1.生誕祭
月明りに照らされた薄暗い路地で14才ぐらいの黒髪の少年が倒れていた。
その少年に駆け寄ろうとする12才ぐらいの赤い髪色をした色白い透明感のある肌の少女を逃がさぬように鎧を纏った兵士が少女の腕を掴んでいた。
「ファラン!」
「うう…う…。」
少年の腹部からは大量の血が流れていた。
少年の前に銀髪の鎧を着た男が立っていた。男はゆっくりと腰に差していた剣を鞘から引き抜いた。
「その少年はもう助からん。せめてもの情けとして、楽にさせてやろう。」
銀髪の男は剣を振り上げた。振り上げた剣先に月明りが微かに反射した。
―12時間前… 首都ヘステニア
街中の街頭に設置してあるスピーカーから、若い女性の声がラジオ放送で流れていた。
『救世の聖女様が魔王の脅威から世界を救って下さって470年余り、今日の人類の繁栄があるのも、救世の聖女様の身命を賭して魔王を討伐して下さったお陰でございます。神が我々に救世の聖女様を遣わせて下さった事に感謝し、皆で今日という日を祝いましょう。』
ラジオ放送が終わると、首都ヘステニアの街中で歓声が沸いた。
首都の中心から遠く離れた街外れに、ボロボロで今にも崩れそうな小屋があった。
≪ドン!ドン!ドン!≫と扉を叩く音が小屋の中に響いた。
扉の前には12才ぐらいの金髪で髪がくるっとなったクセ毛の少年がソワソワしながら立っていた。
扉の向こうから足音が近づいてきて、扉の鍵が開ける音がし、扉がゆっくりと開いた。
扉が10センチ程開くと、薄暗い部屋の中から寝ぐせを付けたままの黒髪の少年が顔を出した。
「クオン、こんな朝早くに何の用だよ。」
「ファラン、お前正気か!何の用って生誕祭に一緒に行こうって約束しただろうがよ!」
「ああ、そんなこと言ってたな…。」
「それにもう昼前だぞ!いつまで寝てるつもりだよ。どうせまた昨日も遅くまで星を眺めてたんだろ。」
「ああそうさ。分かり切った事をいちいち言うなよ。」
「とりあえず早く準備しろよ。早くしないと聖女様のお言葉を聴けなくなっちまうぞ!」
「へいへい…。」
ファランはダルそうに部屋の奥に戻り、服を着替え、顔を洗って、生誕祭に行くための支度をした。ファランはあまり乗る気ではなかった。何故ならば彼にとって聖女の存在はそれ程興味をそそる存在ではなかったからだ。
「お待たせ。」
「さあ早く行こうぜ!実はとっておきの穴場スポットを見つけてあるんだ。」
そういうとクオンは走り出し、ファランもやれやれという表情を浮かべながらクオンの後を追った。
―エメルダス中央広場
初代皇帝の名が付けられたその広場には街の外からも多くの人々が集まっていた。その数およそ5万人…毎年この中央広場でルメール教の聖女が救世の聖女ルメールの生誕を祝う言葉を民衆の前で述べるのであった。今年は特に生誕500年という事もあり、例年よりも更に人が集まっていたのだ。
そんな中央広場が見渡せる五階建ての建物の屋上にファランとクオンは望遠鏡を片手に、聖女が民衆の前に姿を現すのを待っていた。
「それにしても良くこんな場所に上るルートを確保したな。ここなら星も良く観れそうだ。」
「ああ、実はオレもシェイミ―に教えてもらったんだ。」
「シェイミ―ってお前の事が好きなあのちょっと太めの女の子だろ?」
「そうだよ。」
「それって一緒に聖女様を観ようっていう誘いだったんじゃないか?」
「はあ?そんなの知るかよ。」
「お前って本当にひどいやつだな。」
「そんな事は今はどうでもいいだろ。さあもうすぐで正午だし、聖女様が中央塔に現れる時間だぞ。」
街中に正午を知らせる教会の鐘の音が響くと同時に、先程まで賑やかだった広場が、一斉に静まりかえった。
そして、広場の中央にある5メートル程の塔に聖女様が姿を現し、それと同時に再び民衆は歓声を上げた。
聖女は頭にベールが被っており、顔を見る事は出来なかった。
「今年はいつも以上に凄い歓声だな。街中のガラス窓が振動して今にも割れそうなぐらいだぞ。」
「そりゃあ救世の聖女様の生誕500年祭だからな。」
「でもよ、正直あそこにいる聖女様は別に救世の聖女様とは何の関係もないんだろ?」
「はあ!何言ってんだよ!あそこにいる聖女様は救世の聖女様と同じルメール教のシンボルでもある紋章が現れたお方で、救世の聖女様同様に神が人類の救済の為に世に遣わせて下さったお方なんだ。そんな事常識だろう!」
「そうだったのか。」
「お前は星ばかり眺めてないで少しは歴史とかを勉強しろよ!」
クオンがファランに対して説教をしていると、街中に聖女の声がラジオ放送で流れだした。
『ルメール教の教徒の皆さん、そして世に生きる全人類の皆さん、ごきげんよう。
今日、皆と共にルメール様の500年目の生誕を祝えることを大変喜ばしく思います。こうして我らばこの地上で健やかに暮らせているのも、500年前に神によって遣わされた救世の聖女ルメール様のお陰でございます。
魔王や魔物の脅威が去った後も、我々人類は何度も境地に立たされてきました。その都度、我々ルメール教は人類の繁栄の為に尽力してきました。
世界に安寧が訪れるようにと我々は努めてきたのです。
我々とは聖女である私や司祭たちだけという意味ではございません。我々とはルメール教徒全員のことなのです。
全教徒の力あってこその今日なのです。
これまでの500年、そしてこれからの500年…ザザ…ザ―――』
突然ラジオからノイズが流れだし、聖女の声が聞こえなくなった。
「くそ!こんな時にラジオの故障か!」
「いや、広場を見てみろ。放送そのものにトラブルがあるみたいだぞ。」
「こんな時に放送局のやつらは何してるんだ!」
『ザザ…えー皆さま聞こえますでしょうか?』
ラジオから再び聖女の声が聞こえてきた。
『少々機材にトラブルがあったようですが、ご安心下さい。
改めて…これまでの500年、そしてこれからの500年、1000年、2000年と我々は共に神の加護に報いましょう。
“神聖テルゼリア帝国”に永遠の繁栄を!
神に感謝を!ルメール様に感謝を!
アーメン!!』
首都中から一斉に「アーメン」という人々の声が聞こえてきた。
ファランはそんな人々の一体感が苦手であった。それは彼が首都の外の生まれだからというのにも起因していた。ファランが生まれた村では教会はあれど、首都のようにそこまで敬虔が高い訳ではなかったからだ。
そんな冷めたファランに反して、隣でクオンは涙を流しながら叫んでいた。
広場の中央の人々が一斉に道を開けると、その開いた道に教団兵が一斉に並び出した。その教団兵に守られるようにして聖女様を乗せた車がゆっくりと中央通りへと進んでいった。
「オレたちも早く降りて沿道に行こうぜ!」
「俺は遠慮しておくよ。あの人込みの中に入るのは疲れるし。」
「何言ってるんだよ!聖女様に会いたくないのかよ!」
「俺は聖女様よりも夜空に浮かぶ星々の方が興味あるね。」
「またお前はそれを言う!」
ファランはクオンと分かれ、再び街はずれの家に戻ることにした。
街中には多くの人々が聖女の生誕を祝っていた。普段は一人一人違う生活を送っている人々も、今日という日は一体となって同じ存在を祝っていたのだ。
それはファランにとって逆に孤独感を得るものでもあった。
ファランは家の扉の鍵を開けようと手を掛けると、鍵は閉まってなかった。
ファランは出かける時に確かに鍵を掛けたはずだった。しかし、鍵が掛かっていなかった。ファランはゆっくりと家の扉を開き、中を覗いた。
中は荒らされた形跡等何もなかった。
ファランは安堵すると、自分が鍵を掛け忘れただけだろうと思いながら、靴を脱ぎ、ベッドの上に飛び乗った。
「ひゃ!」
ファランはベッドから飛び起き、ベッドから離れた。
「誰かいるのか?」
ファランは確かに音を聞いた。これはベッドや部屋の床が軋む音ではない。あきらかに動物の鳴き声か、人の声だった。
ファランは玄関に立てかけてあったホウキを手に持ち、ゆっくりとベッドの向こうを除くように回り込んだ。
「お、お前…誰だ?」
そこにはベッドと壁の間に白いワンピースを着た赤毛の12才ぐらいの少女が小さく丸まるように座り込んでいた。
ファランは少女の姿を見てあまりの美しさに顔を赤らめた。
「えっとよ…見て分かるだろうけど、こんなボロボロの家に入っても盗むような物は何もねえぞ。」
少女は頭を横に振った。
「だったらどうしてこんな所に入った。」
少女はうつむきながらボソっと答えた。
「逃げてる?逃げるって誰からだよ?」
少女は天井を指さした。
「天井がなんだっていうんだよ。」
少女は頭を横に振り、再び天井を指さした。
「もしかして空ってことか?」
少女はうなずいた。
ファランは余計頭がこんがらがっていた。
「空から逃げてるってどういう意味なんだ?そもそもお前はどこから来たんだよ。」
ファランがそういうと、少女は口を開いた。
「月…お月様から来たの。」
「月?月ってあの夜空に浮かぶ月の事か?」
少女はゆっくりとうなずいた。
ファランは自分がからかわれているのではと思いながらも、少女の真剣な目を見るとそうは思えなかった。
「とりあえずここなら安全だ。こんなボロ家には誰も来たりしないからな。」
ファランがそう少女に言った次の瞬間、家の扉を何者かがノックした。
少女は震えていた。
ファランは≪ゴクリ≫と唾を飲み込むと、扉の向こうにいる何者かに向かって声を掛けた。
「誰だ?」
「聖兵士団の者だ。」
「今は取り込み中なんだ。そのまま用件を言ってくれませんか。」
「今日、ある犯罪を犯した12才ぐらいの少女が移送中に逃げ出したのだ。この少女は見た目はおとなしそうだが、大変危険な人物故に、我々はこの近所の安全守るために見回りをしている。君も身長このぐらいで白いワンピースを着た赤毛の女の子を見なかったか?」
ファランは少女の方に目線をやった。少女は震えているようだった。
ファランは少し考え、兵士の問に答えた。
「今日は体調を崩して部屋でずっと寝ていたので知らないです。」
「そうだったのか。それは辛い時に失礼した。」
兵士はそういうと扉から離れて行った。
ファランは少女がうずくまっている少女に手を差し伸べた。
「兵士はどっかに行ったよ。もう大丈夫だ。」
少女がゆっくりとファランの方に顔を上げた。ファランは少女のあまりの可愛さに頬を赤らめた。
少女はベッドの脇から顔を出し、部屋の中を見回し、安全が確認できるとゆっくりと立ち上がった。
「君は一体何者なんだ?聖兵士団の人が言ってた危険な人物って事は本当なのか?」
少女は頭を横に振った。
―首都ヘステニア 南地区大聖堂付近
そこは首都の中でも大聖堂がある神聖な場所だった。
事実上、首都においてのルメール教団の本部と言える大聖堂があり、周辺には貴族たちも多く住む静観な場所であった。
その大聖堂の入り口で、聖女の帰りを待つ鎧を着た銀髪の一人の男が立っていた。
その男に一人の兵士が駆け寄ってきた。
「ボラテラ聖騎士長!いまだ目標は発見出来ておりません。」
ボラテラはニッコリと笑いながら走って報告に来た兵士に答えた。
「わざわざご苦労様。君たちも聖女様のパレードを見たいだろうに、人探しなんて仕事をさせてしまってすまないね。」
「いえ!これも神の為、ルメール様の為、そしてボラテラ様の為です!」
「ありがとう。すまないがもう少し例の少女を探してくれるかい。」
「かしこまりました!」
兵士は再び街の中に消えていった。
それからしばらくすると、聖女を乗せたパレードカーが大聖堂に戻ってきた。
パレードカーが大聖堂の敷地に入ると、門が閉められ、聖女がパレードカーの舞台から降りてきた。降りてくる聖女に対してボラテラは手を差し伸べた。
「いつもありがとうボラテラ。」
ボラテラは白いベース越しに薄っすらを浮かぶ聖女の笑顔を見た。
―首都ヘステニア 街外れ ファランのボロ家
ファランは椅子に座りながら、ベッドの脇から動かない少女を見つめていた。
しばらく沈黙の時が流れた。ファランはそんな静けさに耐え切れずに、少女に語り掛けた。
「俺の名前はファラン。お前の名前は?」
少女はボソっとしゃべったが、あまりの小さな声にファランは聞き取れなかったので、もう一度少女に聞いた。
「ロナ…。」
少女はようやくファランにも聞き取れるようにしゃべった。
「ロナ?それって昔空にあったっていう二つ目の月の名前だろ?お前の両親も星が好きだったりするのか!」
ファランは少し嬉しそうにロナに質問した。
「いえ、私には両親と呼ばれる存在はいないわ。」
「お前も捨て子って事か…。」
ロナは黙ってしまった。
「さっきも聞いたけど、どうして聖兵士団になんか追われてたんだ?」
ロナは困惑した表情を浮かべながら答えた。
「私を月に連れ戻すために、彼らがあの人たちに命令して捕まえようとしているの。」
ファランはロナの言葉に目を丸くした。
ファランはロナが嘘を言っているようには見えなかった。
「彼らって誰のこ―」
≪ドン!ドン!ドン!≫
ファランがロナに質問しようとすると、再び部屋の扉がノックされた。
「聖兵士団だ!この家に赤い髪の少女が入ったと目撃情報があった!中を調べさせろ!抵抗すれば厳罰に処すことになる!」
ロナは聖兵士団の兵士の声を聴くとまたベッドにうずくまってしまった。
ファランは兵士の声に震えているロナを見て、ほっとけないと感じ、ロナの手を取った。
「俺が君を逃がしてやる!だから一緒についてくるんだ!」
ロナはゆっくりとファランの顔を見て、ファランの事を信じるという眼差しでうなずいた。
―首都ヘステニア 西地区商業街
「それでオレの家に連れてきたってのかよ。」
クオンが困った表情を浮かべながらソファーに腰かけていた。
「逃がしてやるとは言ったものの、他に頼れる人なんて俺知らないから…。」
「かー無責任だなお前!前にもまだ子猫だったシャーファル拾ってきて家に連れてきてたよな。」
「ごめん。」
「まあいいけどさ。それにそういう困った人をほっとけないって所好きだぜ。」
クオンの父は行商人をやっていた。それ故に首都の中でもクオンの家は使用人を雇うぐらいの中流階級レベルであった。
「それで、その子を逃がすとして、問題は陸路か海路かってことだな。」
「陸路に関しては壁を超える必要があるし、聖兵士団が探しているとなると、北門、南門、西門全てで検問を敷いてるだろう。」
「となると海路しか。でもそれでも同じように検問が敷かれてるんじゃないか?」
「港っていうのは外から入ってくるものに対してはうるさいが、出ていくものに対してはそこまで厳しくないんだよ。って父上が言ってた。」
「かと言って真っ昼間に動くのは目立っちまうから、夜に船に乗り込む事にしよう。」
―9時間後… 首都ヘステニア 東地区港エリア
街は夜だというのに生誕祭を祝う人々で混雑していた。
そんな中、ファランとクオンと地味なローブを被ったロナは港へと向かっていた。
「去年も思ったけど、本当に生誕祭っていうのは人でごった返すんだな。」
「そりゃあ当たり前だろ。何せルメール様の生誕を祝う祭りなんだから。」
三人は人込みで逸れないように裏通りを縫うように港へと向かっていたが、それが裏目に出てしまった。
「おい、そこの三人。」
聖兵士団の兵士が三人に背後から声を掛けてきた。
三人は背筋に冷気を受けたように背筋が凍った。
「この辺りで赤い髪の毛の少女を見なかったか?」
クオンが振り向き、兵士の問に答えた。
「赤い髪の女の子?そんな子は知らないですね。その子ってカワイイんですか?」
「このマセガキめ!知らないのなら知らないと言え!」
クオンは最大限の作り笑いをした。
「ん?そっちの二人は知らないか?」
ファランとロナは凍り付いていた。ファランはゆっくりと兵士の方に振り向き、首を横に振った。しかし、ロナは振り向けなかった。振り向いてしまうと髪の色でバレてしまうと感じたからだ。
「おい、そっちのローブを被ってるの。ローブを取ってみろ。」
クオンは兵士とロナの間に入り、ひきつった笑顔で兵士に答えた。
「こいつ恥ずかしがり屋なんですよ。だから勘弁して下さい。」
「恥ずかしがり屋ね。人に話しかけられてるのに顔を見せないなんて失礼だろ。」
「本当にその通りですよね。」
「とにかく、お前たちも気を付けろよ。何せ俺たちが探している赤い髪の少女は見た目はおとなしそうな少女でも、既に5人の兵士を殺した危険な奴だからな。」
ファランとクオンはロナの方に振り向いた。ロナは黙ってうつむいたままだった。
「違うよな…そんな事してないよな?」
ファランは小声でロナに語り掛けた。
しかし、ロナはファランやクオンが望んだような回答を返す事はなかった。ただ黙って地面を見つめていた。
「兵隊さん。」
クオンが立ち去ろうとする兵士を呼び止めた。
「クオン!!」
クオンはファランの方を見て、首を振った。
「実は…」
クオンはロナの方を指刺しながら、兵士に真実を伝えた。
兵士の表情は穏やかな表情から、険しい表情に変わった。
ファランはロナの手を掴むと、走りだした。
しかし、すぐ先の路地からもう一人の兵士が現れた。
「そいつらを捕まえろ!」
兵士がそう叫ぶと、もう一人の兵士は手に持ったライフルの引き金に指を掛けた。
表通りから聞こえる祭りの音が微かに聞こえるだけの薄暗い路地に、銃声がこだました。
ファランは銃弾を受けた腹部を抑えながら崩れるように前のめりに倒れた。そんなファランにロナは寄り添うように膝をついた。
クオンもまたファランに駆け寄った。
「そんな!どうしてファランの事を撃ったのさ!」
「うう…。」
「ファラン!ファラン!」
クオンが兵士に向かって抗議していると、鎧を着た銀髪の男が現れた。
「これはどういうことだ?」
「ボラテラ様!こ、これは…。」
「そのガキ共がその赤髪の少女を逃がそうとしていたので対処致しました。」
「対処?子供に鉛玉を打ち込む事が対処なのか?」
「いや…それは…。」
ボラテラはうずくまっているファランに近づき、膝をついてファランの顔を覗き込み、そして再び立ち上がった。
「すごい出血だな。恐らく肝臓がやられているのだろう。痛みも相当なものだろう。」
この娘を連行するんだ。
「は、はい!」
兵士の一人がロナの腕を掴み、引っ張りファランから引きはがし、暴れるロナを兵士がズルズルと引きずっていた。
「ファラン!」
「うう…う…。」
ボラテラはゆっくりと腰に差していた剣を鞘から引き抜いた。
「その少年はもう助からん。せめてもの情けとして、楽にさせてやろう。」
ボラテラは剣を振り上げた。振り上げた剣先に月明りが微かに反射した。
『くそ痛え…痛すぎて意識が飛びそうだ…って意識が飛びそうなのはこのドバドバ流れてる血のせいかな…。くそ…逃がしてやるって言ったのに…。この様かよ…。
俺はいつも余計な事に首を突っ込んでは中途半端で…。
せめてロナだけでも…。』
薄暗かった路地が急に明るくなった。
「なんだこれは!」
ファランの血に染まった左手が強く輝いていた。
「このままで終われるかよ…。」
ボラテラはたじろいだ。十四、五の子供が普通だったら痛みや出血で意識を保つ事もできないような状態のはずが、ゆっくりとだが、立ち上がろうとしているのだから。
「まさか…その左手の紋章は!」
ファランの左手にはルメール教のシンボルと同じ紋章が浮かび上がっていた。
■続く…
週一ぐらいのスローペースで更新していく予定です。
尚、この作品は【勇者のアンチテーゼ】という作品と同じ世界観を共有してますが、特に前作を読まなくとも問題ありません。ですが、前作を読んでいただいた方が、より楽しんでいただけると思います。