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2.力の代償

 ファランが目を覚ますとそこは知らない部屋のベッドの上だった。

 部屋の中を見渡すと、そこはファランの住んでいたボロ屋と同じぐらいボロい部屋だった。

 ファランがベッドから起き上がると、部屋の扉が開き、長い腰まで黒髪を後ろで結っている17才ぐらいの少女が入ってきた。


「あら、やっと目が覚めたようね。」


 少女は手に持っていた水の入った器と、タオルをベッドの横にある台に乗せた。


「丸二日も寝ていたから心配してたのよ。でもハレット先生に見てもらっても特に問題はないって言ってはいたけど。」


 ファランは兵士に撃たれた腹部に手をやった。そこには一切の傷が無かった。

 ファランは入念に腹部を触ってみるが、特に傷はなかった。


「自分のお腹を入念に触ってどうしたのよ?」


「いや…。それよりも俺は確かヘステニアで…。」


「ヘステニア?ここはバーンシード領のエルリッソ村っていう首都ヘステニアとは遠く離れた辺境の村よ。」


「ここがバーンシード領?そんなバカな事。首都ヘステニアからバーンシードまでは馬車でも一週間は掛かるだろうに!」


「そんな事を言われても。もしかしてあなた記憶喪失ってやつだったりする?」


「確かに…腹を刺されてからの事が…。」


「お腹を刺された!?」


「あ!いや…今のは冗談だ。」


「そうよね。でも最初にあなたが発見された時は傷もないのに全身血だらけだったから。」


 ファランは完全に記憶が抜け落ちていた。そして、一つの疑問を抱いた。首都ヘステニアから馬でも一週間は掛かるような場所に自分がいるという事は、少なくとも一週間以上も記憶が飛んでいる事になる。そこで、ファランは一つ重要な質問をした。


「今日は何日だ?」


「今日?今日は7月12日だけど?」


 ファランは驚愕した。ルメールの生誕祭は“7月10日”、つまりはあれからまだ二日間しか経っていないのだ。

 ファランが黙っていると、少女がファランに質問した。


「そういえばあなた名前は?自分の名前は覚えてるわよね?」


「も、もちろんだ。俺の名前はファランだ。」


「良かった。私の名前はミッシーよ。」


「覚えていないけど、面倒見てくれてありがとう。」


「いいのよ。それに道で倒れている人を助けたのはこれが初めてじゃないし。」


「?」


 ファランはミッシーの放った言葉に疑問を感じながらも、自分の置かれた状況を理解しようとまずは歩いて部屋の外に出ようとベッドから起き上がろうとした。


「あ!ちょっと待って!」


 ミッシーの静止は少し遅かった。ファランがベッドから立ち上がると、掛かっていたシーツが床に落ち、ファランは一糸まとわぬ姿をミッシーに晒してしまった。

 ファランは顔を真っ赤に染めながら、床に落ちたシーツを体に巻いた。


「す、すまない!わざとじゃないんだ!」


 ミッシーは両手で顔を隠していた。


「き、気にしないで。そもそもその状態にしたのは私だし。体拭いたりするのに裸の方が便利だったからそうしただけだから。」


 ファランは目を丸くしたまま硬直した。


「今着替え持ってくるわね。」


 そういうとミッシーは走って部屋を出て行き、5分程で戻ってきて、着替えだけ置いて再び部屋を出ていった。


 ファランは右手で頭を掻きながら、自分の置かれている状況を理解しようとした。




 ―五日後… エルリッソ村


「大分顔色は良くなったようだね。けど、今だにここにどうやって来たのかは思い出せないのかい?」


 そこは多くの本と薬品に囲まれた部屋だった。その部屋の壁際にある机に茶色い髪色で身長が180cmはあろう大きな丸いメガネをかけた男が腰かけていた。その男の横の椅子にファランが座っていた。


「まだ全然…。」


 メガネをかけた男は右手に持ったペンで自分の頭をコツコツと軽く叩きながら考え事をしていた。


「うーん。記憶喪失っていうのは心的要因と外的要因の二つの可能性が考えられる。ファラン君の場合は発見された時に全身血だらけで、それなのに傷一つないという事から考えるに、心的要因で一時的に記憶喪失になっていると考えられる。これはひとまず置いておくとして、記憶が飛ぶ前の最後の記憶が生誕祭の日に首都ヘステニアにいたという事だ。これが何よりも問題だ。最新の飛行船ですら最低でも二日は掛かる。それを君は生誕祭の翌日に村のすぐ近くで発見された。これはどういうことなのか不可解すぎる。」


 メガネの男はペンをファランの方に向けた。


「君はもしかして首都ヘステニアであった事件に関係しているということはないよな?」


「事件?事件って何かあったんですか?」


「君聞いてないのか?ラジオで毎日ニュースが流れてるだろ。」


 そういうとメガネの男は机の上にあるラジオの電源を入れた。


『いまだ実行犯は摑まっておらず、爆破テロの被害にあった東地区の港エリアは復興の目途が立っておりません。港エリアを失った事で首都ヘステニアは現在物資を首都から最も近い港から陸路で運んでいる状態です。これについてグラスタフ将軍は次のように…』


 メガネの男はラジオの電源を切った。


「爆破テロってなんです?」


「私が聞いた話では反政府組織が港区を爆弾で破壊したって話だ。」


「あそこには俺の友達が…。」


 メガネの男はファランに向けていたペンをゆっくりと下げた。




 ―首都ヘステニア ルメール教立 聖マギナレフ病院


 全身包帯を巻かれたボラテラが数名の兵士に抑えられながらも、病室を出ようとしていた。


「聖騎士長!そんな体で無茶です!」


「何を言っている!どんな状態であろうと聖騎士長の私がこんな時に聖女様のお傍にいないでどうする!」


 ボラテラの体に巻かれた包帯は薄っすらと血が滲んでいた。


「聖騎士長、少し落ち着きなさい。」


 ボラテラや兵士の前に顔をベールで隠した女性が立っていた。

 その姿を見てボラテラと兵士たちは一斉に病室の床に膝をつき、頭を下げた。


「聖女様御自らこのような場所においでなされたのですか。」


「あなたが私の出した休息命令を無視していると聞いてやってきたのです。あなたは私の命令が聞けないというのですか?」


 床を見つめているボラテラの頬を冷や汗が床へと滴り落ちた。


「そ、そんなつもりは…。私は聖騎士長としての職務を全うしようと。」


「そんなになってまで私の事を想って下さるのには感謝します。しかし、私にはあなたが鍛えた親衛隊の皆がいますし、何よりもあなたと同等の剣の腕前をお持ちの聖騎士長補佐の“アルバート”がいるじゃないですか。仲間を信じられないのですか?」


「そういう訳では…。」


「では今は傷を治す事に集中し、少しでも早く私の元に戻ってきて下さい。」


 ボラテラは思わず顔を上げてしまった。


「あ、頭を上げていいと許可した覚えはありませんが!」


「も、申し訳ありません!」


 ボラテラはすぐに頭を下げた。しかし、一瞬ベールの下から除いた聖女の顔は赤らいでいるように見えた。


 そして、聖女と親衛隊は病院を後にすると、ボラテラの元に一人の兵士がやってきた。


「聖騎士長!例の少年が目覚めました。かろうじてですが、話ができる状態との事です。」


「ご苦労。では私が直接話を聞きに行く。」


「で、ですが今しがた聖女様に安静にしているようにと言われたばかりでは…。」


「どこかに行くわけではない。病院の中を移動するだけだ。」


 そういうとボラテラは例の少年と呼ばれる人物のいる病室に部下の肩を借りながら向かった。


 病室に入ると、腕に長い管が繋がれた顔にも包帯を巻いた状態の少年の姿と、鼻の下に口ひげを生やした小太りの男がベッドの横に座っていた。男はボラテラが病室に入ってくるとボラテラを睨むようにどかどかを近寄って行った。


「ここは私の息子の病室だ!勝手に入らないでくれ!」


「私は聖兵士団聖騎士隊長ボラテラ=ミドガルズだ。」


 小太りの男はそそくさと床に跪いた。


「これは、知らないとは言え失礼をいたしました。それで聖騎士長様がこのような場所に何の御用で?」


「そこにいるあなたの息子のクオン君は、今回の爆破テロ事件の参考人だ。よって二三質問させて欲しい事がある。」


 小太りの男は顔を上げボラテラに泣きついた。


「やっと意識が戻ったばかりのこんな状態の息子に質問なんて無理です。どうかご慈悲を!」


「父さん…。」


 小太りの男はベッドで寝ているクオンの方に振り向き、ベッドに駆け寄った。


「クオン、どうした?どこか痛いのか?」


「オレ、聖騎士長様と話をするよ…。」


「バカをいうな!今のお前はそんな状況では…。」


「父さん…オレは大丈夫だから…。」


「君は強い子…いや、強い男だな。」


「聖騎士長様はファランの事を知りたいんですよね?」


 クオンのその言葉にボラテラは不意を突かれたような表情を浮かべながらも、すぐに口元がニヤリとした。




 ―七日前、生誕祭の日…


 ファランの左手の紋章から薄暗い路地をほのかに照らす程の光が放たれていた。

 その光景を目の当たりにし、聖兵士団の二人とボラテラは困惑していた。

 三人が困惑している原因はその奇妙な光景にという事だけではない、ルメール教の教典には、世界を救う救世の聖女のみにその紋章が現れるとされているからだ。

 今まさにファランの左手に輝いているのは救世の聖女にもあったとされる紋章と同じ模様なのだ。

 この紋章を現代で唯一持っている人物を彼らは知っていた。その人物とは聖女である。

 ルメール教の聖女とは代々救世の聖女と同じ紋章が現れた乙女によって継承されてきた。そんな神聖な紋章を薄汚い姿をした少年が宿しているのだから、彼らは困惑していたのだ。


 そんな彼らが困惑してる中、ファランは血だらけの姿でゆっくりと立ち上がった。


「そんな状態で立ち上がるだと!」


 ボラテラは目の前で起きている光景を受け入れられないでいた。


「その娘を放せ…。」


 ファランはロナの腕を掴んていた兵士に対して凄んだ。

 兵士はただの少年の放った言葉に恐怖を感じ、ロナの手を離し、ロナは走ってファランの後ろに回った。


「なぜ少女の拘束を解いた!」


「だってあいつ…普通じゃないですよ!さっきまで血を流して倒れてたのに、いつの間にか出血も止まってるし!ば、化け物ですよ!」


「聖騎士長!ここは教団本部に連絡を取るべきです!」


 ボラテラは兵士たちの言い分は正しいと感じながらも、この聖女と同じ紋章を持つ少年をこのまま逃がしてはルメール教の本質を覆しかねないと感じ、少年をこの場で捕縛する事にした。


「いや、教団本部への報告はこの少年と少女を捕らえてからだ。これは命令だ。」


 兵士たちは黙っていたが、聖騎士長の命令という事もあり、従うしかなかった。

 兵士二人はライフルを構え、聖騎士長は剣を再び構えた。


「今更殺すなとは言わない。あの少年を殺す気で捕らえよ!」


 ボラテラがそう言うと二人の兵士はライフルの引き金を引いた。

 放たれた弾丸は真っ直ぐファランに目掛けて飛んで行った。

 しかし、ファランが左手を前にかざすと、放たれた弾丸は弾かれ、軌道を変えて周囲の壁にめり込んだ。


「銃弾が弾かれた!」


「怯むな!銃弾を撃ち込め!」


 再び兵士たちが銃弾をファランに向けて放とうとする前に、ファランが兵士たちに向けて左手をかざし、兵士たちを睨みつけた。すると、兵士たちは吹き飛ばされ、路地の壁に激突し、気絶した。


「これは…魔法道具?なのか…。」


 クオンはそんな友人の姿を見て声も出なかった。


 緊張した空気が薄暗い路地裏に流れた。

 ファランは薄れそうな意識を必死に保つのがやっとで、今自分に起こっている状況を考える余裕すらない状態だった。

 それでも、ファランの後ろで震えながら「助けて」とつぶやいているロナの声だけは鮮明に聞こえてきた。そんな言葉に呼応するように、ファランは体の内側から何かが沸き上がってくるような感覚を覚えた。


「何かさっきまでと様子がおかしい…。」


 ファランが両腕を交差させながら自分の胸に押し当てている姿を見て、直感的に危機感を覚えた。そして、ボラテラは180度展開し、クオンに逃げろと言いながら走った。

 その次の瞬間、東地区港エリアは凄まじい閃光と共に吹き飛んだ。

 そんな爆発の中、一筋の光が南西の方に向かって飛んで行った。




 ―現在 エルリッソ村


 ファランはベッドから飛び起きた。

 そして、自分がしたかもしれない事に対して涙を流した。


「俺は…なんてことを…みんなを…。」


 隣の部屋で寝ていたメガネの男が物音を聞き、ファランに声をかけにきた。


「ファラン君、どうかしたのかい?」


「俺は…俺はとんでもない事を…。」


「どうしたっていうんだ?」




 ―聖マギナレフ病院 クオンの病室


「ファランの事は以上で全てです。」


「友人だというのに、色々と心無い事を聞いてしまってすまない。」


「友人?いえ…あいつは友人なんかじゃないです。あの時のあいつはまさに教典に書かれた魔王そのものだ…。」


「魔王…か。」


「はい、だからルメール教徒としてあいつを倒すのに協力するのは当然の事です。」




 ―エルリッソ村から少し離れた山奥


 そこは動物たちにとって生命線と言っていい程の水飲み場だった。その池は地下水が池底から湧いてきていて、常に枯れる事がなく、常に綺麗な状態に保たれていた。

 そこに白髪で50代ぐらいの女性が水袋を持ってやってきた。女性が池で水を汲んでいると、背後に気配を感じて、振り向いた。

 そこには12歳ぐらいの赤毛の少女が立っていた。


 ■続く…

尚、この作品は【ロナサーガ】という現段階で他二作品と同じ世界観を共有してますが、特に前作を読まなくとも問題ありません。ですが、他作品を読んでいただいた方が、より楽しんでいただけると思います。気になったかたは作品TOP上部にある【ロナサーガ】のリンクからどうぞ。

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