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伊倉悠太の語る演劇部の恋愛事情

 君の手を俺は握りしめた。


「……愛してる。ずっと、ずっと」


 俺がそう告げると、君は涙を流して嬉しそうに何度も何度も頷いてくれる。


「ありがとう。……ありがとう、わたしも大好き」


 俺の腕の中に顔を埋める君は、本当に愛らしい。

 本当に、本当に大好きだ。

 俺は君の頬に手を添える。すると君は目を閉じて、俺の行動を待った。

 胸が高鳴る。君の可愛らしい顔が、目の前にある。


「……っ」


 でも俺が触れることは許されない。

 俺は彼女の唇を薄目で見つめながら、彼女の唇のすぐ横まで顔を近づけた。


「はい、カーット」


 すると、演劇部部長の若松わかまつ潤一じゅんいちことワカ先輩がゆるく声を挟んで、手を叩いた。


 これは演劇のワンシーン。

 でも俺、伊倉いくら悠太ゆうたが彼女に告げていた台詞は本物だ。演劇のあいだでしか告げられない本当の気持ち。






☆演劇部の恋愛事情☆





「うん、いいねいいね。みのもゆうたんも最高。お遊戯会みたいでかわいいねぇ、うんうん」

「ワカ、それ褒めてないよ」


 ワカ先輩の隣で無表情の舞川まいかわ世莉せり先輩が言った。

 どうやらもう1つ所属しているバスケ部の練習から抜けてきてくれたみたいで、世莉先輩は長い髪をポニーテールにして練習着の上にパーカーを着ている。


「えぇ、僕は褒めてるつもりなんだけどねぇ。それより、2人とも顔真っ赤だよぉ?」


 ニタニタと笑ってワカ先輩が指摘してきた。


「じゅ、潤ちゃん! わざわざ、言わないで……」

「ははっ、ごめんごめん。じゃあ次はゆうたんメインの練習するからみのは衣装合わせでもしておいで」


 俺の隣で「みの」と呼ばれた立石たていし実音みのんは顔を押さえている。元々おとなしい子だし、実音がふりでもキスシーンを恥ずかしがるのは当然だ。

 たぶん、相手が俺じゃなくてもこの反応なんだと思う。

 実音は赤い頬を押さえながらワカ先輩に言われた通り、衣装部屋へと飛んで行った。


「で、ワカ先輩。俺メインってどこのシーンやるんですか」


 俺、伊倉いくら悠太ゆうたはまだ少し熱い顔を手の甲で冷やしながら、ワカ先輩に尋ねる。

 するとワカ先輩は台本を真剣にパラパラとめくりながら「そうだねぇ」と呟いた。


「じゃあ……うん。みのとキスシーンを練習した感想を述べるシーン。はい、スタート!」

「は……はぁ?!」


 顔を上げたワカ先輩はさっきと同じニタニタ顔で俺のことを見ていた。

 俺は収まってきた顔の熱がまた上がっていくのを感じながらワカ先輩に詰め寄った。


「なに言ってるんですか。先輩。練習しましょう、練習」

「仕方ないなぁ。じゃあ僕がお手本を見せてあげるよ」


 そう言ってワカ先輩は台本を隣に立っている世莉先輩に預けて、椅子から立ち上がった。


「あぁ、実音。すごくいい匂いがする。あぁ、実音。すごくかわいい。あぁ、実音。マジでキスしたい。あぁ」

「あぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁ!!」


 俺は頭がパンクして先輩のネクタイをつかんだまま何度も何度も先輩を揺らす。


「先輩! もうっ、だから言ったんですよ! 実音とのキスシーンなんてイヤだって!!」

「イヤだったの?」

「イヤじゃないです! だからそうじゃなくて!」

「いい感じだったよぉ? 初々しい感じがさいこ」

「そういうふうに先輩が面白がるからイヤなんです!」

「そんなことないってー」

「面白がってるわよ」


 世莉先輩が冷静にツッコミをいれる。


「で、す、よ、ね」

「あはは、ゆうたん顔怖いー」


 俺が怒ってみても、ワカ先輩はへらへら笑ったままだ。この先輩を相手に真剣に怒っても無駄だとは分かっている。むしろ余計に調子に乗る人だ。


「えぇ、じゃあゆうたん王子役やめるー?」


 つまり、俺じゃない誰かが王子役をするということ。言い換えれば他の誰かが実音とキスシーンを……それはダメだ。


「絶対嫌です。代えるなら実音のほう代えてください」

「でもみののお姫様姿かわいいよ? 代えちゃうの?」

「う……っ」


 たしかに実音のお姫様姿は見たい。かわいいドレスを着こなす実音は見たい。できれば目の前で。


「うーん、そうだねぇ。じゃあいっそ、2人とも代えちゃおうか! うん、それがいい」

「……誰にするんですか」

「僕と世莉」

「は?」


 俺が反応する前に世莉先輩が反応した。

 しかし、ワカ先輩の行動は早くて、俺と世莉先輩がちゃんと反応する前にはもう世莉先輩の目の前に立っていた。


「世莉」

「ワカ……冗談はいい加減に」

「愛してる。……ずっとずっと」


 恥ずかしげもなく、爽やかな笑顔を浮かべたままワカ先輩は告げる。それも、世莉先輩の目を見てしっかり。

 そしてそのままワカ先輩は世莉先輩の頬に手をかけて、顔を近づけた。

 俺は見てはいけないものを見てる気分になって目元だけ解放したまま顔を押さえた。もはや、顔を押さえる意味がない。

 でもワカ先輩と世莉先輩のキスシーンなんてすごく、すごく見……。


「うっ……せ、りちゃん」

「悪ふざけはやめろって言ってるでしょ。部活やめるわよ、ワカ」

「ごめんなさい。でも……みぞ、みぞおちに……」


 世莉先輩の膝がおもいきりワカ先輩のみぞおちに入っていた。さすがバスケ部エース、運動神経抜群な世莉先輩の膝蹴りは美しかった。


「はぁ……顔出しただけだから、バスケ部の練習に戻るわ。じゃあね」


 そう言って世莉先輩は床に倒れるワカ先輩を無視して練習部屋から出て行った。


「うぅっ……」

「今のはワカ先輩が悪いですよ」


 俺はお腹を抱えて苦しむワカ先輩の前に座り込んだ。


「だって仕方ないよ」

「なにも仕方なくないですよ」


 俺がそう反論すると、ワカ先輩は「わかってないなぁ」と笑った。


「照れ隠ししてる世莉なんて、最高にかわいいじゃん」


 俺は忘れていた。

 我らが演劇部部長は、部内ナンバー1の変態であり、悪趣味な男。

 自分の恋愛事情でさえ、からかって楽しむ変人だった。

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