑する
それはそうだ
このネックレスは私が買ったのだから
覚悟も何も、私のものだ
「当然、私のものだわ」
そのまま返すと彼は妙にやさしく目を細め私を見つめる
「いいだろう、クリスティーナ
余を落胆させるなよ」
唇を寄せられた頬の傷が少し痛んだあと消えた
同時に体から消えた痛みに安堵からか腰が抜ける
「余の名はレヴィリア・・・努々忘れるでないぞ」
優しい声色と同時に覆われた瞳
暗くなる視界にそのまま気絶するように私は意識を失った




