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サトガエリ  作者: 梶野カメムシ
3/9

二語り

 梅雨上がりの、ちょうど今ぐらいの季節のことです。

 例年通りカエルが姿を現し、サカガミは勇んでカエル捕りに乗り出しました。装備は水中用の目の粗い網と、蓋つきのバケツ。村の子供はキャッチアンドリリースが基本でしたが、サカガミは気に入った獲物は持ち帰り、翌日、学校で見せびらかすのが常でした。

 サイズの違いは多少あっても、村の人間はカエルなんて見飽きてます。釣果を威張るサカガミに対し、クラスメイトは毎回、生温かい態度で接していたんですが、その日は違いました。

 サカガミの獲物は小さなアマガエル。でも、雪のように白かったんです。

 オレたちは驚き、そして青ざめました。というのも、村にはある言い伝えがあったからです。


 白カエルには触っちゃかん。カエルのヒメだで、呪われる。

 黒カエルには触っちゃかん。カエルのセキモリ、祟られる。

 

 カエル信仰って言うと大げさですが、まあそんな感じです。オレは母に教えられましたし、知らない子供はいませんでした。カエル捕りをしながら、友達と掛け声代わりに歌ってたくらいです。ただ、黒や白のカエルを実際に見たことは一度もなくて、伝説とか幻の類だと思ってました。

 それをサカガミが捕まえたんです。鼻高々な態度も、この日ばかりは分相応に思いました。

 上級生クラスはもちろん、下級生クラスまで噂は広がり、休憩時間にはちびっ子たちがわざわざ白カエルを見に来たほどです。

 何処で捕まえたとか、何時ごろだったとか、質問攻めにされたサカガミは有頂天の極みでした。ただ、その気分に水を差す者もいました。高学年の、特に女子の大半が「祟られるから逃がしてあげよう」と言い出したんです。

 サカガミはカンカンになり、「そんなのはくだらない迷信だ」と一蹴しました。クラスは真っ二つに分かれ、激しい言い争いが始まりました。

 オレの意見はサカガミ側でした。祟りの類は信じてなかったですし、白子アルビノについても本で読んで知ってました。たまたま白く生まれた生き物が神がかった力を持つとは思えません。

 それでも、女子たちが血相を変えて抗議する様子を見ていると、だんだん不安になりました。言い伝えを教えてくれた母の、やけに真剣な表情を思い出されて、本の知識が急に嘘臭い、薄っぺらいものに思えてきました。

 教室の騒ぎは担任の耳に届き、結局、白カエルは逃がされることになりました。

 この決定に、癇癪を起こしたのがサカガミです。教師まで迷信を信じていること(この担任も村の生まれでした)に耐えかねたんでしょう。引き渡すより早く、白カエルを掴み出すと、思いきり壁に叩き付けたんです。

 ぐちゅっという音とともに、幻のカエルは壁に張り付き、赤黒いシミになりました。ぶら下がった内臓はゼンマイみたいに渦を巻いてました。女子も男子も、担任さえも声を失い、オレは背骨の中を冷たい何かが駆け昇ったように思いました。

 興奮の収まらないサカガミは職員室に連れて行かれ、騒動はひとまず収束しました。でも、その冷たい何かは消えてくれません。放課後のチャイムが鳴り、部活が終わった後も、汗をかいたシャツのような不安を拭えないまま、オレはとぼとぼと下校しました。

 頭の中ではサカガミの件が、ぐるぐると頭を回って離れません。サカガミは祟られるのか、それとも何ともないのか。アルビノはただの突然変異です。色素がないだけのカエルです。本に書いてあったから本当です。それなら、普段カエルで遊ぶのと変わらないはず……なのにあの時、確かにオレは崖を踏み外したように恐怖したんです。他の子らも、きっと同じように。

 黄昏に立ち昇る蚊柱さえ、何かよくない兆候のように思えました。オレは無性に父と話したくなりました。父はサカガミの両親とは逆で、村出身の母と結婚した外の人間です。村に来た当時は苦労したそうで、今はすっかり馴染みましたが、村の風習に縛られない、客観的な視点は残していたと思います。父ならきっと、本当のところを教えてくれる。そう思うと、少しだけ気持ちが軽くなりました。

 道の彼方に父の姿を見つけたのは、その時でした。

 オレは大声とともに手を振りましたが、父は気付かないまま、オレに背を向けて、林に続く小道に入っていきます。ふとオレは、父の消えた小道の方向、梢の向うに、やぐらが見え隠れしていることに気が付きました。

 櫓というのは、木の柱を組んで足場にしたものです。村では夏祭りの際に立てられて、梯子を登った壇上で太鼓を叩いたりします。高さは十メートルくらいでしょうか。ただ、この時期に櫓が組まれるなんて、聞いたことがありません。それに、あの林の向うに広場はなかったはずです。

 興味を惹かれたオレは、家路を外れ、父を追うことにしました。


 追わなければよかったのか……オレにはわかりません。

 この後、目にしたことが現実かどうかさえ、まだわからないんです。 



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