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6話「スカウト」

 広大な異世界・パールウェルに存在するアスクマ国。夜空の星の輝きの下で、世界の広さには到底及ばない小さな宿屋の一室に二人の人間がいた。

 一人はパールウェルとは異なる世界からやってきた青年、一人は奴隷として売りだされていた人間ではなく「物」として扱われている少女だった。

 今晩、ここでは後に世界を動かすことになる端緒が行われていた。



 異なる世界からやってきた青年である安綺は奴隷の少女にアイネという名前を付けた。

 アイネは己の名前に感激して何度も何度も反芻した。

 そんな彼女の様子に苦笑しながら安綺は話の続きを再開した。



「お気に召したようで何より。けど話はこれだけじゃないんだ。今、俺とアイネは奴隷と御主人様って関係なんだと思うけど、これを撤廃して欲しいんだ」

「……それはどういう意味ですか?」


 

 明るく輝いていた彼女の表情は一転、どん底の谷間に落ちたような不安なものになり変わっていた。

 安綺は慌てて首を振る。



「いやいや、そんな悪い意味じゃないんだ。俺は君と奴隷じゃなくて一人の人間として話がしたい。逆に君にも御主人様としてじゃなく一人の人間として俺と接してほしい。対等な関係として顔を付きあわせたいんだ」

「仰る意味は分かります。けど、しかし……」

「忍びないようならこう言い換えようか。アイネの御主人様として最初で最後の命令。俺はアイネと、アイネは俺と対等な関係を結ぶこと。主従関係を作らない。いいね?」

「えっと……ご命令であるのならば……。で、でも宜しければそうする理由を教えて頂けないでしょうか」



 慌てふためくアイネを見てから腕を組んで天井に目線を向ける。



「正確に言うと、俺はアイネを奴隷なんかにするために解放したんじゃない。アイネをアイドルとしてスカウトするために成り行き上そうなちゃったんだ」

「アイドル……?」



 言葉の意味が分からず思わず復唱してしまったようだ。

 アイドルとはどういうものか説明しようと頭を悩ませる。



「この世界には踊り子がいるよね。一番近い例はあれかな。違うのは可愛い服を着ながら歌とダンスを披露して、ファンと交流する職業っていえばいいのかな。他にも仕事はいっぱいあるけど」

「歌? ファン?」

「歌はあまり台頭してないのか? 楽器で音を奏でて、その音に合わせて声を出すんだ。声に合わせて楽器が音を出しているのかもしれないけど。ファンっていうのは有名人を慕ってくれる人々のこと。あー……このファンと交流を活発にしてくれるのが踊り子との一番の違いかもなあ」



 踊り子は音楽に合わせて踊り、それを観客に見せる。そこには踊りだけではなく身体も「魅せる」ため意図的に露出の多い服装で踊る。ただし踊り終えた後も、またその前も決して観客と握手を交わしたりしない。役者と観客といった明確な隔絶があるのだ。

 しかし現実のアイドルの多くは握手会など、役者と観客が同じ舞台に立つ時がある。ファンと交流するだけならアイドルだけとは限らないだろうが、握手会と聞いて真っ先に思い浮かぶのはアイドルだし、アイドルは俳優やアーティストに比べたら距離が近いイメージがある。

 アイドルの定義を厳密に取り決めるのは中々難しい部分はあるものの、アイドルの根底にあるものはこういったものではないだろうか。


 と、アイドルとは何かという哲学的な問いに考えを巡らす安綺だったがアイネがクエスチョンマークを散らかしている姿を見て我に返る。



「っと、ごめんごめん。そうだな、舞台に上がって観客に喜んでもらう仕事かな。踊り子は魅せるものだけど、アイドルは楽しませるものだ。どう? やってみたい?」

「ええっと……」

「メリットもある。アイドル活動が実を結めばアイネの存在が有名になる。有名になればもしかしたら記憶喪失以前のアイネの情報が入ってくれるかもしれない」



 戸惑うアイネに捲し立てる。ほら、アイドルになれよと急かしてるような気がしないでもなかったが説明しておくに越したことはなかった。



「勿論、アイネが嫌だと思うなら無理強いはしない。さっきも言ったように今の君と俺は対等な関係だ。アイネの意志を尊重する」

「その……もしアイドル?にならなかった場合私はどうなるんですか?」



 今にも消え入りそうな声でアイネが訊ねてきた。まだ奴隷であった頃の能面のような顔に恐怖が張り付いている。



「別にどうともしないよ。あー……別にほっぽり出すとかそういうわけじゃないよ。念のため。そうだなあ、うちの会社従業員が少ないから手伝ってもらう形になるのかなあ。男の俺がやるより女性のアイネがスカウトした方が不審感を持たれなさそうだし。あ、いや、でも他にやりたいことがあるならその限りじゃない。むしろこれはアイネの人生なんだから、アイネがどうするか決めるべきで。でも働き口がなかったらとりあえずうちの会社で働いてくれればいいってだけだから! きっと社長も一人ぐらい受け入れてくれるはずだ。アイネは可愛いし。……大丈夫だよな、多分」



 アイネを安心させるためのはずの言葉がいつの間にか考えの浅さを露呈させるような形になっていた。浅はかな考えで一人の人間の人生を大きく変えてしまったツケがここで出始める。



「とにかくアイネを見捨てたりなんかはしない! 俺とアイネは……奴隷じゃないなら何だ……? 家族? そう、家族だ! 家族を見捨てる家族なんてないからな!」



 実はこの台詞、親の反対を無視して田舎を飛び出した安綺自身への特大ブーメランなのだが本人は気づかない。



「私と御主人様が家族……」

「家族なんだから御主人様なんて呼ばない! そういえば自己紹介忘れてた! 俺の名前は喜瀬安綺。どんな呼び方をしてもいいけど、家族なんだし気安く安綺って呼んでくれると嬉しい」



 グダグダである。



「ヤスキ……さん」



 アイネはアイネで呼び捨てが気に触らないのかさん付けで留まったようだ。

 御主人様からの呼び捨ては流石にハードルが高いから仕方ない。特に追求しようとは考えなかった。



「で、どうだろう? 今すぐ決められないなら後で答えをくれてもいい。むしろその方がいいか。こんなにごちゃごちゃしたことを突然言われても付いて行けないだろうし。今は頭に留めておいてくれるだけでも……」

「あの、私……やります」

「え?」



 あまりにも唐突過ぎたことを反省しようとした時、今までにない力強い声でアイネが宣言した。



「アイドルの仕事がどんなものなのか聞いただけじゃよく分からないですけど……。それに奴隷の――元奴隷の私が人前に出るなんてことも恐れ多いですし……。でも、その、素敵な仕事だと感じるんです」



 アイネが身を乗り出してくる。



「正直言うと、どうしたら良いか分からなかったんです。初めは何一つ記憶がないこと、私が何者なのか分からない怖さばかりだったんですけど、いつしか私がどんな未来を辿るのか予測もつかない未来というのが怖くて……。でも、奴隷じゃなくなったらなくなったで目的や願望なんてものはないし、そもそも何も出来ることなんかなくて。恐怖の感情が消えても虚無しか残らなかったんです」



 でも、と彼女は床を見つめていた顔を上げた。



「ヤスキさんの提示してくれた道には奴隷のように辿るだけの未来じゃなくて、自分で道を決めて歩む未来があると思うんです。こんな私でも輝ける道だと思うんです」



 気がつけばアイネは今にも鼻と鼻が触れ合いそうになるぐらいの距離まで顔を近づけていた。



「ですから、私からもお願いします。私、アイネに――アイドルをやらせて下さい!」



 アイネは己の意志で確かに、ハッキリとアイドルになることを宣言した。


 安綺は彼女の剣幕に押されて少々呆然とした後、



「無粋な質問かもしれないけど、それは俺に押し付けられたからだとか、奴隷として指示に従ったまでなんかじゃないよな?」

「当然です! 奴隷じゃなくて家族って言ったの、ヤスキさんじゃないですか」



 アイネは朗らかに笑う。

 ここでようやく安綺は気づいた。今までの彼女は本来の彼女じゃなかった。肩に触れたら消えてしまいそうな儚さを醸し出していた彼女は記憶を失い、全てを諦観していた時のアイネだ。けど、こうして表情をコロコロ変え、世界を照らす女神のような彼女の姿こそ、本来の彼女なのだ、と。



「参ったな。アイネの言うとおりだ。プロデューサー失格かな」

「プロデューサー?」

「アイドルをスカウトしたり、ライブ――歌を歌ったり踊ったりする舞台のことね――を含む色んな仕事を取ってきたり、アイドルのスケジュールや体調を管理したり……アイドルの従者みたいなもんだよ」



 元は主である側が従者側とは何たる皮肉だろうか。



「ヤスキさんは私のプロデューサー?」

「そうなる。といってもようやく一人目のスカウトが成功したばかりのド新人だけどね。こんなプロデューサーじゃ頼りないかな」

「そんなことありません。むしろヤスキさんがプロデューサーの方が……いえ、ヤスキさんじゃないと嫌です私!」

「嬉しいご指名だ」



 思わず照れて笑みが漏れてしまう。



「それじゃあ、家族としてプロデューサーとして……よろしくな、アイネ」

「私の方こそよろしくお願いします。ヤスキさん!」



 眩いばかりの笑顔を見せたアイネと固い握手を交わした。


 それからどちらかが眠くなるまでこれからどうしていくか、アイドルとは具体的に何をするのか、そもそも安綺の知ってるアイドルとは何なのかを説明した。

 


 ――これがアイドル・アイネとプロデューサー・安綺の関係の始まりだった。



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