第1話 お見合い相手はまさかの人
【 まえがき 】
■奥様が旦那様にいろんな意味で可愛がられるお話
やまなしおちなしいみなし文
いろいろご都合的だと思われます
2018.12.12
これはなんの試練なんだろうかと思う。いま現在、オレがいる場所は一流ホテル――の広間である。小広間と言われるここを貸し切ったのは相手の家だ。テーブルを挟んで向かいに座る男は、人族でありながら魔族に匹敵するほどの魔力量を有していると言われている有名人。正装に身を包みつつも、優雅にコーヒーを飲む男の名をエリク。エリク・オードディス。人族の王族の一員であり――、髪の色はなるほど、灰色か。
オレでも名前だけは知っていたが、近くで見るとイケメンぶりに怯みそうになる。なんでそんなに美形なのかね。そりゃあ、噂になるぐらいにはおモテになるでしょうよ、ははは。はー……、よりによってお見合い相手がこの男なんて、オレがなにをしたというんだ。オレが!
「姉様、顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」
「なんとか大丈夫です……」
はははとこれまたなんとか乾いた笑いを返すが、果たして相手の男にどう映っているのだろうか。返してこちら、同じく正装に身を包んだオレことリディア・アトリー。オレと隣に座るフレイヤは双子の姉妹で、白銀に近い髪を持つオレと、漆黒の髪を持つフレイヤとで白黒姉妹とも呼ばれていた。どちらも髪の毛の長さは腰まであり、休みの日は色々な髪型を楽しんでいる。というか、メイドさんから「今日はこの髪型にしましょう」と言われるのだ。「あ、はい」と遠い目をしながら合わせるのがオレで、メイドさんとふたりできゃっきゃと楽しむのがフレイヤである。ちなみに、目の色はと言われると、オレは空色でフレイヤは紅茶色だ。オレの方はそうでもないが、フレイヤの方は美しいほどにきれいな色をしている。エリク様は髪と同じく灰色をしていた。より的確に言うと、髪も瞳も濃い灰色だろうか。ふむふむ、人族と魔族では目の色に差異があるのか。
っと、話を戻して。ここは人族の国と魔族の国の中間に位置する中立国だ。国名はアミュラトという。遥か昔にふたつの国が和平を結んだ結果建国されたという伝承があるその国では、人族と魔族が共存していた。だからか、こうしてお見合いなんていうこともある。混血の存在も珍しくもなんともない。もちろん、それらには「現在においては」という言葉がつくが。なにせ、昔はいろいろあったと言われているからな。
お見合いはいいとしてだ、なぜオレにお見合い話が来たのか不思議でならない。こちらにはお見合い用の写真を撮った覚えもないし、お節介な人も、結婚だなんだとそんな話をしたこともないからだ。なによりもオレは――《白の姉》は落ちこぼれだと言われているのだから、オレにお見合い話なんてくるわけがないと言っていい。一体どこの誰がお見合い話をまとめたのか知りたくて、緊張するなかでも仲人らしき人を探してみたはいいが、相手と自分の家族以外でいるのはメイドさんや執事さんだけで見つけられなかった。もしかしたら仲人がいないお見合いなのかもしれない。オレのお見合いの様相はドラマか漫画か小説仕込みなので、なんとも言いがたいが。家名のためにも落ちこぼれを払拭したいがしかし、こればかりはなかなかうまくいかないでいる。エリク・オードディスたる男に、噂話がいっていないなんてことがあるはずもないだろうに。
人族の方はどうなのかはいまいち知らないが、魔族はその身に有する魔力量に応じて髪の色が異なり、黒に近いほど魔力量が多いと言われている。それは現在も変わらない。つまり、黒と対極にある白――白銀の髪を持つオレが有する魔力量は微々たるものでしかない証なのだ。
それはおそらく、生まれに関係しているのではないのかと思われる。あくまでオレの推測でしかないが、一番しっくりくる仮説だろう。
なにを隠そうオレは、現代日本からこの世界へと生まれ落ちている。女性関係に緩い弟を庇って刺された衝撃が人生の最後だった。中学に進んだきり会話が減っていた兄弟だが、大事な家族である。庇うのは当然の行為でしかない。それはいい、霞行く意識のなかでもじわじわ痛み始めた腹部に対し、あ、これ痛いわあと思った刹那、声を聞いた。
――助かる方法があるとして、助かりたいですか?
男とも女とも、はたまた機械的だとも取れる声に対し、助かりたいと思ったのは必然だろう。オレはまだ大学に入学したばかりだったのだから。薔薇色であろう学生生活を前に死ぬわけにはいかない。そんな考えを巡らせるだけの力が残っていたのかと、自分自身感心したのち、意識を手離した。
次に目覚めたのはベッドの上で、左横あたりから「姉様ぁ」と聞こえてきた。重みとともに。なんなんだろうかと思えば、走馬灯が走り出す。数秒間か、はたまた数分間は解らないが、そこから理解したのは――どうやら自分は神様の善意で生まれ変わったということだった。それも魔族の女の子に。隣で一緒に寝ているのは双子の妹で、名をフレイヤ。王族から離縁した王弟である父と、彼の近くで働いていた母の間に生まれた、ということらしい。現在の年齢は五歳ほどのようだ。走馬灯が教えてくれたことには、どうやら赤ん坊では楽しくないだろうという神様の神采配である。のちのちに記憶が薄れていくであろう五歳までのあれやこれやも、うまく作り上げてくれたようだ。おそらくは前の躯のときのなんやかんやも織り混ぜてくれている。色濃く思い出せることもかすかに思い出せることもあったからだ。ちなみに、弟は大事がなかったようだし、家族からはオレの記憶を消したようだから悲しむ人もいない。オレはこの世界で新しい人生を歩めばいいんだよな。
「あー……、だから姉様ね」
姉様という言葉は妹だからなのかと納得して、最後に自分自身の名を知る。いまの名前を。ここにいないであろう神様に、ご丁寧にありがとうございましたと念じるが、届いていることだろうか――。
そんな出来事を経て成長したオレは、自分が異質な存在だとも理解した。落ちこぼれの姉ということも。父親の伝の社交場に行っても、周りにはフレイヤとメイドさん以外の人がいないということも。フレイヤが重度のブラコン――じゃなく、シスコンだということも! 落ちこぼれだろうがなんだろうが、周りにはどう思われてもいい。言わせたい奴には言わせてやる。オレには、オレをオレのままで愛してくれる家族がいてくれるんだから。
――と、そんな風に思考を巡らせて現実逃避をしていると、「それではあとは若いおふたりで」とかなんとか言う言葉が聞こえてきた。この世界でのお見合いでも、そのような言葉が出てくるのですね……。
それは理解できたが、やめて勘弁してオレは逃げたい。
男とお見合いなんて嫌だあああああ! しかも王族とか無理なんで! オレには無理なんですよ! 荷が重すぎるうううう!
席を立つ親たちになんとか目配せをするが、気づいてもらえずにさっさと去っていってしまう。いや、母さんは気がついてくれていたが、「頑張りなさい」と目で語っていた。嘘だろ、マジか……と呆然としてしまうが、しかたがない。ほかにどういうリアクションをしたらいいのか解らないのだから。
「大丈夫ですよ、姉様。私は姉様とともにあります!」
「フレイヤ、ありがとう」
右横から抱きつくフレイヤを引き剥がそうとするが、嫌々と言いたげに力を強めてきた。頬擦りも加わって。
「ちょっ、フレイヤ痛い、痛いって」
「ああ、姉様っ、姉様の肌は柔らかいですぅ」
「見ていて気持ちのよいものではありませんね。貴女のシスコン具合は。――フレイヤ・アトリー」
眼前で眉を顰めるエリク様。不快感を表す表情に今度こそフレイヤを引き剥がして、「すみません」「すみません」とぺこぺこ頭を下げた。怒らせるのは分が悪い。いくらオレが王弟の娘といえども、離縁したのだから権力は皆無。あちらは王族、こちらは庶民だ。父さんは貴族位をいただいているが、それは父さんの功績であって、オレの力ではない。オレの心はいつだって一般市民である。か弱き小心者だ。
「さらに言いますと、私はフレイヤ・アトリーのこれ以上の同席を許可しませんし、退座を望みます」
「青い顔をした姉様を放ってはおけません!」
「――邪魔だと言っているんですよ。言外を読んでいただきたいですね。ああ、その頭はリディのことでいっぱいで理解できませんか? なにを考えているのかはこちらには解りませんが、これを機にシスコンを治したらどうですかね。貴女はただの邪魔者でしかありませんから。ついでに学園からも去っていってくださいね。そうすればこれからは、私とリディの学園生活が待っているので」
コイツ……、言いたい放題言いやがって! ははは、フレイヤを邪魔者扱いするこの男は、いまから敵だ。王族だろうが関係ないね!
「ふざけんなてめえ!」
平手打ちをかませば、ふざけた野郎の顔がまた歪む。
「リディ」
「お前にリディと呼ばれるいわれはない。いくら王族であろうとも、オレの大切な妹を貶める奴は許さないからな! 落ちこぼれだって笑われるオレを愛してくれるフレイヤをバカにするな!」
咎めるような声にも言い返し、睨みつけたまま「バーカ!」とひとことつけ加え、その勢いのまま「フレイヤ行くぞ!」と細い腕を取って、大股でその場を去る。オレはもうくそ野郎なぞ知らぬ。
ズカズカ歩きつつ「フレイヤ、飛んで」と転移をお願いすると、ホテルの中庭だろう場所へと転移する。ここまではあの男も追ってこれまい。
くるりとフレイヤに向き直ると、「姉様」という声が降り注いだ。オレとフレイヤは双子であるが、全然似ていない。髪の毛の色も、瞳の色も、身長も、体型も、体重も、雰囲気も――なにもかもが違っている。一卵性ではなく、二卵性なんだろう。初対面で姉と見られるのはいつもフレイヤの方であって、オレは一向に妹だ。五センチほどある身長差のせいだろうが。ちなみに、あの男――エリクとはおそらく十センチほどあろう。対面した限りでは。
「なんだよ?」
「姉様に庇ってもらえて嬉しいです」
「そりゃあ、庇うだろ。大事な家族だし。それにな、オレはフレイヤに助けられているのにさ、邪魔者は言いすぎだろ、邪魔者は」
「私は邪魔者を邪魔者と表しただけにすぎませんよ」
「エリク……様」
背後からかけられた声に振り返れば――そこにはエリクが立っている。なんということか。どうやら追いつかれてしまった形らしい。もしかしなくとも転移先が解るのか? それならばすぐに追いつくのも頷ける。
片頬にうっすら手形を残した男は、これ以上ないくらいにきれいな笑みを浮かべていた。湧き上がる恐怖に躯が震え出すが、それでもフレイヤを背中に隠したまま対峙する。
「王族に手を出した場合はどうなるのか解りますよね、リディ」
「斬首、ですよね?」
「最悪の場合は、ですが。進言は可能ですよ?」
「それは脅しととっても?」
「ええ、脅しています。リディ、貴女を捕らえるために」
「そうですか。オレはあなたに捕まりたくないので、オレの首でよければいつでも差し出しますよ。――いまここでも」
目を細める男の手を首にかけてやると、目を丸める。驚いているのだろうが、オレの首ひとつで家族が守れるのならそれでいい。背後からは悲鳴が聞こえてくるが、それはそれだ。
「フレイヤたちには手を出さないでください。それを守れるのなら一思いに」
どうぞと目を閉じるが、なかなか絞まらない。うん、怖いね。けれどこれは、当然の報いだ。王族に手を出したのだから。
「私がリディを殺めるとお思いで?」
「あなたの考えは知りませんよ」
優しげな声に思わず目を開けてしまったが、灰色の瞳には怒りが見える。おもむろに首から手を離した男は、ついでオレの腕を引いて、その胸へと閉じ込めた。再びの悲鳴が聞こえてくるが、構う隙はない。悪く思わないでくれよ、フレイヤ。
「落ちないというのなら、文言を変えましょうか。フレイヤ・アトリーを消されたくなければ、私に落ちてください」
「なんだって?」
フレイヤを消すとはどういう意味だ。勢いよく顔を上げれば、細められた瞳とかち合った。策を考えようにも、なにを考えているのかまったく解らないから意味がない。
「貴女の目の前からも記憶からも消すということですよ。跡形もなく――ね。可能にする力を私は有していますから」
「美しい顔をした悪魔と言えば満足ですか?」
「いいえ、満足をするには到底足りませんね」
苦笑しつつもオレの髪を梳く男はなぜだか頬を染めているが、考える余地は消えている。
「なにがお望みで?」
「リディア・アトリー、貴女との婚約を」
「断った場合の処遇をお願いします」
「手を出した証拠はあるので、まずは幽閉でしょうね。尋問に進んでしまえば、私では関与しづらいです」
なるほど。オレに逃げ場はないということか。
「そうですか。では今度は婚約した場合の処遇を」
「後悔はさせませんし、出来うる限りの最高のもてなしを。それと――、私の全力を持って貴女を愛することを誓います」
「解りました。では、ひとつ条件を出しても構いませんか?」
「ええ。受け入れるかは条件次第ですが」
「オレはどんな処遇であっても構いませんが、フレイヤに意地悪なことをしないでください。その条件を飲んでいただけるのなら、婚約と相成りましょう。――エリク様」
ぴしりと空気が凍ったが、これは譲れない条件である。おそらくもなにも、エリク――様はフレイヤが嫌いなんだろう。さっきだって口撃してきたしな。となれば、フレイヤが本気で泣かされる前に止めないといけない。それに、フレイヤを消されるのは嫌だしな。
「リディ、それは……」
「譲れません」
「しかしですね」
「譲れません」
「先に見せつけてきたのは、フレイヤ・アトリーの方ですよ?」
「なにがあっても譲れません。嫌だというのなら、婚約はなかったことにしてください」
ぐっと言葉に詰まるエリク様は数秒間思案したあと、絞り出すように声を出した。嫌々というのは顔を見れば解る。ものすごく苦い顔をしているから。
「解り、ました。条件を……飲みましょう」
「いやあ、エリク様なら飲んでくれると思いましたよー。フレイヤを泣かせないでくださいね!」
「善処、します」
「はい! ありがとうございますっ」
「フレイヤ」「フレイヤ」と呼び寄せたフレイヤの頭を「よかったな」と撫でながら言えば、「私はいま泣きそうですよ、姉様。姉様がいなくなってしまうのかと、恐ろしかったんですからね」と抱きしめられた。
「悪い悪い」
「うー、姉様」
大丈夫だと言うように、よしよしともっと頭を撫でてやると、頬を擦り寄せてくる。お前を守るのがオレの役目なんだぞ、フレイヤ。
「見せつけないでいただきたいのですがね。ああそれと、晴れて婚約者となりましたので、容易く触れないでいただきたい。フレイヤ・アトリーは私のリディの純潔を奪いかねませんので」
あっけなく引き剥がされたオレとフレイヤは、その言葉に固まった。オレはエリク様の腕のなかであるが。なんだか抱き上げられているようだ。
ぱちくりと目を瞬かせつつ、フレイヤと顔を見合わせる。いまなんつった? え、オレの純潔を奪う? フレイヤが、か?
「いやいやいやいや、そんなのあり得ませんからね!?」
「それは解りませんよ。フレイヤ・アトリーの接触は決して薄くはありませんから」
「家族の触れあいに濃い薄いもないんですが! オレだってフレイヤがかわいいの! フレイヤはそれを返してくれているだけですから!」
「それが気に入らないと言っているんです。見せつけられる身にもなっていただきたい」
「見せつけてはないですから!」
まさかという視線が降ってくるが、本当の本当に見せつける意図はない。じっと見返していると、エリク様は顔を逸らして深く深く息を吐いた。
「リディがそう言うのなら、そうだと自身へ言い聞かせましょう。準備ができ次第、婚約に関する事項を確認してもらいますので、もう一度ご足労願います」
「解りました」
緩やかに地面へと下ろされたあと、エリク様は迎えに来たであろうメイドさんや執事さんとともに立ち去っていく。「それでは、近いうちにまたお会いしましょう」と残して。
あ、そういう終わり方ですか。小さくなる背中が完全に見えなくなると、緊張していたであろう躯から力が抜けていく。
「な、なんとか終わった、のか……」
「はい、姉様。私たちも行きましょうか」
小さな子どものように妹に抱き上げられる姉という図式は情けないが、足に力が入らないので多目に見てほしい。
よかった。とにかくよかった。無事とは言えないが、とにかく終わってよかったようううう!
ほうと息を吐くオレはその後、フレイヤや母さんたちに心配され、怒られ、二日ほど熱に侵されたが――終わりよければすべてよしである。




