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サトガエリ  作者: 梶野カメムシ
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一語り

 オレの生まれ故郷は、S県の山奥にある小さな村です。

 交通手段は朝晩に一本ずつあるバスだけで、車がないと買い物一つできないド田舎です。携帯も当時は圏外でしたし、コンビニもカラオケもありません。あるのは山と川、それに延々と広がる田んぼだけです。村の住人はほぼ米農家で、山の隙間に田んぼ、おまけで家がついてるような土地でした。

 よく聞く話ですけど、その村も過疎化が進んでます。でもオレのいた頃は、まだ学校……あ、分校でしたけど、子供がそこそこいました。二十人くらいですか……いえ、クラスじゃなく全校で。教師は二人。教室は一年から三年の低学年組と、四年から六年の高学年組の二つだけ。人数はどっちも同じくらいでした。今はもっと少なくなってると思います。

 その分校に転校生が来たのは、オレが小学四年の時でした。

 なんせ田舎ですから、引っ越して来る人間なんてまずいません。転校生もオレの知る限り、そいつ一人です。

 名前はサカガミ。学年はオレと同じ。色白で、相撲取りみたいなデブで、都会育ちを鼻にかけて、村の子供をはなから見下してる、いかにも都会まちから来た転校生って感じの、いけ好かない奴でした。

 ただ、サカガミという名前は、村では特別でした。元は庄屋か何かで、村で一番大きな田んぼを持ってるとか、昔、氾濫しがちだった川の治水をしたとか、村では有名な話です。当然、代々の村長もサカガミ家が務めてたそうですが、オレがガキの頃には、サカガミ家の分家筋が村長でした。何でも、本家の後継ぎが村を出て結婚したからだとかで、それがサカガミの父親だったんです。ただ、村に戻ったのはサカガミと母親と二人だけでした。父親の死を機に、村に呼び戻されたそうで。屋敷にはすでに分家が移り住んでましたが、二人は離れの一角を与えられて、そこで暮らし始めました。

 ──サカガミの父親、ですか?

 父から少し聞いたことがあるくらいですが、村を出たのは家出とかじゃなくて、当時、新幹線が村を通る計画があって、それに反対する為に村の代表として都会に行ったそうです。母親とはそこで知り合ったんでしょう。何故死んだのか……それはよく憶えてません。確か事故とかで、病気じゃなかったような。

 あ、言うまでもないですけど、この手の事情は全部、オレが大きくなってから父に聞かされたものです。当時のオレは何も知らないガキで、サカガミのことも「都会育ちのエラぶったボンボン」って認識でした。

 実際、サカガミはすぐに鼻つまみ者になりました。

「コンビニがない」「自販機がない」から始まって、二言目には村の田舎ぶりを腐すんです。都会と違うことなんて承知ですけど、それを馬鹿にされてムカつくのは別の話です。田舎は余所者に冷たいって言いますが、サカガミの場合は完全に自業自得でした。サカガミの名の七光りか、大人たちは下にも置かない扱いでしたが、子供には無関係です。

 結局、サカガミは友達の一人もできず、結構な間、独りぼっちでした。今から思えば、オレらも大人げなかったっていうか。まあ、子供だから当然なんですけど。

 本当はサカガミも色々あったんでしょう。父親亡くして、急に山奥に引っ越して、家には母親以外、無愛想な分家の大人ばかりで。あの厭味ったらしい態度は、かなりの部分、虚勢だったんじゃないかと、今は思います。


 サカガミの村八分が終わったのは、オレと大喧嘩してからのことです。

 喧嘩の理由はもう忘れましたが、川の堤の上で、取っ組み合いの殴り合い。なんか昭和のノリでしたけど、お互いすっきりしたというか、認めたというか。オレが普通に接してるのを見て、他の子供もサカガミと話し始めました。

 打ち解けるに従って角も取れていって……ま、厭味なところは多少残りましたが、一年が過ぎ、学年が変わる頃には、サカガミはもうすっかり、村の子供になってました。

 ただ一つだけ、村の子供から見ておかしな趣味が、サカガミにはありました。

 何だと思います? ──「カエル捕り」です。

 村はほぼ田んぼなので、カエルはどこにでもいました。道を歩いててカエルの死骸を見ない日はないですし、夜には田んぼが震えるような大合唱。大げさでなく、締め切った部屋の中でもうるさくて、寝る時は耳栓が必須なくらいです。

 もちろん、カエル捕りそのものはおかしな趣味じゃないです。村の子は、女以外はみんなやってます。畦道や水路を探せばうようよいますし、手掴みでも取れます。アマガエルからウシガエルまで種類も色々あって、コレクション的な楽しみもあります。オレはやりませんでしたけど、爆竹を詰めたり、車に轢かせて煎餅作ったりも定番です。

 ただ、村の子供はだいたい上のクラス、つまり小学校高学年になるとカエル遊びを卒業します。野球とかサッカーに、自然と興味が移る頃なんです。

 サカガミは違いました。高学年クラスで唯一人、喜々としてカエルを追っていました。オレも何度かつきあいましたが、その熱意はこっちが引くほどでした。都会育ちでカエルが珍しかったのか、村八分の間、カエルしか遊び相手がいなかったせいか、或いは両方かもですが。

 とにかく二度目の夏も、サカガミはカエル捕りに夢中だったんです。

 ──それが、あの惨劇の始まりでした。


 


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