主犯と話題
教室に入って早々2人が見た光景は凄惨だった。
「本当に殺人があったんだね。」
「信じてなかったけど、嘘じゃなかったんだね。」
そう言いながら2人は自分の席に座って他愛もない雑談に花を咲かせようとした。
・・・だが、そう上手くいかないのもよくある話で、何事も無かったかのように話を進めようとする2人にクラスメートが突っかかってきた。
「ねぇ木森さん流石にその態度はあんまりじゃないかな?クラスメートが3人も殺されたんだよ?」
「だから?」
訴えかけた言葉が、たったの3文字で終わった事で普段は笑顔になるように努めていたこの男の我慢も限界に達していた。
そのあと彼は自分の感情のままに思う事を叫ぶのであった。
「なんで何も思わないんだ?!彼は君に優しくしてくれたじゃないか!恩を感じないのか?!」
それを聞いた林は、フッと鼻で笑い大声で返した。
「貴方は勝手に売られた恩を返そうと思うの?」
男は目を見開いて林の方を向いた。
その顔は信じられないものを見たと言っているようだった。
林は表情や声色を変える事なく淡々と告げていく。
「私は自分が恩だと感じたもの以外返す必要がないと考えます。普通に考えてそうだと思いませんか?」
「なんだと!」
「では、極端な例を挙げます。貴方が道を歩いている時、急に知らない人が自分の前の石ころを蹴っています。そして、あらかた自分の前に石ころが無くなった時にいきなりその人が振り向いて」
「お前が転ばないように前の石を退かしたんだから謝礼を寄越せ。・・・なんて言われたら貴方は謝礼を渡しますか?」
極端すぎるその例に一瞬、返答出来なかったが思いついたように林を見ながら
「そんなの払うわけないだろう!というか話を逸らすんじゃない!」
と答えた。
その返答に林は義昭の方を向いて呆れたように溜め息を吐いた。
そして、もう何度やったか覚えていないほどの溜め息をした後、もう一度男の方を向いて話し出した。
「じゃあ、私も返さなくても良いんですよね?だって貴方も頼んでいない恩は返さないんですから。自分はやらないのに他人に強制するのはおかしな話では無いですか?」
なにを言われているのか男の頭が理解するのを拒んでいた。
彼は何をしても何を言っても自分の意見に反対する人間がいない事が今までの強みだった事もあり、その否定は彼にとって最大の傷になった事も事実として残っていた。
言いたい事を言ってスッキリした林は、義昭の席まで戻って行き世間話に興じる。
「それにしても・・・怒涛というかなんというかだね。」
「しょうがないよ。面倒だと感じたら適当にあしらうくらいしないとね。」
「でも、あの感じだとまた言ってきそうだよ?」
心配する義昭の様子を見た林は、自分が心配されていると察した瞬間から心から満たされる感覚に陥った。
未だかつて感じた事のない感覚に少し困惑していたものの、昔母親から聞いた事のある感情の事を思い出し、林の顔からは少し笑みが溢れていた。
「あのさー。」
しかし邪魔というのは存在するらしく、林の顔から笑みが少しずつ消えていった。
彼女が目の前に現れたからだった。
義昭を第一と考えていた林の一番の天敵である斜ヶ谷桃が取り巻きを引き連れて林と義昭の目の前に立っていた。
「さっきから聞いてたけど、あんた調子に乗ってない?不愉快なんだけど。」
嫌味ったらしく言い放つ彼女の言葉に林は内心溜め息を吐きながら、返答するのであった。
「別に?勝手に言い寄ってきたのは向こうなんだから、私に文句を言う筋合いは無いんじゃない?」
そんな挑発なんて関係ないとでも言うかのように、彼女は林の机を力強く叩いて胸ぐらを掴んでいた。
彼女の目には完全な怒りが見える。
なんでそんなに怒るのか。
それは義昭には分からなかったが林は理解していた。
「大体ね!北くんに話しかけられるんなら私に許可を貰いなさいよ!何勝手に話しかけられてんのよ!」
「安心して良いのに、私は彼の事なんか一ミリもこれっぽっちも一時の気の迷いであっても好きになんかならないからさ。」
北くんというのはさっき林に文句を言っていた男の名前である。
その言葉は、今の彼女にとっては火に油を注ぐ行為である事は明白だった。
彼女の顔は目に見えるくらい赤くなっているのがよく分かる。
今にも殴りかかりそうな勢いで彼女は詰め寄っていった。
「ふざけてるの?!私がイラついてるのよ?!謝りなさいよ!」
ガヤガヤ騒いでいる彼女を目の前にして、林は静かに立ち上がりニコッと微笑み
「バーカ」
そう言って林は彼女の頬を叩いた。
彼女は何が起こったのか理解出来ていなかった。
そんな頭に?が湧いた彼女を放って、林は席に座り直し義昭との世間話を再開した。
「そういえば・・・最近この近くで色んな殺人犯が殺されてるんだって、知ってた?」
「いや、それは知らなかったかな。」
「怖いよね。私達もそんな人に会わないようにしないとね。」
そう言う林の声は震えているようだった。
ただその震えは怖さで震えているという訳ではなく、とても面白そうだと感じるような震えだった。
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「あーもう!マジむかつくあの女!いっその事学校に来れなくしてやる。」
「そういえばあの女の横にあいつ居たじゃん。」
「案外簡単なんじゃね?」
裏ではこんな単純な暗躍がされていた。