3話「元勇者の過去話とプレゼン」
安綺の勤務する元有芸能事務所は本来はオンボロ雑居ビルの五階に位置していた。外見は勿論、五階に上がるまでのボロボロの壁や床はたっぷり十秒ほど事務所に立ち入るのを躊躇わせるほどのものだった。
入社しておおよそ一年。そんな劣悪な環境に慣れきった安綺の目の前には立派な事務室が展開されていた。
暖かい陽光と爽やかな外風、顔が反射して移りこむほど綺麗な白い壁、抑えめな水色で染められたカーペット。
隣の部屋には絢爛な応接室もあると来てる。
「おおおおー!」
「まさか部屋を見ただけで感嘆するとは……なんかその、すまん」
申し訳無さそうな声で社長はこっちとに来いと応接室に誘導する。
「さて、異世界に来る前に俺が最初に何て言ったか覚えてるか?」
応接室のソファに社長と向かい合うように座ると彼は早速切り出してきた。
「俺は昔、異世界を救ったことがある――でしたっけ?」
自分のことではないのに臭くて口にするのが何だか恥ずかしかった。
「ああ、そうだ。話に入る前にもう一度確認だ。ここが異世界だってことは本当に理解してるな?」
「ええ、まあ一応……。ただ理解はしててもまだ完全に受け入れられてはいませんが」
「今はそれで構わない。むしろその方が正常な証かもしれないしな」
「こっちに来たばかりの新貴さんも疑ってましたものね」
お茶を運んでくれたミミラさんが口出ししながら湯のみを手元に置いてくれる。目線を送りつつ会釈をした。
「余計なことは言わなくていいぞミミラ。さて、まず最初に話すことは俺がこの世界にどう携わってきたかだ。はっきり言って安綺に頼みたい事との関わりはほとんどない。だから最悪信じてくれなくても構わない。作り話と思ってくれた方が頭に入るだろう。本当にあったんですか、と言った茶々だけは控えてくれ。分かったな?」
有無を言わせぬ口調で言ってくる。黙って頷いた。
「この世界に来る直前、俺は地球で車に轢かれかけた……あるいは轢かれたのかもしれん。その事故が異世界召喚に関係あったかは否かは今も分からん。というか何故俺が選ばれたのかっていう理由も結局知ることはなかった。現実は物語みたいに真実が必ずしも明かされるわけじゃないってことだ」
異世界召喚とやらの時点で現実離れしてるんですが、という言葉をグッと飲み込む。茶々を入れるなと言われているのだ。ここは素直に黙っておく。
「転移中に俺は不思議な声を聞いた。力を授けるとか何とかってな。で、こちらに降り立った時点で大多数の異世界人以上の力を持っていた。力とはそのまんま身体能力や魔法の力のことを指す。まあ、この世界の化物と呼ばれる奴には及ばなかったが……そうだな、RPGでいう強くてニューゲームぐらいの力を授かったってところだ」
異常な事態に陥る前、社長は俺の力を授けると言っていた。あれはもしかしたら目の前の社長の言った「力」を受け取ったということだろうか。多分そうだろうと思った。
「この世界は昔人間と魔物が全面対決していた。俺が呼びだされた当時は最も戦闘が激しい時期で、魔物側が有利になっており人間が追い詰められていた。そんな時に俺が選ばれし者として――もっと言うなら『勇者』として召喚されたわけだ」
王都・パールウェルに来るまでの道中で商人は語っていた。人間の脅威となっていた魔物の総大将を勇者が一騎打ちで倒したという話を。もし商人の話が噂でもなんでもなく事実だったのならば、目の前の新貴こそがその勇者ということになる。
「見知らぬ世界でウロウロしていると偶然ミミラと出会った。これが俺達の仲の始まりだ。ミミラから世界の常識や現状を知り、その後偶然高い権威の人間とも知り合うことになった。その過程で魔物が王都を襲撃してくることを耳に入れ、機転を利かせて魔物達を退けた」
懐かしいわねえ、とミミラがうっとりした様子でつぶやく。昔の出来事でも彼女にとっては大切な思い出なのだろう。ただ懐かしむ以上の感情を持ち合わせているように見えた。
「王都での一件を終えた後、ミミラをパーティに加えて旅をすることになるんだがこの詳細は省くことにする。とにかく色々なことがあった。旅の過程で仲間も増やして勇者御一行様なんて呼ばれたこともある。その旅路の果てに俺は魔軍の総大将・魔王と相対した。俺と魔王は死力を尽くして戦い、どうにか勝利を収めることが出来た」
やはり商人の話していた勇者伝説は社長がその本人らしい。正直信じられなかった。
「しばし平和な時が訪れた。魔物の進軍によって停滞していた技術も発展――若干俺もそれに関わっているわけだが――人々に暮らしやすい社会が整えられていった。けど次に待つのは人間同士の争いだ。魔物との争いがあったというのに愚かとしかいいようがない。いや、魔物が共通の脅威となっていたから我々人類は表面上は結束出来ていたのかもしれん。人間が相手となると俺にも手が負えん。隠居して道中で築き上げたハーレムを俺は満喫することにした」
ん……?と安綺は初めて首を傾げた。中々の武勇伝を聞かせてくれたかと思ったら急にハーレムなどという俗語が出てきた。
詳しく追求しようにも新貴はどんどん話を進めていく。
「異世界に来てから数十年。ある程度年を取った所で俺もいい加減身を固めようと思ってな。それと自分の生まれた世界でも何かを成し遂げたいと思っていた。だから正妻のミミラと共に地球に戻り、この元有芸能事務所を作り上げた。結果はまあ……見ての通り芳しくないが」
新貴は苦笑を見せた。けれどそれは自嘲から出たものではなくて、やれやれといった呆れて肩をすくめるような苦笑だった。
「以上が俺がこの世界で成してきたことだ。気づいてると思うが俺の力は安綺に授けた。直接移すことは出来ないからアクセサリーに力を入れる、という形でだが」
視線は首から提げた銀のネックレスに向けられていた。まさかと思って掌に載せてまじまじと見る。
「――ゴブリンを倒したんだろう? お前が超人的な力を出せたのもネックレスの中に宿った勇者の力が身体能力をブーストさせたからだ。一時的に感情の昂ぶりも抑えられるようになっている。そのネックレスを身に付けてる限り、よっぽどのことがなければ危険はないだろう。逆になくしたり壊したりしたら、お前はただの常人と変わらぬ存在になるから気をつけろよ」
実は邪魔だから後で外してしまおうとこっそりと考えていたのだが思い改める。そんなに重要なアイテムだと思ってもいなかった。この世界にいる限りは肌身離さず持つとしよう。
「まあ、それは何かあった時、つまり護身用だな。今後の目標には何も関わってこない」
「そういえば何の説明もなく連れてこられましたからね。どうして俺を異世界に連れてきたんですか」
「今から説明する。そう慌てるな」
社長は湯呑みの中をゆっくりと喉に流し込み、ミミラに手渡した。
おかわりは必要かどうか尋ねた後、この先は口を挟めないし掃除の続きしてくるわね、とミミラは応接室を出て行った。
扉がバタンと閉まってから数秒後、社長は息を吸い込んで言った。
「異世界の女の子をアイドルとしてプロデュースする!!」
力強く断言。拳をグッと握りしめ、顔を子供のように輝かせる。
そんな社長をたっぷり十秒は眺めた後、
「はあ……」
と気の抜けた返事で返した。
「何言ってるんだこいつって感じだな。でもこれにはきちんと納得のいく説明があるんだ。俺達は今、崖っぷちに立たされている。事務所を立て直すには大きな収益を上げねばならん」
「でももううちには専属はいないんですよ? スカウトしようにもオーディションをしようにも『何あの聞いたことない事務所。怪しくない?』で門前払いなんですから」
「ああそうだ。けどこちらの世界では初めての芸能事務所だ。不審がるやつもいるにはいるだろうが、少なくとも地球で芽を摘むよりは可能性はある」
それもそうだが、この世界にはまず「芸能人」に似た存在があるかどうかも微妙である。そうなるとそれ以前の問題となってくるのだが。
「芸能人とまではいかないものの、有名な曲芸団だったり踊り子だったりはいる。それに憧れる者も少なくない」
「でもアイドルはまた別物でしょう。というかそもそもどうしてアイドルなんですか」
「第一に歌手や俳優、芸人を育成する技術がないからだ。これらはどうしても決定的な力がいるからな。純粋無垢な異世界人といえど、求められるものが力となればまだ地球人の方が良い」
ここでいう力とは歌唱力、演技力といったものだろう。社員が数人、加えて資金もない状態で力を伸ばすための後押しが出来る余裕は全くといっていいほどない。
「じゃあ、手っ取り早くモデルなんかは……?」
「手軽でそこまでお金もかからない。加えて容姿さえ良ければある程度の収益は見込めるだろう。しかし事務所を存続させていくためには長期的な資金運営が必要となってくる。もっとドバッと、継続的に儲かるものでないと駄目だ」
「それがアイドルなんですか?」
「昨今のアイドル事情を見れば一目瞭然だろう」
「確かにモデルなんかよりよっぽど稼げるとは思いますが……今もまだ人気はあるといっても数年前程爆発的な勢いはないですよ?」
「三次元に限っていえばな。では二次元の方はどうだ?」
別次元の話を出されても、と思いつつ考えてみる。
確かに最近の二次元アイドルは調子がいい。この前、某アイドルアニメの劇場版がかなりの売れ行きを記録したのは記憶に新しい。しかも年末には紅白で歌われる程の国民的人気の様相を見せた。別のアイドルアニメもつい最近までやっており、そのスマホアプリも出たはずだ。そちらの作品に至っては派生作品とはいえ十年以上続いている長期コンテンツである。にも関わらず未だ下火になる傾向はない。
「同じく爆発的な人気はないですが継続的な賑わいは見せていますね」
「そうだ。人間ってのは好きなものには羽振りがよくなる。特に男は一度ハマれば長いこと応援してくれる傾向がある。物によってはそうでもないのもあるが、アイドルはその傾向に入るだろう」
しかも、と社長は語調を強くする。
「異世界の美少女と来た。そりゃまあ、異世界からやって来たなんて言えはしないが地球人とは異なる雰囲気に世のアイドルオタクはメロメロだ。一度火が付けば数年は保つ。その間に事務所一つぐらい立て直せるはずだ」
「……アイドルオタクが聞いたら怒りそうな内容ですね。けどそんなに上手く事がいくには思えないんですけど」
「難しい道のりにはなるだろう。しかし元の世界で細々と活動するより、こちらで場慣れさせた美少女アイドルを大々的に世に解き放した方が可能性はあると思わないか?」
「それは、まあ……」
もはや地球では可能性など無いに等しい。半年以内には看板を畳むことになるだろうと、社員は腹を括っていたくらいだ。
「一か八かの賭けだ。安綺。お前はどうする? 乗るか、乗らないか」
「……乗るしかないでしょう。ただ黙って潰れるぐらいなら足掻いてやりたいです」
「見込んだ通りの男だ。安綺には新たな役目を与える。これ、新たな名刺だ」
内ポケットから取り出したのは一枚の名刺だった。両手で受け取り紙面を見る。見慣れない言語で書かれているが、元有芸能事務所異世界支部所属と読める。字面の翻訳機能もネックレスに付いているのかもしれない。
そして、その下にはこう書かれている。
喜瀬安綺プロデューサー。
「お前にはアイドルのスカウトからマネージャーも兼ねた。プロデューサーをやってもらいたい。引き受けてもらえるな?」
「構わないですけど、俺プロデューサーの経験どころか知識もないんですが……」
「まずはスカウト、それからアイドルの管理をしてくれればいい。マネージャーについては以前やったことがあるし大丈夫なはずだ。仕事の引き受けや依頼なんかは俺に任せてくれ。曲や振り付けに付いてもミミラが考えてくれてるし、同時にトレーナーとして手伝ってくれるそうだ。つまり女の子の相手をしてればいいだけだ。難しいことじゃない」
恐らく新貴はこの計画を随分前から練っていたんだろう。じゃないとここまで具体的な事を言えるはずがない。
女の子の相手をする――それが簡単であるわけがない。しかし安綺に出来ることは今はこれぐらいしかないのも確かなのだ。
自分の地位を守るためにも、面倒だがここは立ち上がらねばならない時だろう。
決意を固め、ゆっくりと首を縦に振る。
「分かりました。やってみます」
社長は安綺の覚悟に満足そうに頷いてプロジェクトの始まりを宣言した。
「では始めよう。異世界アイドル物語を!」




