11話「ご挨拶」
「あっさりゴーサインが出たな」
「ミミラさんは俺と同じく最初は反対しましたけどね」
お世話になる取引先へ挨拶に向かう道中、安綺と新貴はアイネがレッスンしている建物へと向かった。
そこでライブが二週間後と一ヶ月後の二回開催される旨を伝えた。
ミミラも新貴と同じように
「二週間後は流石に早すぎないかしら?」
と反対気味だったが当の本人であるアイネは
「構いません! 二週間後に是非お願いします!」
とこれ以上ないほど快活に答えたのだった。
こうも快哉に言われてしまうと無茶なんじゃ、と言うこともできない。
「最初からアイネちゃんに聞いてれば事務所でのやり取りも必要なかったかもな」
「そうですね……」
もはや安綺はげんなりする他なかった。
レッスンルームを出た安綺達は改めて目的地へと進行を開始する。
安綺もレッスンルームや宿泊してる宿屋の周辺ならば地理に詳しくなっていたが、あまり出歩かない地域は未だ慣れていない。なので大人しく新貴に付いて行くような形で歩いていた。
そんな安綺達の横を白い鎧を身につけた騎士が通り抜ける。兜を付けているので顔は見えない。
徘徊する騎士を見かける度に安綺はいちいち顔を向けてしまう。それは甲冑を身にまとった存在への好奇心からなんかではない。異世界来日初日に同じ甲冑を装備した女騎士に警察の取り調べ室みたいに連行された記憶があるからだ。
「あの、社長。騎士が徘徊する姿を時々見かけるんですけど、あれは何なんですか?」
「ん? ああ、正蒼騎士団のことか」
その響きをどこかで聞いたような覚えがあった。あれは確か……アイネがまだ奴隷として売り出されていた時のはずだ。
「そういや安綺は彼等に一回捕まってたな」
「はい。社長の助けがなかったら今頃どうなってたやら……。彼等はこの世界でいう警察みたいなものですか?」
「その通り。異世界の警察と思ってくれたらいい。とはいっても警察以上に仕事は多岐に渡るがな。街を巡回して犯罪を取り締まるのは衛兵、王家や貴族などVIPを守るのが近衛兵、王都周りの魔物を対峙するのが騎兵。とまあ、大きく三つに分けるとこんな感じだな。本当はもっと細かいんだが……。昔はもっとシンプルだったんだけどな。平和になってから日本の警察みたいに複雑な組織になりやがった」
やれやれと言った風な新貴から呆れが見えた。
過去の勇者時代の時は騎士団に何かとお世話になったのだろう。だから昔と違って面倒な構成になった騎士団にある種の感情を抱いているのだと安綺は推測する。
「魔物を退治するのも騎士団の仕事なんですか? 記憶が確かならこの世界にはギルドとか、そこに所属する冒険者みたいなのがあるって聞きました。魔物退治は冒険者の仕事ではないんです?」
気になっていたことを重ねて訊ねる。
「騎士団の仕事はあくまで王都周りの魔物退治だ。郊外が冒険者の領分だな。ちなみに冒険者とか言われてるが、実際は体のいい何でも屋だよあれは。よく素材が足りないから取ってきてなんておつかいのようなことをギルドの依頼に出してる商人が山のようにいる」
「日本製のRPGの悪いところとして挙げられてる点がそのまま再現されてるんですね」
「俺はゲームに関しちゃさっぱりだが……そういった多種多様な依頼があるせいか別に腕利きである必要はない。ふらっと王都に立ち寄った遊び人なんかでも冒険者として登録できる」
「大分緩いんですね」
「まあな。登録さえしちゃえば身分証代わりにもなるし便利なもんだぞ。ただ、同時に王都にいる間は『住人』として認識されるんで犯罪を起こした場合、国外の者でも裁く権利はギルドに登録された国に与えられる。罪人にとっちゃあ迷惑な話だ。普通の人にはメリットしかないけどな」
つまりギルドは市役所兼ハローワークってところだろう。
日本と違い法律に緩いからこそ出来るシステムだ。
「金がない人間にはお金を貸したり、一部の提携してる宿に住まわせてくれたりもする。……と、それで思い出したけど、日本の方のアパートは大丈夫か?」
急に異世界の話から現実的な話に移って安綺は少々戸惑ってしまう。
「え? いや、まあ大丈夫だと思いますけど。あー、でも一週間近く不在だったから大家さんも訝しがってたりするかもしれにかあ……」
「そういったこともあるし、家賃の支払いや税金の振り込み。他にも保険だったり友人関係だったりあっちの世界でやらなきゃいけないこともあるだろ。今日か明日の夜に一度家に帰っとけ」
仮にもここは異世界である。他所の地方への出張や海外なんかとは規模が違う。なのにこんな会社で住み込みで働くぐらいの感覚で帰ったりできるもんなんだろうか。言葉だけを取るとむしろ地方や海外の出張の方が帰るのが大変のように思える。
「戻れるんですか、あっちに」
「来る時だって閉じていた目を開けたらこっちに身を投げ出してただろ。日本にあるうちの会社から安綺の家に行き来するよりも異世界に行き来する方がよっぽど簡単だぞ」
帰ろうと思えば今すぐだって帰れる、なんて新貴は言ってのける。
ここは本当に異なる世界なんだよな? 安綺の知ってる異世界の概念が音を立てて崩れていくのが分かった。
「お、そうこうしてる内に着いたぞ」
気がつけば、平屋の建物にやって来ていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ささ、席について頂戴」
「…………」
安綺は戸惑っていた。
異世界に来てから戸惑うのは何度目だろう。もう数えるのも面倒になってきた。
安綺と新貴の二人を出迎えたのは紫色の髪をした長身の美人と銀色の髪で短いツインテールを作る可愛らしい褐色猫耳少女だった。
踊り子と言われるだけあって物凄い美人だな、と照れて目線を外していた安綺だったが歓迎の一言が彼を困惑に突き落とした。
「ようこそ、いらっしゃいました」
紫色の長身の美人が発した言葉だ。が、雑誌のモデルになりそうな姿形から出てきた声はどう頑張っても男としか思えないものだった。
見た目とはあまりにかけ離れたギャップに安綺は完全に固まった。
しかもそれだけに留まらず、
「綺麗にしたつもりだけど、散らかってる所もあるから気にしないでね」
「おっと、ごめんなさいね。今はちょっと取り込み中なのよ。また後で見てあげるわ」
全て同一人物の台詞である。
つまり彼女……いや、彼は超絶美人のオネエなのだ。
「ねえ、この人固まってるけどどうしたの?」
「おい安綺、先鋒にその反応は失礼じゃないか」
銀色ツインテール褐色猫耳少女と新貴が安綺を覗き込んでくる。
「いいわよ、気にしないで。きっとあたしに驚いてるだけだから。初見の男の人は大体こうなるのよ」
オネエは笑いながら佇まいを直す。
「というわけでこんにちは、新貴さん。そして貴方は初めましてね。あたしは一座の座長を勤めてるウド・バリバールよ」
ウドは横目でツインテールの少女を促す。
「カヤ・グリムっていいます! お兄さんよろしくねー!」
カヤは底なしの明るさを振り回して固まる安綺に顔を近づけた。
幼気な見た目でもよく見れば整った顔をしている彼女を見てようやく安綺の意識が元に戻る。
それと同時に目の前の少女の姿が脳内ハードディスクに残っていることを思い出す。安綺が一度だけ観た踊り子たちのステージ――三人の少女が踊る舞台でセンターにいた少女だ。
安綺が「あ」と言うのと同時にカヤも「あーっ!」と声を上げた。
「私、この人覚えてる! 前に一度見に来てくれた人だ! 奇妙な格好をしてたから覚えてる」
こちらの世界からしてみればスーツは奇妙な格好なのだった。
新貴からは別にスーツじゃなくてもいい、と言われてるがこの姿じゃないと仕事してる気にならないというのが安綺の言い分だった。お陰で市場とかでも妙に目立ってしまっていたりする。
「へえ、それは面白い偶然ね。これも何かの縁ってことね」
うふふ、とウドが笑う。女言葉はともかく、その笑い方は中々素直に受け入れられるものではなかった。
「おい安綺、そんなことより挨拶」
「あ、はい。えっと、元有芸能事務所のマネージャーをしてます喜瀬安綺といいます」
「安綺君ね。良い名前じゃない。よろしくね」
「よろしくね安綺お兄ちゃん!」
「えっと……はは、よろしくお願いします。っと、そうだ」
名乗ってから慌てて名刺を取り出しウドとカヤの二人に手渡す。二人共受け取った名刺を不思議そうに眺めていた。
「俺のことは三人共知っているし紹介は省くな。さて、パパっと本題に入っちまうか。軽く話したけど、二回のライブの席や機材の設置なんかを手伝ってもらう手はずになってる。それ以外にも何かとお世話になるだろう」
「アイドルのライブ?とかいうやつよね。うふふ、あたし達に任せときなさい」
「ありがとうございます」
「礼には及ばないわよ。今は広場を独占してる形になってるけど、したくてしてるわけじゃないもの。幾ら需要があるからって毎日だと流石に飽きるじゃない。観客もあたし達も新しい風を心待ちにしてたのよ」
その新しい風が「アイドル」なのだろうか。
「音楽に乗せて踊るだけじゃなくて言葉を乗せるんだよね? 実際に見てみないとどんなものか想像もつかないけどワクワクするなあ」
カヤは楽しげに鼻歌を歌いながら頭を揺らしていた。それに合わせて頭に生えてる猫耳や背中から見える尻尾が揺れる。感情の表現が豊かな子だなと思った。
「ただ手伝ってもらうだけじゃ申し訳ないんで、もし人手が必要でしたら我々を是非呼んでください」
「その時は厚意に甘えさせていただきますね。あたし達もステージで働くものとして仲間として上手くやっていきたいもの」
「そういうの確かこう言うんだよね。持ちつ持つ……なんだっけ?」
「持ちつ持たれつかな」
「それそれ! ナイスフォローだよ安綺お兄ちゃん」
「いいコンビねあなた達。そうだ、良かったら安綺君、あたし達の一座で体験入団してみない?」
「え゛」
突然の誘いに思わず変な声が出てしまう。
三人が一斉に笑った。
「冗談よ安綺君。真に受けないで」
「それに今はこちらが忙しいから貸し出したくても貸し出せる状況じゃないしな」
「それもそうね。ま、でも気が向いたら声かけてちょうだい。考えておくわ」
こちらは冗談ではなさそうだった。
その後軽く雑談を交え、安綺と新貴は席を立った。
「とりあえず今のところは順調に進んでるな」
「ですね。問題は二週間後のライブです」
「そのとおりだな。果たしてどうなることやら」
帰り道に着く頃には辺りが暗くなっていた。空を見上げると小さな星が幾つも浮かんでいた。
これからの二週間はあっという間だろうな……。
安綺の考えに頷くように、一つの星が輝いた。




