六語り
その後の顛末は、ほとんど聞いていません。
サカガミは町の病院に運ばれ、一命を取り止めたそうですが、母親とともに村を出て、二度と戻りませんでした。
オレを含めて、あの場にいた子供は、立ち直るのに時間がかかりました。今なら転校や引っ越しという選択もあるんでしょうが、当時の村では、誰もそんなことを考えてはくれず、せいぜい登校拒否になる程度でした。やっと学校に通えるようになったのは冬でしたが、カエルが姿を消したのが大きかったです。正直、カエルなんて二度と見たくなかったですが、村で暮らす限りはそうもいかず、自然と趣味はインドア派に変わりました。
学校に戻って感じた変化は、オレを含めた皆が、異常に勉強熱心になったことです。言うまでもなく、村から逃げ出したい一心でした。
その甲斐あって、クラス全員が文句のつけようのない高校に合格しました。村に留まった者は一人もいません。戻る気もありません。
一人暮らしを始める際、母は反対しましたが、父は賛同してくれました。
大学入学や就職の節目にも、母は何かと理由をつけては村に戻れと言いますが、父は「おまえの好きにしろ」「帰らなくても構わん」と応援してくれました。父は村の外から来た人間です。何か思うところがあったのかもしれません。
以前、夏を避けて何度か帰省していたのも、半分は父と話す為です。いつか独り立ちしたら、こっちに父と母を呼んで、一緒に暮らしたいと思っていました。
ですが、それも去年までの話です。
去年の、ちょうど今頃のことです。珍しく父から電話がありました。
父と話すのは久しぶりで、それ自体は嬉しかったんですが、電話越しに聞こえるカエルの声が駄目でした。さっきも話しましたが、うちの実家は固定電話で、建物も古いので、どこにいてもカエルの合唱が丸聞こえになるんです。父が悪いわけじゃないんですが、とても電話を続けられなくて、適当に言い訳して話を打ち切ろうとした、その時でした。
「それでおまえ、今年はいつ帰ってくるんだ?」
父の思いがけない質問に、オレは言葉を失いました。
これが母ならわかります。もう年で体が動かないとか、田んぼを見る人間がいないとか、村が過疎化してしまうとか、何かと理由をつけてはオレを呼び戻そうとするのが母でした。でも、あの父が。
何故?と訊き返そうとしたオレは、ふと、受話器の向こうの静けさに気がつきました。
オレの返答を待つ父が、じゃありません。あれだけ騒がしかったカエルの声が、ピタリと止んでいたんです──まるで、聞き耳を立てるように。
反射的に電話を切っていました。ひどい立ち眩みがして、スマホを握りしめたまま、床にひざまずきながら、オレは思い出していました。
カエルの大群に追われた夜。夢だと信じていた記憶。あの夜、林に消えた父は、何処にいたんでしょう。田んぼで脱げたオレの靴を、玄関に揃えたのは……
あのカエルが一体何なのか。本当のところは何もわかりません。
はっきりと言えるのは、未来永劫、オレは村には帰らないだろうってことだけです。




