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ジャック・ザ・リッパーの贈り物

作者: ことは

『ジャック・ザ・リッパーの贈り物』


 これは僕の背筋が凍った怖ろしい話。


 太陽の日差しが強い、真夏の8月。冷房の恋しい季節。

 上京して一人暮らしをしている大学生の僕は、15日間の海外旅行へ行くことになった。

 せっかくの夏休みだし、どこか遠出をしようと計画していたところ、イギリス留学をしている従兄いとこに誘われたのだ。

 ラッキーとばかりに僕はそれに飛びついた。


 英語は得意ではないが、従兄が一緒なので苦労はなかった。何より宿代がかからないのはありがたかった。

 従兄も大学の講義がない時は色々なところに案内してくれた。その中でもバッキンガム宮殿の衛兵交替式は面白かった。僕は海外旅行を満喫した。


 楽しい時間というのはあっという間に過ぎていくもので……僕の滞在日数も残り数日となった頃、夜、従兄がある所に行こうと誘ってきた。

「剛史つよし、ちょっといつもと違う観光案内してやるよ」

「いつもと違う観光……? なにそれ、幸こうちゃん」

 幸一こういち――――僕は幸ちゃんと呼んでいる。首を傾げると幸ちゃんはにやりと笑った。


「ずばり、裏観光。切り裂きジャックジャック・ザ・リッパーって知っているか?」


 ジャック・ザ・リッパー……。名前は知ってる。たしか、昔の猟奇殺人者の異名。

 僕は頷いた。

「知ってる。殺人者で捕まらなかったんだよね」

「そう。その現場を巡るんだよ」

 なるほど。確かに裏観光だ。これはなかなか体験できることじゃないぞ。僕は幸ちゃんの案に乗った。僕たちはさっそく出かけることにした。


 意外といえば、このツアーは実際にあるらしい。

 ガイド付きで事件現場巡り……。すごい商売もあったものだ。


 事件の多かったイースト・エンド、それからホワイトチャペルと歩いてみたが、幽霊らしきものを見ることはなかった。普通に人が行き交う通りなので、特に不気味な雰囲気もなかった。

 てっとり早く怖い雰囲気だけを味わいたいなら墓地に行ったほうがいい。

 僕はちょっとがっかりした。

「なにもないね」

「そういうもんだよ。でも実際にここで大量の人が殺されたって思うと嫌な感じだろ」

「まあ、確かに。気持ちのいいものではないね」

「幽霊が見えるかより、そっちの事実の方が怖いんだよ」

 一理ある。しかも犯人は捕まってないんだよね。

 僕たちはもう一つ、現場で有名なテムズ川周辺を歩いてみることにした。

 ここでも変わったことはなく、川ではナイトクルーズが往来している。

 まあ、散歩と思えば、気軽に楽しめたかな、僕はそろそろ帰らないかと、幸ちゃんに声をかけようとした。


 ――――その時、急に冷たい風が体を刺した。


 それから襲ってくる悪寒。なんだ、これ。

 僕は思わず両手で自分の腕をさすった。僕の動きに幸ちゃんが訊ねる。

「なんだ? どうした?」

「……なんか、寒気が……」

「え? マジ? おまえ霊感とかあるのか?」

「ないよ、ないない。でも、なんか急に……」

 僕は体調が悪くなり、幸ちゃんも心配して、マンションに戻ることにした。


 翌日、僕は寝込んだ。まさか本当に何か憑いてるんじゃないかと怖くなったが、次の日には元気になった。

 ただの風邪だったようだ。よかった。僕は胸なで下ろした。

 こうして僕の海外旅行は終わった。


 蒸し暑い日本に戻ってきた僕は、炎天下の中、一人暮らしの部屋へと急ぐ。

 大きなトランクを抱えてやっとアパートに辿りついた頃には、額から大量の汗が流れていた。

 暑さに参りながら僕はキーケースを取り出して、鍵を回した。

 扉が開く。


 次の瞬間――――冷気が体に刺さった。


 その冷たさに、テムズ川の時のことを思い出す。

 心臓がドキドキする。まさか。まさか。まさか。

 僕は鳴りやまない自分の心臓の音を聞きながら、恐る恐る部屋の中へと入った。

 冷たい風は止まらない。


 キッチンと部屋との間の扉が僅かに開いている。

 そこからの冷気が強い。

 僕は意を決して、扉を開いた。


 冷風が全身に襲ってきた。――――そして、その正体は……。


「……エアコン?」


 部屋ではエアコンが絶好調に冷気を発していた。

 なんてことだ。僕はエアコンを消し忘れて行ったのか。

「は……ははは」

 まぬけな自分の失態と、安堵に乾いた笑いが出てしまう。

 ああ、よかった。一瞬「連れて」きてしまったのかと思った。

 気が抜けそうになったところで、ふとある事実を確信する。


 ……エアコン。ずっとついていたんだよね。

 15日間。

 ずっと。


 ……。

 僕はぞっとした。

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