事実と成長
「さて、きっと中には臨戦体制の人がうじゃうじゃいるんだろうね。」
林の言葉に、全員が静かに頷く。
庁舎の前に辿り着いた義昭達は、まだ見ぬ敵の存在を警戒しながら入るタイミングを窺っていた。
バスに乗っていた時とは違い、人の気配が感じられない建物は林や氷菜には不気味に映っている。
「でも、さっきあれだけ外にいた訳ですし中は空っぽなんじゃ?」
氷菜がそう話しかけると
「いやーどうだろうね。仕事しないのに人数だけいるのが警察だしなー。」
色々と情報を持っている栄子の言葉に口を噤んでしまう。
悔しかったのか、栄子に付けたリードを引っ張って嫌がらせをしていた。
そんなやりとりをしていると
「とりあえず開けてみれば分かるよね。」
そう言いながら義昭が林を連れて先頭に立ち
「僕が指を曲げたら拳を振りかぶってください。」
と指示し、それを聞いた林は拳を構えて力を込め始める。
やがて、みんなに分かるほど手をあげ人差し指をゆっくりと曲げた。
それに呼応し林は構えた拳を思い切り前に突き出す。
「・・・え?」
これは氷菜だろうか、はたまた栄子か運転手のおじさんだろうか。
全員かもしれない唖然とした声は目の前の理解し難い光景に、ただ口を開けるしかなかった。
「居なかったみたいだね。」
「一緒に消し飛んだかもしれないけど?」
義昭と林のそんな会話も後ろの三人には、届いていない。
「今のは・・・一体」
「いや、分かんねー。」
呆気に取られる栄子と運転手はそう言葉を出すのがやっとだった。
氷菜に関しては、もはや言葉を出すのも出来ず、一瞬の出来事に唾を飲み込むことしかできなかった。
「元々から義昭くんの攻撃は速いのに、私の攻撃で出来た風に乗せるなんて、よく思い付くね。」
「頭の悪いやり方なのは重々承知です。ウジウジするより良いと思ったので。」
遠慮なく中に入る二人に続くように三人も庁舎へと侵入した。
侵入の時の攻撃で広かった庁舎内はさらに広くなり、遮るものが存在しなかった。
「逆にここまでなってるのに崩れないのが不思議なんだけど。」
林の当然の疑問も、一階に吹き抜ける風と共に流れていく。
「警視総監の部屋はここの五階です。行きましょう。」
栄子の言葉で一同は階段目指して走り出した。
その刹那
先頭を走る林が何かに気付き歩みを止め、近くのパイプ椅子を持ち上げ下に叩きつけた。
突然の行動に面食らった氷菜達は、同じく歩みを止め林が見つめる方向に目をやった。
「いったいなー。頭にたんこぶなんて子供の頃以来だよー。」
そこには、頭を摩りながら地面から全身を出したファオンの姿
痛そうにしているが、顔からは笑みが隠しきれておらず小さな少女のように無邪気だった。
林はパイプ椅子を投げ捨て、ファオンと義昭達を遮るように立つと
「私が相手をします。義昭くん達は上へ。」
首を縦に振る義昭
少しあたふたしている栄子
戸惑いが隠せない氷菜とそれを宥めて促す運転手
反応は様々だが、先に走り出した義昭に続いて全員が階段を上がっていった。
「正直言えば日出 義昭くんとかに残って欲しかったな。」
そう呟きながら引っ込まないたんこぶをそのままに、ファオンは林を見つめる。
肩を竦めるその様子は、どこか諦めとは違う侮蔑が込められている気がした。
「何が言いたいんですか。」
気に障ったらしい林が、語気を強めてファオンに問う。
「だって、あの中だと君が一番弱いでしょ? 私、強い人とやりたいんだよねー。」
勝手な決めつけだが、否定は出来ないと思った林は静かに下を向く。
「確かに弱いかもしれませんが、それでも氷菜さんよりは」
「いや、今の状態なら君の方が弱い。」
実戦の経験は少ない林だが、一度も戦った事のない氷菜よりは流石に強いと心で自負していただけに、ファオンの言葉は冷ややかに抉る。
受付の机に座ったファオンは、ショックを受けて動けない林を見下ろしながら
「少なくとも迷いまくってる今の木森 林は、素人の日出 氷菜に遥かに劣ってる。」
付けられた傷跡を、さらに深くされたような感覚が林を襲う。
今まで自分より弱い犯罪者に狙いを定めてはいたが、蓮菊と戦い多少は実力に自信を持っていた。
しかし、考えればその後の留萌 一三二には直接弱いと言われ、戦う時には楓羅だけが狙われた。
その後も見直されただけで認められた訳ではなかった。
ファオンの言うとおり、林の心の中は迷いで支配されていた。
だが、その時の林とは違うことがあるのも事実だった。
留萌 一三二やファオンの言葉でショックを受けた。
変えられない実力を見せつけられ、現実を突きつけられた。
「でも、それは今後も同じ事。」
小さな呟きを耳で拾い、雰囲気の違いを察したファオンが、受付から降りて林を改めて見つめる。
顔を上げた林は、真剣だが今を楽しむような表情を浮かべ
「宣言します。貴女を含め、これから戦う人は全て私を成長させる実験体です!」
大きな声で宣誓された発言に、ファオンは笑みを浮かべながら
「面白いじゃん。やってみなよ!私はそんな顔の人とやりたいんだ!」
真正面から突っ込んでくる林を、ファオンは受け止める。
掴んだ拳ごと林を壁に向かって投げつける。
「かかってきなよ!君のそのパワーを私の能力で迎え撃ってあげる!」
着ていた服の袖を捲りながら、林の宣誓に負けない声で呼びかけた。




