4話「金ならある」
今、安綺の目の前では扇情的な服装で滑らかに舞う踊り子達がいた。胸が大きく色白な美女が左右に二人、その二人とは対照的な胸が小さく褐色の猫耳少女がセンターを務めていた。
動きは綺麗だし、何より見てて欲情をそそられる。
――しかし、アイドルとしてはどうなんだろう、というのが安綺の抱いた率直な感想だった。
異世界アイドル育成プロジェクトが発足し、まず始めにしなければいけないことは育成するアイドルをスカウトすることだった。
美少女が多い異世界といえど、何も考えずに探し歩くのも難しい。ということで最初の指針として踊りに長けた踊り子達を見てくるのはどうだろう、という新貴の言葉に従って王都の民の憩いの場にやって来た。
だが結果は先述した通りである。
「あら、あんまり良いと思わなかった?」
「ええ、正直に言ってしまえば……可愛いし、綺麗なのは確かなんですけど何か違う気がして」
安綺の隣にいるのはこの世界の獣人であり、新貴の嫁でもあるミミラだ。
新貴は足場を固めてくるから行けないと言い、代わりに案内役兼サポート役としてミミラを同行させてくれた。
「まあ踊り子は囃し立てるというより、魅せるために踊るものね。アイドルとはちょっと違うかもしれないわ」
「俺よりもアイドルに詳しいですねミミラさん」
下手な地球人より地球に精通してるような気がしなくもない。
「いいえ。アイドルに詳しいのではなくて、踊り子に詳しいのよ。これでも昔は踊り子として活動していたから。その頃に新貴さんと出会って私は新たな道を歩み始めたのよ」
「へえー」
今はまだ概略的なことしか知らされていないけど、いつか時間が取れた時にでも新貴の伝記を聞いてみたいものだ。
「まあ、私のことはともかく……どんな子だったら喜瀬君のお気に召すのかしら?」
クスッと笑いながら聞いてくる。なんだか妙に色気のある妖しい笑みだった。
「うーん……その、ミミラさんはアイドルってどんな子が向いていると思いますか? モデルと違ってただ可愛い、綺麗の条件を満たしていればいいわけじゃないのは何となく分かりますが……」
「難しい質問ねえ。私はそうね、アイドルは……身近にいそうでいない、手が届きそうで届かない高嶺の花って子が向いてると思うわ」
「それはどうしてですか?」
「アイドルって元々偶像って意味らしいのよ。実際に偶像的存在でもあるわけだしね。大げさかもしれないけど、アイドルが神様でファンがその信者のようにも見えるじゃない。けどそんな大それた存在じゃないことは双方とも理解してる。だからファンは崇拝するだけでなく、恋愛感情に近しい感情を抱くし、アイドルはファンに感謝や親しみを感じることが出来る。学校のアイドルなんて言葉、よくあるじゃない。それがもっと民衆的になったのがアイドルって職業なんじゃないかしら」
難しいと言っていた割にはスラスラと独自のアイドル論が口から出てきていた。やはりミミラさんは自分なんかよりもよっぽど熟知している。
「俺、アイドルが偶像って意味だなんて始めて知りました。地球の知識でも異世界の知識でもミミラさんには敵う気がしません」
「未知の世界に興味があったから調べてただけよ。……あと、好きな人の世界のことを知りたいって欲求があったのも影響してるかもね」
なるほど、それなら納得出来る。顔を僅かに赤らめたミミラを見ながらそう思った。
「でもそんな子が安々と現れるわけないわよね。踊り子が駄目なら……新貴さんのツテを辿るしかないかしら」
「いえ、そういうことなら一人だけ気になる子がいます」
実はミミラの話を聞いてからある少女の顔が浮かんでいた。異世界にやって来た際、荷馬車の中から顔を覗かせていたあの神秘的な少女。触れてはいけないあの儚げな存在は近づきたくても近づけない高嶺の花だ。
安綺は意気揚々とミミラに現界した時の出来事を説明した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そこは日陰の差さない暗くジメジメとした路地だった。通路の端には怪しげな薬や商品が置いてある露天が並び、路地から伸びる細い脇道には浮浪者のような人間がゴミと一緒に横になっていた。
「……こんなところがあるんですね」
「ええ。……あまり来たくなかったところだけど。例の女の子がいるとしたらここの可能性が高いわ」
全体的に明るい雰囲気で彩られた王都の中央部を離れ、貧民層の住人が暮らすスラムを抜けた先にある闇市場に安綺とミミラはやってきていた。
ここは普通の住人は訪れない場所で、金を持て余した貴族や裏の住人を対象とした高額の商品を売りつける市場であるらしい。今では少なくなった奴隷の売買もここで行われているらしく、奴隷として連れてこられたあの少女はここにいる可能性が高いと踏んだわけだ。
先とは打って変わって口数の少なくなったミミラの後を追う。心なしか歩く速度も早い。確かにあまり気持ちのいい場所ではないがそれ以上にこの場にいたくないという気持ちが見て取れる。もしかしたら過去に何かあったのだろうか……。
奴隷市場はスラムに足を踏み入れてからでは最も賑わっていた。闇市では一番の人気らしい。
大きな檻にボロボロの布で作られた服を着た人間たちが何人もいる。人間以外にも背中から羽の生えた人間、岩を人間の形につなげたような岩人間といった異世界ならではといった見慣れぬ生物も少ないがペットショップのように並べられていた。
安綺はそれらを見ては目を逸らし、見ては目を逸らしと繰り返しながら見覚えのある顔を見つけた。異世界で最初に出会った住人である奴隷商人だった。
彼の傍に置かれた檻に件の少女が入れられていた。
良かった、無事だった。安堵して駆け出そうとした瞬間、ミミラに肩を掴まれた。
「ミミラさん?」
「……少し面倒なことになったわ。あそこにいる青い髪をしたキザな男が見える? あれは厄介な相手よ」
少女の檻の前でニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる青い髪の男が立っていた。相好は良く、こんがりと日焼けした肌にスポーツマンのような体型の彼は女の子からの評価も高いはずだ。装飾には色とりどりのアクセサリーを耳や指に付け、首からは金色のジャラジャラしたネックレスを提げている。派手なシャツは胸元をはだけさせて筋肉質な身体を見せつけており、それがワイルドな様相をかもしだしている。
ただ、見た目は良い男であるはずなのだが……一目見た瞬間、物凄い嫌悪感に襲われた。
「厄介な相手ってどういうことですか」
「あの男は王都を治める四大貴族の一つ、レオニード公爵の息子、ウォルベイ・レオニードよ。我儘で横暴で、自分の思い通りにならないと気が済まないタイプの人間よ。今日も無茶を言ってここで出てきているんでしょうね。ほら、隣には護衛の衛兵がいるわ」
位置が悪かったため最初は見えなかったが、白い軽鎧を身につけた衛兵が立っていた。それもあれは――安綺を捕らえ、尋問した女騎士だった。。
「ほう、エルフの娘とは珍しい。気に入った。おい商人、これは幾らする?」
「あいつ、あの子を買うつもりなのね。……どうしたものかしら」
「止めに入ったら機嫌を損ねますよね」
「容易に想像できるわね。それに悔しいけど商売が成立したら私達が何を言っても勝ち目はないわ」
「だったら……正攻法でいくしかないですよね。ミミラさん、予算の方は?」
「……やろうと思えば、この国を買い占めることだって出来るわ」
幾らなんでもそれは盛り過ぎだと思う。けど、そんな冗談を言えるのも余裕があるからなのは確かだ。少なくともこの場を乗り切るくらいには……。
ニヤリと笑ったミミラを見届けてから安綺は歩みを再開する。そしてウォルベイの前に踊りでた。
「……あの、すみません」
「あ?」
「おや、貴方は……」
「む、貴様は……」
突如横から沸いて出た声にウォルベイは不機嫌な声を出し、奴隷商人は驚きの声を上げ、傍らの騎士は訝しげにこちらを眺め、奴隷として売り出されている少女は目を見開いた。
「あの時以来ですね、旦那様。みっともない姿を晒してすいませんでした。真っ先に逃げてしまった矮小な私をどうか許して下さい」
「ああ、あれは逃げ出しても仕方ないですよ。怒ってないので安心して下さい」
商人がホッと胸を撫で下ろしたのが分かった。
「感謝いたします。ただ、すいません。今は仕事中でして、用があるならまた後で……」
「いえ、今でないとダメです。俺はこの娘に会いに来たんです」
そう言って件の少女を見た。
「……おい、お前、急にしゃしゃり出てきて何様だ?この俺がそれに目を付けてるのは見りゃ分かるだろ?」
ここまで黙っていたウォルベイが明らかな苛立ちを込めて言う。
「そ、そうです、旦那様。こちらのウォルベイ様と取り引き中でして……」
「でもまだ買われてはいないんですよね?」
「まあ、はい、その通りですが」
商人は訝しげに安綺の顔を眺める。ウォルベイの方は顔をしかめて次の言葉を待っていた。
「彼女の値段はおいくらですか?」
質問をして、商人はウォルベイが払うと言った金額を口に出す。
こちらの経済事情については分からないが、貴族のウォルベイが関わるくらいなんだから相当高価なんだろうな、と予測を付けながら後方で待機しているミミラさんに首を向ける。
彼女はきちんと聞いていたことを示すように頷くと、おもむろに手で二本の指を立てた。その意味は、多分。
「……だったら、俺は彼の二倍のお金を払います。彼女を譲ってくれませんか?」
「「はあ?」」
商人とウォルベイが素っ頓狂な声を上げた。女騎士の方も驚いてる様子だが、この件には依然口を出すつもりはないらしい。
「……おい、お前、自分が何を言ってるかわかってるか? 身なりはしっかりしてるけど、貴族でも何でもねえ平民だろ。そんなお前にこの額が払えると思えねえ。それにこれは俺が目をつけた商品だ。横取りしようとしてるんじゃねえぞ」
明らかな敵意を込めてウォルベイが睨んでくる。
一瞬怯みそうになるが、負けじと言い返す。
「あくまで正当な取引を持ちかけているんです。どうするかは商人次第でしょう」
「生意気なことを言うなよガキ。お前、この俺がどこのどいつか分かって言ってんのか? だとしたらお前さんの身の安全のために今のうちに引いておくのが堅実だぞ? ……まあ、お家に帰った後の無事は保証出来ないけどな」
貴族とかいう大層な身分の癖に仕掛けてくるのは脅迫だった。
これが地球なら安綺もビビって逃げていただろう。しかしここは異世界。それを抜きにしても今の安綺はウォルベイに負ける気がしなかった。
「おい商人、お前も俺を怒らせるとどうなるか、簡単に想像付くよな?」
「ええと、まあ、はい」
商人は狼狽えていた。
それもそうだろう。この国の四大貴族の息子が商品を買っていくという事実。お金のやり取りだけでなくて、そこには貴族との繋がりが出来る。商人にとって顧客の繋がりは大事なものだ。そして、その相手が上層のお客ならなおさら……。
このままでは競り負ける。そう判断した安綺はもう一度ミミラを振り返る。
彼女も同じことを考えていたのだろう。今度は何と、片方の手の平を丸々開いていた。
「なら、致し方ない。商人、二倍なんてちゃちい事は言わない。五倍支払う! これでどうだ!」
「なっ……!」
流石のウォルベイも絶句する。
彼のことは無視して安綺は商人と向き合う。
「これでも駄目ですか?」
「い、いえ……しかし本当に支払えるんですか?」
「任せて下さい」
「でしたら――」
「おいこら」
商人が満足のスマイルを見せようとした矢先に、安綺は肩を掴まれて強引に振り向かされる。顔に筋を浮かばせて怒りに震わせるウォルベイの姿がそこにあった。
「これは俺のもんだ。横取りしようってんならただじゃおかねえ。お前みたいな奴は痛い目を見ないとわからないようだしなあ!」
胸ぐらを掴んでいた安綺は乱暴に突き飛ばされる。どうにか体のバランスを崩さず、その場で耐えた。が、顔を上げた先ではウォルベイが剣を取り出して、その切っ先をこちらに向けていた。
だが、
「そこまでです。ウォルベイ様」
「あ?」
「不正があるなら私も止めようとは思っていたのですが、彼のやり方に咎める場所はございません。お怒りは分かりますが、どうか静められて下さい」
「黙って見てたかと思えばこいつの味方をするか? お前も自分の立場が分かってねえようだな」
「……恐れながら、私は護衛を頼まれたまでです。ウォルベイ様が騒ぎを起こしてしまったらそれこそ私の立場がございません。ここはどうか、我ら正蒼騎士団とレオニード家の顔を立てていただけませんか」
「ぐっ……くっ……」
ウォルベイは悔しげに声を漏らす。なんだかそれは、欲しいものを手に入れられなかった子供のようだと安綺は思えてならなかった。
安綺を睥睨してからウォルベイは背を向けた。不機嫌オーラを出しながら無言でこの場を去っていく。
そんな彼の様子を眺めていたところに女騎士が駆け寄ってくる。
「……まさか、こんなところでまた会うとはな。その、何だ。……ありがとう」
「え? それは一体どういう――」
「おいこらリーザ(リーザ・セレート)! モタモタすんじゃねえぞ!」
女騎士に問いを述べる前にウォルベイの怒声が飛んでくる。
リーザと呼ばれた女騎士は安綺と目を合わせ、一礼し――ウォルベイの元へ駆け寄っていった。
二人の姿が見えなくなった頃に商人が先程とは打って変わって明るい声を出す。
「いやあ、大変でしたね。レオニード家との繋がりが断たれたのは残念ですが、流石に桁が違いましたからねえ。……でも、見栄なんかではなくきちんと出せるんですよね?」
「問題無いわ」
つい先程まで傍観していたミミラがいつの間にか隣に並んでいた。
「といっても流石にその額は用意してなかったから……取引場所を設けたいわね。そちらが指定してくれた場所に私と彼だけで向かうわ。これでどう?」
「ええ、ええ。その方がいいでしょう。大層な金額ですしね」
そこから先は商売の話だったので安綺が口を挟むことは出来なかった。
「よく貴族相手に毅然と立ち向かえたわね」
ミミラと商人の契約が結ばれた後、一旦お金を取りに戻る最中ミミラが言った。
「典型的な腐った貴族ってやつですよね、あれ。日本って身分差が如実に現れることってあまりないじゃないですか。だから、貴族っていうより、大人の姿をした粋がった子供のようにしか思えなくて」
「言ってしまえばそうね。けどだからって堂々と立ち向かえるかどうかは別問題じゃない?」
「ええ、まあ、そうなんですけど。……自分でも不思議な気分です」
嫌いな相手にはついぞんざいな扱いをしてしまう。ウォルベイを相手にした時もそのような一角があったが、それ以上に「こいつに負けることはない」という自信があった。
身に着けているネックレスによって腕っ節が強くなっていることが果たして関係あるのだろうか。
「まあ、何はともあれアイドル候補一名、スカウト完了ね」
別にスカウトはしてないが……とにかく第一歩は踏みだせたと安綺は感じた。




