若松潤一の語る演劇部の恋愛事情
最初に言っておくと、僕は部員全員の恋愛事情を知っている。
誰が誰を好きで、どういう経緯で好きになったのかまで。
なぜかって? それは僕が部員全員の恋愛相談に乗っているから。一部は無理やり相談させているのが正しいけれど。あとは勘、だね。
「もう、ワカ先輩は人をからかいすぎですよ!」
「あはは、そうかなぁ? 照れるねぇ」
「褒めてないですよ!」
ゆうたんは本当にかわいい。何に対しても一生懸命なところが。真面目なみのが、ゆうたんのそういうところを好きってことも十分理解できる。
「ワカ先輩、本当に実音に俺の気持ちバラしたりしてないですよね?」
「しないしない。そんなの楽しくな……そんなおせっかいしないよぉ」
「今、楽しくないって言おうとしましたよね! 本音ですよね!」
「あはは! あ、ゆうたん、しーっ」
僕は人差し指を口に当てる。するとゆうたんは不思議そうに首を傾げた。
部屋の中が静かになる。耳をすますと、やっぱり世莉の声がした。
バスケ部に行ったはずの世莉の声が廊下からする。誰と喋ってるのか気になって僕は部屋の外に出た。もちろん、相手が男だったら、邪魔するつもりで。
ちなみに、僕が世莉を好きなのは本当。ふざけまくりだしからかいまくりだけど、僕は世莉のことが好き。
「世莉? まだいるの?」
外に出てすぐのところに世莉はいた。そして、ドレス姿のみのも一緒に。
みのはかわいい。容姿は本当に、幼なじみであることが誇らしいほどにかわいいと思う。ゆうたんがみのにひとめぼれしたのも納得だ。
でも僕はかわいいというよりはかっこいいが似合う世莉が好き。
「ドレス似合ってるじゃん。かっわいいー」
僕がそう言うと、世莉は僕に向けていた視線をすぐにそらした。
僕は知っている。世莉が僕のことを好きだって。僕たちが両思いだってちゃんと知ってる。
ついでに言うと、世莉が僕の好きな人をみのだと勘違いしてることも、知ってる。
「わたしは行くから。じゃあね」
世莉はさっさと行ってしまった。少し意地悪しすぎたかなとも思うけど、嫉妬している世莉は本当にかわいい。
世莉はかわいいところなんてほとんど他人には見せない。これは僕だけが見れる特別だ。
だからあえて僕は世莉に気持ちを伝えないし、誤解を解いてあげようともしない。
こういうのを他人は悪趣味と言うのだろうけれど、僕は僕自身の中で正当化する。
「潤ちゃん! 追いかけないと!」
みのが慌てた顔で、僕のブレザーを引っ張る。
みのがそんなことを言う理由なんて分かってるけど、分からないふりをしている方が楽しいから、あえて聞き返すことにした。
「なんで?」
「もうっ、このままじゃ本当に世莉先輩に愛想つかされちゃうよ!」
「あはは、いらない心配だねぇ」
「世莉先輩モテるんだからね! いつまでも余裕でいると……」
「世莉がモテるのは当たり前でしょ? でも、世莉が僕以外を好きになるなんて、豊かな僕の想像力でも全然想像つかないんだよねぇ」
冗談でもなく、僕は本気でそう思ってる。
といっても、何も行動せずにそんな自信だけ持ってるわけじゃない。
僕はちゃんと世莉が僕から離れないように行動してる。みのに心配されるようなヘマはしない。
「でも潤ちゃん!」
「はいはい」
みのが直接しっかり文句を言える相手なんて、きっと僕くらいのものだろう。
昔からみのは人見知りが激しいし、だからその克服もかねて演劇部に誘ってみたんだけど、僕の予想以上にみのは演技がうまかった。
まあ、そんなことはどうでもいいとして、十何年も一緒に過ごした時間はそうやすやすと越えられるものじゃない。しばらくは誰にも越させる気はない。
でも、それを――恋愛感情と読み間違えている困ったくんがいるのも事実。
「ワカ先輩、実音が来てるんですか?」
心配そうな声を出しながら、ゆうたんが部屋から出てきた。
僕も中にいて世莉の声が聞こえたくらいだ。ゆうたんにもみのの声は聞こえていたのだろう。
「いるよ。ドレス姿、ゆうたんもコメントちょうだい。参考にするから」
一秒前まで不安そうな顔をしていたのに、ゆうたんはみののドレス姿を見た瞬間頬を染めた。
「こ、コメントなんて恥ずかしいから……いいよ」
恥ずかしがって、みのが僕の後ろに隠れようとする。
こういうのがダメだって、みのは分かっていない。知らないということは本当に罪深いと僕は思う。
ほら、ゆうたんが悲しげに、でもどこかうらやましそうに、僕のことを見てくる。
ゆうたんは、みのの好きな人が僕なんじゃないかって思ってるらしい。
そう疑っているうえで、ゆうたんは僕に恋愛相談してる。
ゆうたんがどういう意図で恋愛相談しているかは分からないが、その行動は『卑怯』ともいえる。
だって僕が世莉一筋なのを確認して、みのがたとえ僕を好きでも大丈夫って安心感を得てるわけだから。
でもその卑怯さって、恋愛にはすごく大事なものだと僕はおもうんだよね。
「……かわいいよ。すごく似合ってる」
こっちまで恥ずかしくなるようなセリフをゆうたんが言ってのけた。
次の演目の台本にこのセリフは絶対取り入れよう。
まあ好きな人に絶賛されたわけだから、みのの嬉しさも尋常ではないだろう。横目にみのの姿を確認すると、僕のブレザーで顔を隠していた。
「あ、ありがと」
顔は隠しても耳が真っ赤になっているのは見て分かる。
みのはこんなに分かりやすいのに。どうしたら僕を好きだと思うのか。
僕はむしろ、ゆうたんの脳内を知りたいよ。
知った暁には、もちろん演目の題材にさせてもらうけど。
「じゃあ、せっかくだし。みのは衣装着たまま、ゆうたんと練習してて」
「え!? じゅ、潤ちゃん」
行かないで、と言いたげにみのは僕のブレザーを掴んで離さない。
そういう行動はゆうたんを不安にさせるだけだからやめなさい。……と、忠告するのは簡単だが、こんな助言をして甘やかしては先が思いやられるだけ。
時と場合により助言は必要にもなるけれど、恋愛なんて多くは自分で乗り越えてこそのもの。
「僕は大道具の指示出してくるから。しっかりやるんだよ。キスシーンはともかく、他のシーンも感情の入れ方がまだまだ完成から程遠い」
部長らしくビシッとした言葉を告げると、みのはすんなり手を離す。
顔を赤くしたぎこちない2人が部屋の中に入っていくのを確認して、僕は大道具が作業している教室へと向かう。
どういうわけか、うちの部にはこじれた恋愛をしてる部員が多い。
「はい、大道具の準備はどう? たかちゃん」
今回の大道具の責任者であるたかちゃんに、扉を開けながら声をかける。
すると、ちょうど中はお取込みのようだった。
「柚木、お前そこはもうちょっと綺麗に釘を打てってさっき言っただろ」
「綺麗じゃないですかぁ! たかちゃん先輩、几帳面すぎ……って、ワカ先輩だぁ!」
中にいた2人が一通り会話を済ませて、こちらに気づいてくれる。
「ワカ先輩。演劇指導はいいんですか?」
たかちゃんが冷静な顔で聞いてくる。
まあ、たかちゃんにとっては、あの2人が2人きりで演劇の練習をしていることに思うところの一つや二つあるだろうけど。
「うん、大丈夫」
むしろ、今の段階で大丈夫じゃないのはこっちの2人。
部員が困った恋愛事情を抱えているのは、きっと部長のせいじゃない……よね?