立石実音の語る演劇部の恋愛事情
悠太くんとのキスシーンなんて、ふりでも耐えられない。
爆発しそうな心臓の音が悠太くんに伝わりそうで、とにかく恥ずかしくてたまらない。
たまらないのに、視界の隅っこでニヤニヤ笑ってる幼なじみの姿が見えたら、意地張って大丈夫なふりをしてみようと思った。
「顔真っ赤だよぉ?」
わたしの気持ちを知ってて、あえて潤ちゃん……若松潤一先輩は言ってくる。
潤ちゃんが人をからかうのはいつものことだ。昔からそう。潤ちゃんのほうが1つ年上だけど、こういうところはすごく子どもっぽいと思う。
潤ちゃんの隣で世莉先輩はため息をついてる。そのまま愛想つかされちゃえばいいんだ! って心の中では強気に言ってみた。
「じゅ、潤ちゃん!」
わたしは潤ちゃんに言い返しながら横目に悠太くんを見上げた。悠太くんも顔が真っ赤だった。でもきっとわたしの方がもっと真っ赤なんだと思う。そう思うと余計に恥ずかしくなってもっと顔が熱くなった。
きっとわたしの恥ずかしさが伝染して悠太くんまで恥ずかしくなっちゃったんだ。
だって、悠太くんはすごくすごく、演技が上手だから。ふりのキスシーンなんてどうってことないはず。きっとわたしが恥ずかしがっちゃったから……。
足引っ張っちゃって、本当に悲しくなる。
自己嫌悪に陥りながら、わたしは潤ちゃんに言われたとおり、衣装部屋へと逃げた。
「あー! みーちゃん先輩、おつかれさまでーす」
練習部屋の隣にある空き教室、衣装部屋のほうに行くと柚木ちゃん……柚木桜夜ちゃんが明るい笑顔で出迎えてくれた。
「お、おつかれさま。あの、潤ちゃんに衣装合わせてきてって言われて」
「了解でーす。みーちゃん先輩はお姫様役ですよねー。ちょーっと待ってくださーい」
柚木ちゃんはそう言って、トランクケースを漁り始めた。
そしてその中から白色のレースをふんだんに使ったドレスを取り出してわたしに合わせるように掲げた。
「やっぱりみーちゃん先輩にぴったり! かーわいいっ! さすがはワカ先輩ですねー! みーちゃん先輩にあうドレスを熟知してらっしゃるー」
柚木ちゃんは元気に笑って、わたしにドレスを渡す。そして調整したいからさっそく着るように言われてしまい、わたしはカーテンで仕切られた試着場所でドレスを着てみることにした。
「かわいいドレスだぁ」
試着しながらわたしは呟いていた。衣装の指示も台本もおおまかには潤ちゃんが指示して作っているもの。だからこの衣装も潤ちゃんがわたしと役柄をイメージして衣装担当の子たちに作らせたものだ。
演劇部は潤ちゃんが作った部活。潤ちゃん自身はふざけることも多いけど、演劇に対してはいつだって真剣だ。
「あの……柚木ちゃん、着てみたんだけど」
「はーい、うわぁ! 超似合いますよー! 先輩もそう思いますよね! ね!」
柚木ちゃんが拍手しながら別方向へ視線を向ける。他に誰か人がいたかな? と疑問に思いながら視線をさまよわせると、男子が立っていた。
「……あぁ、似合う」
わたしのことを見て、榎本貴之くんが言った。榎本くんは両手にたくさんの木材を抱えていて、たぶん大道具の作業途中だったのだと思う。
「あ、ありがとう……榎本くん」
「それ、伊倉に見せてあげたら」
冷静な声で榎本くんにそう言われて、わたしは言葉を詰まらせる。柚木ちゃんに視線を向けたら「いいですねぇ」なんて言ってニコニコ笑っていた。
「わたしって……そんなに分かりやすい?」
「大丈夫ですよぉ! 当のゆうたん先輩が全然分かってないんで!」
「柚木」
「ひゃあー、たかちゃん先輩叩くことないじゃないですかぁ!」
榎本くんが柚木ちゃんの頭を叩いていた。でも悠太くんがわたしの気持ちに気づいてないって知って、少しだけ安心した。
でもさすがにさっきのキスシーンではバレたんじゃないかなって、またモヤモヤし始める。
「あ、でも待ってくださいね。いろいろ調整したいんで、ゆうたん先輩に見せに行くのはその後に……」
「柚木にはしばらく背景とか手伝ってもらうから。そのあいだに伊倉に見せてこいよ」
「え。わたし、たかちゃん先輩と作業するんですか?!」
「何か文句あるのか」
「文句しかないですぅ」
柚木ちゃんが笑顔で言うと、また榎本くんに頭を叩かれていた。本当に2人は仲がいい。榎本くんがこんなに親しくしてる女子なんて、きっと柚木ちゃんくらいだと思う。
「とりあえず……ワカ先輩も衣装チェックするんだろ? 行ってこいよ」
榎本くんはそんなふうに言ってくれて、わたしはお言葉に甘えてドレスのまま教室を出て行った。
ドレス姿で衣装部屋を出て行くと、世莉先輩が練習部屋から勢いよくドアを閉めて出てきた。
「あ、実音ちゃん。ドレスかわいいね、似合ってる」
わたしの姿を見て、世莉先輩が優しく笑いかけてくれた。クールな世莉先輩の褒め言葉は本当に嬉しくて、照れ臭くて、わたしは小さな声で笑った。
「世莉先輩はバスケ部に戻るんですか?」
「うん、そうだよ。ワカがうるさいからね」
潤ちゃんはまた世莉先輩に間違ったアプローチをしているみたいだ。わたしが困り顔で笑うと、世莉先輩は少しだけ眉を下げた。
「それ、悠太に見せるの?」
「え、あ……はい。でも一番の理由は潤ちゃんにチェックしてもらわないといけないからで」
わたしは意味もなく言い訳をしてみる。わたしの返事を聞いて、世莉先輩は「そっか」とつぶやいた。
世莉先輩の視線は閉じた練習部屋の扉に向いている。
「ワカ……毎回実音ちゃんの衣装を真剣に考えてるからね。きっと似合ってるの見て、喜ぶよ」
「世莉先輩……?」
少し元気のない世莉先輩が心配で、わたしは遠慮がちに先輩に声をかける。
すると先輩は「ごめんね」と薄く笑った。
「実音ちゃんがかわいいから少しうらやましくなっただけ。……わたしはかわいいとは無縁だから」
世莉先輩はそう言ってわたしの頭をなでる。すると練習部屋の扉が開いた。
「世莉? まだいるの? あ……みの、ドレス似合ってるじゃん。かっわいいー」
潤ちゃんが出てきた。潤ちゃんはいつものように笑って褒めてくれる。でも潤ちゃんの「かわいい」を聞いた世莉先輩は少しだけ悲しそうな顔をしていた。
「実音ちゃんがかわいいから、ちょっと話してただけだよ。わたしは行くから。じゃあね」
世莉先輩はそう言い残してそのままバスケ部の練習に向かった。




