プロローグ
睦月健斗は剣が大好きだ。特に刀が好きだ。小さい頃いから時代劇から刀関係のアニメまで何でも見た。もちろん自分でもやった。
幸いにも近くに本格的な道場があったので幼少のころから入り鍛え続けた。朝から晩まで鍛えて見て読んで。剣に携わらなかった時間ってのはどのくらいだろう。睡眠時間ぐらいなものな気がする。
中学時代には全国大会で優勝を果たしたというかそれから四年間高校を含めて無敗だった。
だが、何時のころから違和感があった。他の何かをやりたいと思ったわけでない。だが、今やっている事に少しずつ色褪せていったのだ。
高校上がるときには退屈だとはっきり自覚できた。剣道では全国トップの高校に入学し。部活に入ったが何も教わることも学ぶこともなかった。その前までのエースですら数合も持たずに勝ち取ってしまうのだ。だからといって剣が好きな思いだけはあったのでやめることはなかった。
もう、体と心が次のステップを欲していることに薄々気づいていた。だから、俺はこれでよかったんだと思う。バスにひかれそうな子供を助けて死ぬ典型的なテンプレで。
「それで、満足なのかい?」
そうはっきりと死ぬ寸前の状況で聞こえた。その途端すべてが止まった。目の前で轢きそうになっているバスも。俺が突き飛ばした子供も。悲鳴を上げている親も。すべてが止まっていた。
「ごめんね。美談で死ぬことになるんだろうけど。スプラッタな死体と会話するのはどうにも気持ち悪いからさ。少し空間を隔離したよ。まぁ、時を止めたわけじゃないから現実の君はもう死んでいるんだけどね」
上空に白銀の髪が長い美少女が何もないところで座り込んでいた。剣一筋に生きてきた俺でも目を疑う絶世の美女。だが、その姿見ていてどこか嫌なものを感じた。
「あんたは・・・神様とでもいうのか?それとも死神?」
「いいねぇ、ちゃんと今の状況を理解してくれる君はますます気に入ったよ。だから、君は僕の一存で転生させることにしました。初めましてこの世界では名の知られぬ神。アスフィルという発音が僕の名前に一番近い響きだね」
「おいおい、させることにしましたって普通は本人の意思を確認する必要が・・・」
「君は神を冒涜するのかな?何故いちいち人間に確認を取らなきゃいけない?」
その瞬間思わず膝を屈してしまった。先ほどから感じる嫌な気配はこれは恐怖だ。
「そう、神様は人間のためにいるなんて間違った勘違いは潜めたほうが賢明だよ。僕はまだ優しいけどそれでも機嫌が悪かったら消滅させちゃうよ」
優しい神ってのは間違いなく嘘だろう。これ以上少しでも不快にさせるなっていっている。
「あぁ、理解してくれたようで僕もうれしいよ。僕も忙しい身だからね。ちゃっちゃと本題に入らせてもらうよ。転生に本人の許可がいらないのはさっきのも理由の一つだけど。本当は全ての魂が転生するからさ。輪廻転生って聞いたことあるだろう。それが同じ世界だけじゃなく違う世界全てで行われてるだけって話だ。だから、君は間違いなく転生する。例外は僕が滅ぼす場合だけど。それをするとほかの神々がうるさいから滅多にしないから脅して悪かったね」
「なら、何であなたは俺のところに」
「あぁ、かしこまる必要まではないよ。一定の経緯さえ払っていればフレンドリーに話してくれれば問題ないから。確かに普通なら僕やほかの神々が死者のもとに現れる必要はない。だけどね。僕は君を気に入ったんだ。君の果てしない剣の渇望を。だから、君の願いを叶えるためにここに来た」
「俺の願い?」
剣以外は本当に無欲だったと思う。可愛い女の子にも心が動かなかったわけではないが。そこまでではない。物欲もあんまりない。
「剣と魔法の国に行きたくないかい?」
「え?」
「まぁ、さっき言った通り拒否権はないんだけどね。いや、意地悪をしよう。君が望みをいいたまえ。君が望まないなら自然に任せるさ。何処かの世界で記憶を失って獣になるなり好きにしてくれ。だが、望むというなら君の声でいいたまえ。神の名に誓って君が望むべく世界に君の記憶を保ったまま送り届けよう」
「俺は・・・」
そんな世界俺みたいな人間が言ってはダメだ。せっかく死ねたのだからこのまま記憶を失うべきだ。だって、俺は危ないのだから。
「ずっと耐えてきたんだろう。真剣を振るう欲望を。命と命の掛け合いを」
その通りだ。だから、そんなこと許されるわけがない。耐えられない衝動を抱えたままいつ殺人鬼になることをおびえて暮らすよりは今死ねたことに感謝する。
「この世界でそれをやったらただの異常者。だが、向こうの世界では魔物もいる戦争もある。そんな世界なら君は英雄になれる。さぁ、選びなよ英雄へ行く道を」
「連れて行ってください。俺をそこへ」
アスフィルは満面の笑みで頷いた。
「いいだろう。君の願い確かに受け取った。じゃあ、最後にお約束のスキルなんだけど」
「剣さえあればそれでいい」
「それじゃあ、さすがに無理だよ。この世界で達人でも向こうでは児戯とまではいわないけど。役不足だ。さすがに異世界転生らしく僕の権能でスキルを作ってあげたいんだけど。困ったことにテンプレ通り好きなスキルが選ばれるわけじゃないんだ」
「じゃあ、ランダムでなるっていうことか。例えば料理系のスキルに偏ったり」
「あぁ、それもゼロではないけどほぼないから安心して。スキルは君の才能と君の思いでその方向にもっていくことができる。だから、わかるね」
「つまり、俺が剣への思いを強く持てば」
「百パーセントとまではいかないけど。それに近いスキルをいくつか持つのは間違いないね」
「なら、簡単だ」
なにせ、世界で俺ほど剣に情熱を注ぎ込んだ人間なんて古今東西いない。その自信がある。
「じゃあ、行くよ。君からスキルを作り出す」
アスフィルは俺に近づいて少し呪文めいた言葉を唱えた後俺の胸に腕を突き刺した。
「あは、あははは。なるほど本当に君は面白い。さて、いきなりだけどここまでしてあげたんだから代償をもらおう。代償はスキルの隠蔽。発動条件がそろいうまではそのスキルは封印されてだれの目にも確認できない。その方が面白そうだろうし。さて、では僕が君に接触することはないとは思うだろうけど。君の人生が見ていてあきない喜劇になるように」
アスフィルは呆れるくらい無邪気に美しく・・・そして、おびえさせるような笑顔で俺を見送った。