第十四話 魔人 (1)
「さて、あの馬鹿何時頃来るかねぇ」
まさか、三か月もかかるとは思わなかった。どんな奴でもクリアする奴は二週間でクリアする。たった一つ、パーティを組めばすぐにでもこの階層に到達できるんだが。
「まさか、それにすら気づかねぇとはな」
思いっきりため息をつく。なんとなく予感はしていたんだが、協調性とかそういうのが全くなさそうな奴だったし。むしろ嫌ってるのかもしれねぇな。
「はぁ~」
俺は懐にしまってあるたばこを一本取りだす。その途端に頭痛がする。また、これだ。
「いいだろうが、お前に合わせて数年間禁煙してきたんだから」
聖剣に声をかける。こいつはたばこの匂いが嫌いだ。俺に不満があるとすぐに頭痛で訴えてくる。調子がいい時は会話くらいまでできるんだが。
「いい素材だとは思うんだよな」
一応年数だけは冒険者としては一流で、そこそこ教えたりもしてきた。正直、もう人を育てるつもりはなかったんだがあいつを見た瞬間声をかけずにはいられなかった。本当はじっくり数年かけて育てたかったんだが、生憎俺には時間がない。
コツコツコツ。
足音が聞こえる。俺はたばこを吸うのをやめた。ファバルじゃない。足音がするのはダンジョンの奥の方からだ。ダンジョンだから人がいるのは珍しい事じゃねぇんだが。
「まさか、よりにもよって今のタイミングかよ」
俺の首筋に冷や汗が流れる。忘れもしないこの感覚。そうはっきりした瞬間クレアが警戒するように揺れやがる。全く聖剣のくせに遅い。いや、たぶん俺のせいだろな。
奥から出てきたのは2mを軽く超す巨漢で人型の形を保っていても。それは人間のそれではなかった。体は虫のような甲殻で覆われており。目は人と同じ二つだが複眼。背中に体の大きさと同じ位の黒い巨剣を背負っている。
「久しぶりだな。小僧」
久しぶりか。確かに一時期あれだけ会いたくて仕方なかったんだけどな。今は嘘のように落ち着いてやがる。俺もガキの頃よりはさすがに成長したってことか。
「小僧はやめろよ。こっちとはもう40過ぎのおっさんだぜ。まぁ、魔人のあんたからすればたかが、30年は短いか。ムクロ」
俺の死期が確かにそこに迫っていた。
ボスを倒した後少し休憩をしながら俺は周りを探る。七層を突破すればわかるって言っていたが。次の八層に行けばいいのか?
このフロア自体はボスの部屋があるだけで大して広くない。ボスを倒したら開かれた扉の向こうには階段が見える。
「しかし、本当に疲れるな」
マナポをもう一本飲んだが、魔力を一気に使うと回復しても疲れた感触が残る。特に簡易属性付加・ウィンドは使用は本当に一瞬しかできないし。威力も大きいわけではない。斬撃が必要な時の最後の手となるだろう。それでも・・・
「まぁ、少しは発散できたな」
自分の手を何度を広げては握る。初めて切った感触は悪いものではない。むしろ、あれだけ待ち望んでいたのだ。少し興奮していると自分でも思う。
浮かれつつも階段を下りていく。しかし、その先から姻族がぶつかる音が聞こえてくることに気づいた。
「なんだ?誰か次のフロアで戦闘しているのか?」
別におかしい事じゃない。ダンジョンだ。冒険者なんて沢山いる。俺が活動していた低層は少ないがそれでもそれなりにはいるし。次は転移陣がある場所のはずだ。そこにたどり着いたものだけが次からショートカットできる。利用するものも多い。
だが、明らかに何度も金属と金属がぶつかる音に俺は違和感を感じた。八層目の扉を開けた瞬間。それは俺の体に飛び込んできた。
「つぅ」
全身に何か重いものがぶつかる衝撃に俺は思わず顔をしかめる。なんだ?扉を開けた瞬間に攻撃された?ってか、そんな気配なかったぞ。
「よぅ、遅かったな坊主」
俺の体の上に伸し掛かりながらゼルトはちょっと調子の悪そうな声で言う。
「てめえかよ。さっさとどけよ」
そういった瞬間にゼルトの異変に気付いた。明らかに消耗しているのだ。重傷というほどではないが、細かい傷が目立つ。まるで、激戦してきたみたいに。
「あぁ、いいからさっさと帰れ。そのまま回れ右してな」
ゆっくり、立ち上がりながらゼルトは前から目を離さない。
「ほぅ、それがお前の弟子か小僧」
その目の前にいた化け物に俺の中の警戒心が叫びをあげる。あれは危険だと。あれは勝てるものではない。さっさと逃げなければならない。さっきまで、全く感じなかったのに目にした途端にとんでもない威圧感を感じる。
心臓の鼓動が早くなる。足の震えが止まらない。わかってる、これは恐怖だ。克服したはずなのにこれじゃああの時と一緒じゃないか。
「だから、小僧はやめろっての。もうおっさんだぜ」
なんで、こいつ委はこの威圧感の中平然としていられる。経験か?目の前にいる化け物は明らかにあんたより強いぞ。
「確かに小僧とガキではこんがらがるな。まぁ、もっともどっちとも今日死ぬからどうでもいいのだがな」
死ぬ?俺が死ぬ。違う。俺は強くなったはずだ。俺は・・・俺は・・・・
「あああああああああ」
気づいたら叫んでいた。木刀を握りしめ足を思いっきり殴り震えを止める。
「落ち着け坊主」
しかし、俺の叫びよりも大きな声で俺の動きを止めた。
「全く、恐怖で錯乱するのは三流のすることだぞ。つっても、魔人相手には無理ねぇ事だけどよ」
その言葉を聞いて今度は目の前の化け物が笑いだした。
「よく言う。俺を見て一歩も動け出せなかった小僧が。それに比べれればそっちのガキの方が見どころあるかもしれんな。それに、貴様はほとほと失望した。まさか、三十年たってそれほどしか成長してないとは・・・貴様ならもっと強くなれると見込んだのだがな」
「そうか?俺にしては強くなったと思うぞ」
「変わらんさ。貴様は大事なものをなくした。聖剣なんて下らんものに惑わされて。恐怖を。憎しみを。全て捨てさりきっている。親の仇を目の前にしているのに貴様は。憎しみと恐怖にとらわれ力を求めれば俺に傷ぐらいつけられたものを」
「両親の仇?」
そっとゼルトの顔を見る。その顔は今までと変わりない何処かのほほんとした顔だ。何処か緊張感なく耳をほじくりながら。
憎いかといえばそれはまぁ、まだ憎しみはあるだろうな。聖剣を無理に手に入れようとしたのもその一環だ。
「一応忘れたことはなかったぜ。一時期は復讐にとらわれて我武者羅に力を求めたな」
両親だけではない。近所の人。いや、村ごとほとんど虐殺された。たった一人この魔人ムクロの暇潰しによって。村で生き残ったのはたったの五人だ。
憑りつかれた様に力を求めたさ。でも、すぐに限界が分かった。俺にはそこまで秀でた才能がねぇ。
「俺は誓ったんだ。復讐を成し遂げる力はないんだったらせめて、守れる力をつけようと。たった一人でもいい。全員を助けるなんて土台無理な話だ」
「それが、愚かだと言っているのだ」
「そうでもないさ。そうしなかったら俺はこいつに出会えなかった」
その途端呼応するようにクレアが輝きだす。全くこいつは少しでも俺に邪心が入るとすぐに力が半減する。
「見せてやるよ。聖剣使いの力ってやつよ」
全くそろそろいい年なんだから全力ってのは疲れるんだけどな。こいつ相手にはそうも言ってられねぇ。全身からあふれ出す力に身を任せたまま一気に突撃する。
「ほぅ」
その動きにムクロが感嘆とした声を上げた。まだ、驚くのは早いんだがな。初めは一気に上段から振り落とす。ムクロもそれに合わせて剣をぶつけてきた。
「やはり折れぬか。なかなかの代物のようだな」
「クレアと互角なんて良い剣持ってんじゃねぇか。ムクロ」
まず間違いなく魔剣の類だろう。ただ、硬いだけじゃあなさそうだ。
「クレア。聖王剣クレアか。ならば少々興ざめだな。それほどの剣を使ってその程度とは」
そうだよ。俺は剣の性能に頼り切っている程度の男だ。だがよ、俺の三十年だって捨てたもんじゃねえんだぜ。
突き見せかけてそのまま横になぐ。だが、それをムクロは簡単に弾かれるが。そのまま体制をくずしながらも顎を思いきり蹴り上げる。
「一応格闘術もできるんだぜ」
どちらかといえばこちらの方が何故か覚えるのは早かったんだがな。でも、魔人相手にはいくら顎に蹴りが入っても気休め程度のダメージしかないだろう。だが、バランスの崩れた今なら。
絶好の好機とばかりに俺は上段から力いっぱい剣を振り下ろす。ムクロ何も持ってない右手を盾にして止めようとするが・・・無駄だ。さすがに魔人といえども素手じゃあクレアの前には無意味だ。そう、素手だったらの話なんだがよ。
カキンと何か金属に当たる音がする。見ると右腕の手首の甲から短い県が一本伸びていた。
「誰が剣が一本だといった?」
あいた横腹を魔剣が襲おうとする。さすがに、クレアで迎撃するのは無理だ。だから。
「知ってたぜその手は」
俺も隠していたショートソードをとり魔剣を受け止めた。
二刀流対二刀流って言いてぇが俺の方が不利かもしれねぇな。さっきの一撃でショートソードにガタがきてやがる。一応特注品なんだけどよ。
だからって、剣を庇いながらじゃあ絶対に勝てねぇ。なら、剣が壊れる前に決着をつけるしかねぇ。
俺は構わず攻撃しようとしたらムクロの分厚い胸部が開いた。
「勘違いをしているようだな。誰が二本だけといった?」
まるでカマキリのような鎌のような長くて鋭い爪が四本も生えていた。だが、もう俺には止まることはできねぇ。
鮮血をまき散らしながら俺の体を爪が四本とも貫いた。
「やはりこんなものか」
「だからよぅ。知ってるって言っただろう」
ゆっくりと貫いた腕の一本を掴む。ムクロの事は全部調べた。当然この腕の事も。だから、勝てないこともわかっていた。だが、もし勝てるとすれば・・・・
「逃がせねぇぜ」
ずっとクレアに呪文をストックさせていた。俺の最大の魔術。ギガノウン。俺の周囲1mの空間を凄まじい風で圧縮する魔術。全魔力と生命力の大半を使っちまう自爆技だが魔人といえどもただじゃ済まねぇはずだ。
「ギガ・・・」
呪文を唱えることができなかった。絶好なタイミングで馬鹿の姿が見えてしまったからだ。
「重破斬」
俺を助けに来たのか。それともすきを窺ってたのかどちらにしてもこのまま打てばあいつまで巻き込んじまう。
「ほぅ、ガキにしてはなかなか重い」
その一撃はムクロの剣に簡単に防がれる。確かに重い一撃だが。それでも魔人を相手するには力不足だ。
「ガキにしては良い一撃だ」
そのまま腕を振ってファバルを数メートル先の壁にたたきつける。今ならいけるか?
「死ね」
しかし、俺が発動する前にムクロがファバルに向け手のひらに魔力を集めていやがる。このままだと俺の方が遅い。ファバルを犠牲にすればこいつを倒せるが・・・
「ぐぉぉぉぉぉぉ」
力尽くで俺の体に突き刺さっている爪を引っこ抜く。止めてる時間もない。できることは・・・
やべっ、体がしびれてろくに動けねぇ。
あんな離れた場所から腕を振っただけで壁にたたきつけるなんてなんて力だよ化け物め。それに重破斬は俺の最強の一撃だぞ。それを片手で軽々と受け止めるなんて。
ゆっくりと景色がスローモーションで見える。ムクロの手に光が集まって。その光から光速で俺の記憶があふれてくる。あぁ、これが走馬灯ってやつなのか。そして、最後に死の印象ともいうべき熊だ。俺を実際に死に追いやったトラックではなく。やはり、昔に襲われたクマが一番怖い。それ以上の凶暴なロングベアを倒してでもこの恐怖は消えなかったんだろう。
だけど、こんかいはまだいいかと思う。だって、その死を受け入れればいいんだから。あの時みたいな邪魔は・・・
「は?・・・」
差し迫る俺の死をあの時と同じように人影が立ちはだかった・・・
「本当に続くのかこのあとかき」
「えぇ、もちろん熊は夏眠絶最中ですわ」
「とりあえず司会はファバルと」
「私、セリアがお送りしますわ。もちろん、この後書きは本編と何の繋がりもございませんですわ」
「どうにか公言通りに仕上がったな」
「えぇ、熊の事ですからどれだけ誤字があるかわかりませんが」
「ってか、後書き何故俺なんだよ」
「主人公とヒロインだからですわ。まだキャラ数も少ないですし」
「え?ヒロインってギルドのお姉さんじゃねえの?」
「名前すら出てないですわよ。一応、まだ少ないキャラの中で私がヒロインキャラに決定してますわよ」
「ちなみに我もヒロイン候補の一人なのじゃ」
「「誰!?」」
「次回のお楽しみなのじゃ」
「そう言って余計ちょろちょろ変更する作者なんだから不確定なこと言うな」