表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サトガエリ  作者: 梶野カメムシ
9/9


「ちと飲み過ぎたかな。小用に行ってくる」

「あ、はい」



 料亭「桔梗」の厠に現れたその男は、個室の鍵をかけると、おもむろにサスペンダーの片方を外した。

 スラックスからシャツを引き出すと、剥き出しの腹に張り付いた薄手の袋があらわになった。便器に腰を下ろし、大きく広げた股の間に袋の先を降ろす。下に向けた排出口の栓を開くと、袋の中身はどぼどぼと便器に流され、袋の中の尿は空になった。排出口をペーパーで拭って固く閉じ、袋を元の位置に戻せば、人口膀胱ストーマの排泄行為は完了だ。

「やはりあの時、オレの仇を討ってくれたのか」

 別の角度から聞かされた、あの事件のあらまし。酒量が過ぎたのはやむなしだが、男は上機嫌だった。

 臓器喪失と長い入院生活に、太った少年の外見は見る影なく変わった。口調を変え、年齢を偽り、母方の姓を名乗れば、同郷の友すらその正体に気づかない。

 今いる会社も、亡き父の遺産だ。もっとも、異例の役職付きはコネではない。 

 ──ありがとうよ、ミナセ。今度はオレの番だ。

 片親で障害を持つ少年の、その後の人生は過酷だった。世間は弱者を食い物にすることを思い知らされた。絶望の淵に立つ少年のもとに現れたのは、全ての元凶である黒いカエルだった。

 「彼ら」がいつから村にいて、何者なのかは、いまだにわからない。

 だが、「彼ら」の目的だけはわかる。

 村と里の為なら「彼ら」は何でもする。協力者には何でもしてくれる。

 どこを堰き止めても人は壊れる。男が身をもって知るように。

 ならば、受け入れざるを得ないではないか。 

 「彼ら」は得体のしれない「何か」だが、「同郷」なのだ。


 男はスマートフォンを取り出し、電話をかける。

 画面に浮かぶは、水瀬の父の名。口裏を合わせる必要がある。

 スマホを耳元にあてがうと、襟足から「堰守」が現れた。うなじを這い登った黒カエルは、男の耳朶にぶら下がり、一声、小さく鳴いた。 


「──里に帰るぞ、ミナセ。おまえには帰れる場所がある」


 電話が繋がる。

 潮騒のようなカエルの声が、「桔梗」の厠にこだました──



                                了 



方言協力:nakonoko

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ