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舞川世莉の語る演劇部の恋愛事情

「あれ、世莉。帰ってくるの早かったね?」


 バスケ部に戻ってくると、部活仲間に言われた。

 わたしは主役じゃないけど一応脇役をもらってるから、本当はもう少し演劇部の練習に参加して、自分のセリフも練習したかったけど。


「ワカがうるさかったから、こっちの練習に戻ることにしたの」


 あんな悪ふざけをするワカが悪い。


「あはは、ワカくんってばまた世莉怒らせたの? こりないねぇ」

「でもいいじゃん。愛されてる証拠だよ。うらやましいなぁ」


 バスケットボールをゆっくりと床につきながら、部活仲間が笑ってる。

 ワカはあんな性格だから、クラスでも所構わず「世莉ラブ!」とか言ってしまう人間だ。

 でも、それは本気じゃないから言えることだとわたしは思う。


「人をからかってばっかで悪趣味だよ」

「えぇっ、でもワカくんが腹黒いならそれもそれでいいかなぁ」

「わかるー。いつも優しいワカくんがドSとか、なんかいいよねぇ」


 ああ見えて、というか、あの通り、というか、とにかくワカはモテる。

 別に顔がカッコいいとかじゃなくて、あの性格が好きって子が本当に多い。

 かくいうわたしも、その1人なわけだけど。

 これだけワカの文句は言っていても、わたしは所詮、ワカのことを好きな不特定多数女子の一員。

 でもわたしはほんの少しだけどワカに近い女子なんだって、かわいくない出しゃばりが登場する。


「ワカくんに愛されて、世莉は幸せ者だねぇ」

「早く付き合っちゃえ」


 みんなの中で、ワカはわたしが好きだって映ってるらしい。それが嬉しいと思う。その気持ちはちゃんとわたしの心の中にある。

 でもワカの発言はいつだって冗談が混ざってる。

 それはワカの逃げ道なんじゃないかって。


 だってワカが好きなのは、たぶん実音ちゃん。幼いころからずっとそう。


 実音ちゃんに気持ちを隠すために、実音ちゃんを困らせないようにするために、わたしを好きだって言ってるだけなんじゃないかって。

 だからわたしは周りの言葉に浮かれるわけにはいかない。


「ないない。ワカもからかってるだけだよ」


 ワカの気持ちが本当だって思い込んで、わたしも同じ気持ちだよって伝えて。

 そうしてもし、ワカが「冗談だったのにな」「世莉なら勘違いしないと思ってたのに」なんて言ったら、わたしは耐えられない。

 ワカの気持ちは信じたいけど、わたしはわたしの護身のために、信じない。


 だから、本当は距離を置いて落ち着きたいのに。

 

「世莉ちゃーん。迎えに来たよ。機嫌直してくれた?」


 ワカは「一緒に帰ろう」なんて言っていつもバスケ部に迎えに来る。

 それを見て、部活仲間がひゅーひゅーだとか、いいなあだとか呟いているのが私にも聞こえるのだ。


「やだ。一人で帰る」


 制服に着替えたわたしは、ワカの横を通り過ぎる。

 こんなかわいくない態度をとりたいわけじゃない。でも距離さえ置かせてくれないから、冷静に自分の行動を客観視することもできないのだ。


「世莉。待ってよ。本当にごめんって、ね?」


 ほら、こんな軽い態度で謝って。絶対明日には忘れて似たようなことしてからかってくる。

 でも、それなのにワカを振り払うこともせずに、ワカの隣を並んで歩いてるわたしは、やっぱりバカだ。

 満足げに笑ってるワカにむかついて、かわいげもなくわたしはワカのお尻を蹴った。


「あいたたっ。世莉の愛の鞭は痛いねぇ」

「黙ったら?」


 わたしが不機嫌を顔に表して言うと、ワカはへらへらと笑った。


「練習は、ちゃんと進んだの?」

「まぁね。でも、ゆうたんとみののキスシーンはうまい演技になるまで、時間かかるだろうなぁ」


 ワカが薄い笑みを浮かべて呟いた。

 ほら、やっぱりそんな顔をして。2人のことからかって見せても本当は悠太と実音ちゃんにキスシーンなんてやってほしくないくせに。


「世莉?」

「……ワカが一番演技うまいんだから、ワカが主役やったっていいんじゃないの」

「ええ? いきなり何? 僕は演技指導と脚本書いたり、そっちのほうがいいよ。それに、みのはゆうたんと一緒の方がいい顔するし。ゆうたんも一緒」


 実音ちゃんと悠太は両思いだ。でも、ワカが一歩踏み出せば、それだって壊せるかもしれないのに。

 でも、わたしはその後押しはできない。ワカが本当に実音ちゃんを好きだったとして、わたしはそれを喜べないし、素直に応援だってできない。


 だから、何も興味ないふりをすることしかできない。


「でも、みのがあんなに演技うまいなんてさ、最初は考えてもなかったんだよねぇ」


 何かあれば、実音ちゃんの話をする。ワカの中で、実音ちゃんの存在は大きい。それは実音ちゃんが幼なじみで、あんなふうに守ってあげたくなる性格だからだと思う。

 わたしもそんなふうになれたら、よかったのに。


「実音ちゃんは、ワカがいるから、演劇部に入ったんだよ」

「まぁね。入学当初は僕にべったりだったからねぇ、みのは」

「……悠太にとられて、さみしい?」


 ワカの顔を見ずに尋ねた。見たら、顔に出そうだったから。何も知らないふりして、わたしはまっすぐ前を向いたまま尋ねた。


「さみしいよ」


 ほら、やっぱり。そう思っていたら、握り締めたわたしの手にワカの手が触れた。

 わたしが思わずワカのほうを見てしまうと、ワカがしめたと言わんばかりの顔でわたしの顔を見ていた。


「でも、僕には世莉がいるから」


 にっこり笑って、真意のつかめない顔でワカは言った。

 ああ、浮かれるから、やめてほしい。ワカの本心なんか無視して、言葉の通りに受け止めてしまうから。


「世莉が演劇部に入ってくれたことが一番うれしかったよ、僕はね」


 そんなことをなんのたらいもなく言ってしまうワカは卑怯だ。

 演劇なんて興味なかった。ワカが誘ってくれたから、ワカが冗談で「世莉と同じ部活に入りたかった」なんて言ったから。演劇部に入ったんだ。


 わたしもワカと一緒にいたかったから――。


「わたしは、ワカと同じ部活に入ったこと後悔してるよ」

「ええ。ひどいなぁ。僕は世莉のこと好きなのに」

「わたしは嫌いだよ」


 嘘に決まってる。本当はワカのことが大好きなんだ。

 わたしの帰り道を覚えてくれてたり、優しいところも、からかってくるところも本当は全部好き。

 でもワカの気持ちが嘘で、この言葉を口にした瞬間、ワカが冗談でも「好きだ」って言ってくれなくなるのが嫌だから――。


「すぐ好きとか言ってくるとこ、軽くて本当に嫌だよ」


 嫌だ。でも、言ってほしいんだ。

 かわいくない。かわいくなれない。だってとってもかわいい子がずっとワカのそばにいる。それなのにわたしなんかがかわいくなろうとして、敵うわけない。泣きそうになる。でも絶対泣かない。柄じゃないんだから。

 ほら、こういうところも、かわいくない。


「ごめんね、世莉。ちょっと、冗談言いすぎたかな、僕」


 やっぱり冗談なんだ。


「冗談なら言うな、バカ」

「うん。だから今度は冗談じゃなく本気で言うね。……好きだよ、世莉」


 ふわりとワカの香りがした。目の前にはワカの首筋が映っていて、ワカが額にキスしてた。

 わたしは唖然としていて、そのわたしを見て、ワカはニタァっと笑っていた。


「ドキドキした? ねえ、どうだった? ときめいた? 感想感想――ぶっ」


 気づけば、ワカのお腹に右腕を食い込ませていた。


「世莉たん、ごめんなたい」

「来るな、変態」


 ワカの悪ふざけはいつものこと。でもたまにこうして本気っぽく見せかけてくるから質が悪い。

 わたしは冗談って分かっていても毎度こんなにどきどきしてしまうから。


「もぉっ、本気なのになぁ」

「もう一発、今度は蹴りでいれようか?」

「野蛮だよ、世莉ちゃん。今度はバイオレンスなお嬢様の主役でもする?」

「わたしは脇役でいい」


 わたしがふんっとそっぽを向いたまま答えると、ワカが手を引いた。


「な――っ」

「世莉は僕の中ではいつも主役だよ」


 ほら、こんな真面目っぽい表情で。


「なんつって――ぎゃふっ」


 もう一発蹴ったって、しかたないでしょ。バカ。


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