四語り
その朝、登校の途中で一緒になったサカガミに、懲りた様子は皆無でした。
「昨日の帰りさ。黒カエルも見つけたんだぜ」
開口一番、カエルの話です。その時、一番聞きたくない話でしたが、サカガミはいつもの偉そうな口振りで話を続けます。
「網持ってなかったから、素手で捕まえようとしたけど、いきなりこっちに跳ねて来やがってさ」
「急いで周り見たけど、もうどこにもいなかった」
「次見つけたら絶対捕まえるぜ。白カエルと黒カエル、両方捕まえた奴なんて、村でもオレ一人じゃね?」
捕まえてから言えよって感じですが、網を背負ったサカガミは本気モードです。
その能天気な顔を見ていると、夢を気にしている自分が急に馬鹿に思えてきました。白カエルを殺したサカガミがピンピンしてるんですから、言い伝えはやっぱり迷信だったんでしょう。
「どーせ泥被ったカエルだろ」
「バカ、違うって。目から腹まで全部真っ黒だったって」
サカガミをからかいながら学校に着くころには、オレはすっかり、夢のことを忘れてしまいました。
「なー、ミナセ。ションベンってどうやんだっけ?」
サカガミがおかしなことを言い出したのは、その日の昼休み、トイレでのことです。
最初、何を言ってるのか、意味がわかりませんでした。冗談かとも思いましたが、小便器を見つめるサカガミの顔は大真面目です。ちらりと覗いたサカガミのアレは、確かに言葉通り、沈黙したままでした。
オレは茶化すのをやめて、自分が小便する時の感覚を思い出そうとしました。それ自体は難しくありません。でも、どうやって伝えたらいいか、どうしてもわからなくて。本能っていうか、感覚的っていうか、説明できないけどできてるものでしょ、アレは。説明に四苦八苦しながら、頭のどこかで「変だな」と感じていました。「小便の仕方を忘れる」なんて、そんなことありますか?
サカガミ自身も不思議そうでしたが、結局、小便をせずに教室に戻りました。その後、特に気にした様子もなく、オレもそれっきり忘れていました。
でも、次の日も、その次の日も、サカガミはトイレに行かなかったようです。
サカガミの行動を監視してたわけじゃないんで、本当のところはオレにはわかりません。家に帰ってから用を足してたのかもしれません。ただ、後から聞いた話から考えると、そうとしか思えないんです。休み時間や体育の授業の後、蛇口に口をつけてガブ飲みしてるくせに。
サカガミは太ってましたから、人一倍汗かきでした。いつも首からタオルを提げていたのが、いつのまにかしなくなりました。あれだけ好きだったカエル捕りも行かなくなり、普段以上に体を重そうにして、休み時間もろくに外に出ず、水を飲んでは教室でふんぞり返ってました。
クラスの友達はみな、サカガミの変化を何となく感じてました。もし異常を訴えたなら、保健室に連れていくとかしたでしょう。でも、サカガミはトイレに行かなくなったくらいで、それ以外は普通に生活してました。オレもさりげなく尋ねましたが、夏バテだと言い張られるばかりです。まだ夏は始まったばかりで、そこまで暑くもなかったんですが、本人がそう言うなら仕方ありません。
サカガミが必死に隠していたことを、ついに突き止める者はいませんでした。
そして、あの日がやって来たんです。




