妹の兄への後悔
今回は氷菜視点で過去話を書いてみました。
至らないところだらけですが見ていただけると幸いですねー
日出 義昭はいつも朝の8時には家を出る。
家族が起きていない且つ妹の氷菜が寝起きの状態で、義昭に気付かない時間帯がこの朝8時である。
学校の始業のチャイムが鳴るのは9時の為、義昭はこの近くで毎回時間を潰している。
普段なら公園の人目につかないような木陰のベンチに座り、やってくる人を警戒しながら休んでいる。
だが、この日は普段と違うところがあった。
「あ、兄さん。なにしてるんですか?」
氷菜がなんとこの時間から意識がはっきりとしていたのだ。
予想外だった為、義昭も少し返答に時間を要した。
「うん。学校まで時間を潰そうかなって思ってね。」
「そうなんだ。でも、それなら家でもよくない?なんでわざわざ外に出るの?」
ここで何を言ったらいいのか義昭には浮かばなかった。
普段なら会話も出来ただろうが、予想外の事が起きた事もあり、義昭は言葉が発せずその場で立ち尽くしてしまう。
「えっと、ほら僕がここに居たら空気が汚れるでしょ?だったらまだ空気の量が多い外にいた方が両親的にも氷菜的にも無害かなって思ったんだけど。」
「ふーん、別に良いのでは?私は気にしないから。」
心底どうでも良いと言うような態度で義昭に接する氷菜に対して、義昭はこう思っていた。
(まぁ、氷菜は気にしなくてもあの親達がね)
最初は理解できていなかった氷菜だったが、階段を下る音が聞こえた瞬間、義昭が靴を履いて家を出た事で理解することができた。
日出氷菜は馬鹿ではない。
むしろなんでも出来すぎて、周りから頭6個分ほど突き出ているほどである。
そんな才能を持っている氷菜に近寄ってくる友達は、基本将来の関係を考えてコネを持とうとしてくる女子や、美少女である彼女に下心丸出しで近寄ってくる男子である。
氷菜はそんな人生が嫌だった。
自分だって自由に生きる権利がある筈なのに、周りが勝手に自分の未来を決めるように立ち回ってくるのが鬱陶しくて、それでいてうんざりしていた。
そんな扱いが学校だけならまだ良かったのだが、最悪な事に家族も同じ事をしてくるのである。
やれ志望校は偏差値が高いところにしろだの、やれ大手企業に就職しろだの、やれ日出家を有名にしろだのうるさかった。
自分の家を有名にしろだなんて到底叶わない願いである。
ただの平均所得のサラリーマンと専業主婦の両親の家なんてどんな天才であっても名家にするなんて、夢物語だと一蹴するだろう。
だから小学校までは、自由にしていた兄の事が羨ましかった。
周りから大した期待もされておらず、1人で気ままに動いていた兄の義昭の事が妬ましくもあった。
(何で私ばっかりこんな目に、この辛さがお兄ちゃんには分からないよね。)
なんて伝わらない文句を言いながら、学校から帰っていると氷菜の目の前には信じ難い光景が映っていた。
それは、全身が水とゴミに塗れ、落書きをされたランドセルをからいながら切り傷に塗れた腕と痣だらけの顔を交互に撫でる兄の姿だった。
小学生の氷菜には、衝撃が強すぎるその光景を当の本人である義昭は当然のように受け入れていると氷菜には見えていた。
妬ましく思っていてもやっぱり心配はするもので、氷菜はその場から走り出して、義昭の前まで行った。
義昭の前に立ってさらに分かった事がある。
それは、落書きをされたのはランドセルだけではなかったという事だ。
義昭は真っ白な服にこれでもかというほどに落書きをされていた。
もうその服が白無地なのかも分からないほどに細かく色々な文字が刻まれていた。
そしてそれは匂いで分かる通り油性マジックで書かれているため落ちない。
「どうして・・・・どうして!こんな状態になるまで我慢するの?!今からでもお父さんやお母さんに」
そこまで言って腕を掴まれた。
掴んでいるのは他でもない兄である義昭本人だった。
振り払おうとするのに振り払えない。
それどころか腕を動かすことすら出来ない。
ボロボロの兄のどこにそんな力があるのか。
ただでさえ焦っている氷菜の頭にそんな疑問が湧き、さらに頭が痛くなってくる。
威圧も込めて睨めばきっと離すだろう。
そう思って兄の目を見た氷菜は戦慄した。
兄の目は黒すらも映さないほど透明だった。
よく見れば目の内側まで見えるんじゃないかと思えるほどに透き通っており、死んだ魚の方がまだ色があるくらいだった。
「親に言ったって無駄だよ。氷菜を除けばこの街で僕を心配する人なんて現れやしないんだよ。」
この世の悪という悪を見てきたような言い方だった。
でも、氷菜からすれば理解なんて到底できるわけがない。
他人からは認められて当たり前、認められないのは自分に至らないところがあるから。
そう思っていた氷菜は、兄がこの瞬間に至るまでに誰かに認められていたかを思い出していた。
だが、そんな記憶はなかった。
当然だった。
氷菜が百点を取れば両親は喜び、クラスメイトも褒めてくれた。
それに対して義昭の場合はどうだろう。
百点を取ってもビリビリに破かれ証拠がないから嘘をつくなと言われ、クラスでもカンニングだの優秀な人から答案を盗んだと言われ、いじめの口実にされた。
希望がないのは当然だった。
そんな事を氷菜は今更になって気付いたのだ。
なによりも辛い結果を背負っていたのは天才の自分ではなく兄の方であったと自分が妬む対象だった人物は、本当であれば自分が妬まれる対象であった事を小学生でありながら気付いてしまったのだ。
やっぱり難しいですなー。
された事がないから余計に難しく感じるんでしょうね