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『脇役女優』が『悪逆王子』と代わったら  作者: 千切キャベツ
序章:猫、私、デブ王子
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序章:第1話 シャンデリアとメイド



 目が覚めて、一番最初に見えたのはシャンデリアだった。

 電灯ではなくロウソクを使っていて、なかなか本格的。揺れる炎はうっすら青く、燭台の金細工がそれを幻想的に反射している。


 天井が見えるということは、どうやら私は眠っていたらしい。

 視線を動かせば、この部屋の様子がわかる。

 金糸の織り込まれた絨毯。瑠璃色に染まった木製のタンス。壁一面の絵画。2メートルはありそうなドラゴンの彫刻は、宝石でできているように見える。

 どれもが溜息が出そうなほど美しいのと同時に、私にとって全く身に覚えのないものだった。


 ここまできて、ようやくはて、と疑問が沸く。


 どこだここは。


 私はなぜ、こんなところで眠っているんだ?


 少し……いや、かなり頭がぼーっとする。記憶も意識も曖昧だ。

 辿れる最後の記憶では、確か手術を受けるために麻酔を打たれたはずだけれど……。


 まあ、いいや。とりあえず起きよう。

 そう思って力を入れる。けど、なんだか体がやけに重い。腹筋だけでは起きられず、腕を使い、「うう」とうめきながら起き上がる。


「……殿下?」


 なんとか体を起こし終えるのと同時、離れたところから声が聞こえた。

 シャンデリアの灯りの外、薄ぼけた闇の中から、メイド服を来た人が現れる。

 この部屋、思ったよりも広いらしい。


「ああ、殿下! リーニェ殿下! お目覚めになられたのですね!」


 メイド服の人物は、女性で、外国人だった。白い肌に自然な色合いの金髪。目鼻立ちはヨーロッパ系。

 スタイルも良くて、うん。なかなかの美人さんだ。 

 メイドさんは、金髪とおっぱいをゆさゆさ揺らしながら私のもとへ駆け寄ってくる。


「本当によかった……。私を含め家臣一同、殿下のお目覚めを信じておりました!」


 彼女はベッドの脇に跪くと、外国の人とは思えないほど流暢な日本語でまくしたてる。

 頬を染め、涙を流して相当感激のご様子だ。少々演技臭いが、私の目覚めはよっぽどめでたいことらしい。

 

 うん。

 で……だれ? この人。

 私の入院していた病院に、こんな看護師さんはいなかったはずだ。

 っていうか、なんでメイド服? そもそもここ、病院じゃないの?


 ―――う。

 

 ああ、まずいぞ。混乱してきた。目の前がくるくるする。

 状況に頭が追いついてない。


 思わず顔を手で覆った私に、メイドさんが焦った様子で語りかけて来る。


「大丈夫ですか、どこか痛む箇所などございますか……リーニェ殿下!」


 だから。

 何言ってるの、この人? 『リーニェ』って何? でんか、ってひょっとして『殿下』? 

 私はそんな名前じゃないんだけど……って、うん?

 

 ―――ああ、そうか!

 

 このとき、私は電撃的に閃いた。


『リーニェ殿下』。


 さっきメイドさんは、明らかに私を指してそう呼んだ。

 しかし私は由緒正しい日本人女性で、当然そんな名前じゃない。仰々しい尊称を付けられる覚えもなかった。

 

 でも……こんな風に自分のものではない名前で呼ばれる……そんなシュチュエーションになら、私は思い当たるところがある。




 つまり、お芝居だ。


     ・・・

 私は今、仕事中なんだ!


「殿下……?」

 まずい。

 なんのリアクションも返さないせいで、メイドさん(役)が困惑している。

 でも、ごめんなさい。私、何にも覚えていないんです。

 次の台詞はおろか、彼女の役名や、演目すらわからない。ステージでないところを考えると、舞台じゃないよね。映画かドラマなんだろうか。

 今の私は……たぶん、寝起きのシーンを撮る間に、本当に眠ってしまった……とか、そんな感じだ。



 ああ、なんてこと! まさに絶句だ。


 まさか、この私が。

 よりにもよって、お芝居の最中に、熟睡してしまうなんて……! 

 しかも、起きたらなんにも覚えていないなんて!


 かつてない失態だ。

 ありえないほどの大失態だ……!


 世界の誰にも顔向けできない。穴があったら埋めてほしい。

 でも……今、頭を抱えることはできない。

 私はプロだ。半端な真似はできないんだ。

 状況を見ると、薄暗がりの向こうには撮影隊がいて、今もカメラが回っていると思っていい。こんなことでテープを浪費させるわけにもいかない。


 自分のミスを、正直に打ち明けなければ。

 私は、謝罪を口にしようとして、


「ご、っんぎ――――――っ!?」


 声が出ないことに気づく。

 同時に、胃の奥から喉にかけて、焼けるような痛みが走った。


 な、なにこれ!?

 ただ痛いだけじゃなくて、熱い。血の臭いが鼻と口を抜ける。

 まずいぞ、ちょっと、尋常じゃない感じだ……!


 激しく咳き込み悶える私を、メイドさんが支えてくれた。


「ああ、殿下! ヒドラの猛毒を飲まれたのです、どうかご無理をなさらず!」


 猛毒……ヒドラ……?

 なに言ってんのこの人。ひょっとして、演技を続けてる……?


「今すぐ治療士を呼んで参ります。安静になさっていてください」


 メイドさんは私をベッドの上に寝かせると、有無を言わせず、踵を返して薄闇の中に消えていく。

 離れたところから扉の開く音、「リーニェ殿下がお目覚めになられました!」という彼女の声、扉が閉まる音、が順番に聞こえて、以降は何の音もしなくなる。

 私は一人になって、目をぱちくりさせるだけだ。


 ……これがドラマや映画の撮影なら、丁度シーン一つ分というところだろう。そろそろカットの声がかかってもいい頃合いだ。

 でも、いくら待ってもその声は聞こえない。



 そのまま、一分二分。何も起こらない。

 静かな部屋で、一人になってただ横になっていると、段々と混乱が落ち着いてくる。

 そうだ。冷静に考えたら、色々とおかしなところが見えて来るぞ。

 こんな暗い部屋なのに、照明の一つも当てられていない……とか。音声を取るマイクが見当たらないこととか。

 なにより、人の気配が全くしない。この部屋、今は本当に私以外の誰もいないみたいだ。

 これは、おかしい。

 ドラマや映画の撮影だとしたら、こんなことはありえない。


 でも、じゃあ他には何がある?


 バラエティのドッキリだろうか。

 暗視カメラや小型マイクが仕掛けられていて、どこかから隠し撮りされている?

 うぅ~ん。いや、私はそういうのに呼ばれるタイプじゃないし……。


 ―――っていうか、そうだ!

 私は……癌で入院中の身じゃないか。

 バラエティどころか、お芝居だって完全に休業していたんだ。そもそも、今仕事をしているはずがないんだ。

 

 でも、いや、いやいや。ちょっと待った。おかしいぞ、私。

 お芝居じゃないとしたら、なんだって言うの?

 殿下ってなに? この部屋は? あのメイドさん、結局誰なの? 私の手術はどうなったわけ?


 ……分からない。なんにも。


「ぅっ!―――んっ、ッゴホッ!」


 ……病気といえば、この喉と胃の痛みもそうだ。

 痛みは、喉を使わなければ我慢できる程度だけど、経験したことのない種類のものだ。少なくとも、単純な風邪じゃないと思える。

 手術の影響? 子宮がんの手術で、こんなところが痛くなるものだろうか。うぅん……だめだ。分からない。

 

 メイドさんはヒドラの猛毒を飲んだって言ってたな。

 もし、これがお芝居じゃなかったら、この痛みは……毒ってこと? ま、まさかね……。

 

 うぅ。分からないことだらけだ。

 一旦は落ち着いたはずの思考が、またぐるぐる混乱してくる。


 



 そうやって、私が整理をつけられないでいる内に―――再び、扉を開く音がした。

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