序章:第2話 姿見の自分
扉の閉まる音に次いで、数人分の足音がはっきりと聞こえた。靴が絨毯を踏む音に混じって、何やらガシャガシャと金属の擦れる音もする。
現れたのは、6人の……これまた濃ゆい外国人だった。さっきのメイドさんもいる。
「リーニェ様! よく、ご無事で……っ!」
最初に口を開いたのは、10代前半くらいの女の子。
メイドさんもかなりの美形だったけど、この娘はもっとすごい。
豪華なドレスに絢爛なお化粧、それに負けない八頭身のスタイルと愛らしい小顔。ハリウッドにだってそうはいない、目の眩むような美少女。
ああ、この人はお姫さまだ。絶対にそう。私の本能がそう言ってる。
彼女は私を見て、うるうると目尻に涙を溜め、胸に飛び込んで来る。かわいい。反射的に抱きしめてしまうと、わっと声を上げて泣き出した。
頭がお腹に押し付けられてキリっと痛むけど、顔に出さないよう努力する。
「おお……まさか、あの状態から持ち直すとは。なんという生命力だ」
次に話すのは、60代くらいのおじいさん。
テレビで見るローマ法王が着ているみたいな法衣と杖。まんま、聖職者って感じだ。
「いやいや、さすがは殿下! 賊の姦計ごときで死ぬお方ではありませんな!」
がはは、と笑うのは30代くらいの……うん。おじさまだ。
ピンと左右に伸びた口ひげが印象的。なかなかに紳士的な雰囲気のある人物。
驚くことに、彼は甲冑を着ている。それも博物館で見るようなものじゃなく、もっとこう……ゲームで見るような。
陶器みたいな質感の鎧に、紅白の染料で鮮やかな模様が描かれ、所々に装飾が施されている。
これはなんていうか、すごくファンタジーだ。説明されなくても分かる。この人は、騎士だろう。
騎士おじさまの後ろには、同じような格好をした男女が二人、控えている。
エキセントリックな髪の色が目を引く二人だ。
海のように青い髪の筋骨隆々な青年と、燃えるように赤い髪の凛とした女性。
二人とも20代くらいだろうか。これがまた美形で、ちょっと嫌になる。
彼らは、私に声を掛けず、黙っておじさまの後ろに立っている。
後は、騎士ズと同じように控えている、さきほどのメイドさんで全員だ。
「これは奥方の祈祷が効きましたかな? 殿下、レイレ様はこの三日、一睡もせずに祈祷していたのですよ」
「そんな、私の祈りなど……全て、先生のおかげです」
「いやいや、わしの宿呪で出来るのは、毒を取り除くところまで。黄泉から帰って来られたのは、ひとえに王子様の気力ですよ」
「はっはっは! それはそうだ。こんなに可憐な奥方を残して死ぬわけにはいきますまい! ねぇ殿下!」
「や、やめてください、ドローワ殿……」
「何をおっしゃいます、照れることなどありません! お二人は王室きってのおしどり夫婦、我ら護衛騎士にとっての太陽のようなお方! 元気でいて頂かなくては困ります!」
お姫さまとおじさまとおじいさんが、私のベッドを囲んでわいわいやっている。
でも、なんだろう……違和感がある。やっぱり、お芝居なのかな? 変な感じ。
うぅ~ん。
気になる単語もちらほら出てるし、せっかく人が居るのだから今私が思っている疑問をぶつけたいのだけれど、声が出ない。
そうだ。筆談は? これだけ流暢なんだし……読めるよね、日本語。
私が紙とペンを探してキョロキョロしていると、お姫さまが「リーニェ様?」と上目づかいで尋ねてくる。
「何か仰りたいことがありますの? 遠慮せず、私に申してください」
そう言われても……。
「あ、レイレ様。申し訳ありません、リーニェ殿下は毒の影響か、まだお声を発することができないようです。伝え忘れておりました」
メイドさんが私に代わって説明してくれる。
「まぁルイラ、本当なの? 困りましたね、それでは意思の疎通ができません。リーニェ様は、言葉の読み書きが出来ませんし……」
え、なにそれ。
お姫さま、私がどんだけバカだと思ってるの?
それとも……やっぱり、そういう設定ってことなんだろうか。
「何、奥方。問題はありません。なにせここに、黄泉返しをやってのけた治療士が居るのですからな! 喉くらいすぐに治してくれるでしょう!」
「黄泉返し、は大仰ですよ団長閣下。わしの宿呪はそこまで万能ではありません……ま、なにはともあれ診てみましょう」
私が唖然としている隙に、おじいさんが近づいて来て、
「では王子様、失礼いたします」
いきなり、胸をつかむ。
「!!??」
悲鳴を上げなかったのは、単純に声が出なかっただけだ。
話を聞く限り、たぶんこのおじいさんは医者のような役柄なんだろうけど……それでも乙女の胸を突然鷲づかみなんて!
反射で手が出る。どん、と手のひらで突き飛ばす。
おじいさんがベッドから転げ落ち、メイドさんとお姫さまが小さく声を上げた。
私は、自分の胸を庇うべく身を捩り―――
気が付いてしまった。
いや……正確に言えば、最初から気づいていた。
あまりにも自然すぎて、意識していなかったただけだ。
私はベッドを飛び出し、あるものを探す。これだけ広い寝室だ、絶対にある。
それは、目覚めた時から感じていたことだ。
いつもより重い体、リーニェという知らない名前―――そして、王子という尊称。
何かのお芝居なんじゃないかと思うことで、逸らしていた違和感。
探していたものは、広い部屋の隅にあった。私は、それをシャンデリアの灯りまで持っていく。
姿見に映っていた、私の姿。
それは、見たこともない、肥えた男のそれだった。