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サトガエリ  作者: 梶野カメムシ
6/9

五語り


 それから数日経った後のことでした。

 その日、体育の授業で体操服に着替えた上級生クラスは、カンカン照りのグラウンドで、整列してました。チャイムが鳴って、担任が点呼を始めましたが、サカガミだけ教室から姿を見せません。

 いつまで待っても出て来ないサカガミに痺れを切らし、男子は教室へと呼びに戻りました。分校には更衣室なんてなくて、男は教室で着替えてたんです。

 分校は木造の平屋で、明治からありそうな校舎でした。扉の前まで来たオレは、教室の中から妙な声が聞こえるのを聞きました。

「ヤバい」「ヤバい」

 サカガミの声です。

 気になって扉の隙間から中を覗くと、机の上で仰向けになったサカガミが、懸命にもがいていました。上は体操服を着てますが、下はだらしなく伸びたパンツだけです。元から太っていたサカガミですが、この時の腹の張りは明らかに異常でした。出て来ない理由も明らかでした。腹が邪魔して、短パンを履けなかったんです。

 オレたちはげらげら笑いながら扉を開けました。サカガミをからかうつもりでしたが、サカガミの下腹についたアザを見て、真っ青になりました。

 そのアザは、どう見ても真っ黒なカエルだったんです。

「ヤバい」「ヤバい、ヤバい」「ヤバいって」

 机の上で寝そべったサカガミが、暴れ始めました。白い腹を揺すり、妊婦のように苦しそうにして。膨れ上がった腹は水風船みたいで、パンツを押し下げ、ずり落とすほどでした。

 アザに見えたカエルが動いたのは、その時でした。頭をもたげ、黒い脚を伸ばして、サカガミの腹から跳ねたんです。それと同時に、



  バ ン ッ 



 サカガミの腹が、破裂しました。

 イソップの童話か何かで、二匹のカエルが腹の大きさを競う話があったと思います。現実はそんなもんじゃありませんでした。血と内臓と小便が飛び散って、教室の色が一瞬で変わりました。全身真っ赤に染まった級友が、狂ったように叫んでいるのを聞いて、オレはようやく、自分も同じ状態であることに気がつきました。

 サカガミは腹の下半分に、ぽっかり穴が空いたまま、動かなくなっていました。いや、時々動いてはいましたが、寿命が尽きかけたセミみたいな感じでした。時間の問題だと思いました。

 でも、それよりもオレが見たのはカエル、黒カエルの方でした。そいつが着地した先は、オレの目の前だったんです。

 オレは咄嗟に身を屈め、手の中にカエルを捕まえました。

 何故手が出たか、自分でもよくわかりません。怖くなかったかと言われると、滅茶苦茶怖かったです。ただ、こいつがサカガミを殺したなら、敵討ちをすればサカガミは生き返る。全然理屈は通っていませんが、その時はそう確信してました。そして掴んだカエルを力いっぱい握り潰したんです。

 ぐにゅる、と指の隙間から黒い液体が噴き出しました。柔らかな泥よりも抵抗のない、粘液みたいな生理的にキツい感触でした。指からすり抜けた液体は、床で一跳ねして集まり、カエルの形に戻りました。振り返り、真っ黒な目でオレを見上げました。

 オレは、失禁しました。怖くて小便を漏らしたのは、後にも先にもこの時だけです。

 足を伝い、じょろじょろと流れ出た小川の流れを、黒カエルは悠々と泳いで行きました。窓際に着くとカーテンをよじ登り、そして窓の外に姿を消しました。

 


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