10話「ライブ開催決定」
アイネのレッスンが始まってから数日が経過した。
体が慣れてきたのか初日の頃には考えられなかったほど目に見える成長をアイネは遂げ始めていた。あらかじめ考えてあったという曲の練習も近々開始するそうだ。安綺にとってはいつの間に曲を用意してたんだという話になるが……。
安綺は安綺でどのようなタイミングでタオルの差し入れや水分の補充を促せばいいのか、またレッスンのどの辺りの時間に必要なものを買い出しに行くか、どこにその必要な物が売ってるか――などなど順調にプロデューサーとしてのレベルを上げていた。
このように流れが乗り始めた頃に安綺は新貴からの呼び出しを受けていた。
話を聞くとなんと初のミニライブの敢行が決まったという。その詳細を話すために呼んだらしい。
この先、途轍もない困難が立ちはだかるんじゃないかと疑ってしまうくらいに何もかもが順調に進んでいた。
「安綺です。社長、失礼します」
「おお、安綺か。堅苦しい挨拶はいいから入れ入れ」
企業のトップとは思えぬほどのフランクさで新貴は部屋に安綺を招き入れる。
「ミミラさんから聞きました。ミニライブの開催が決まったんですよね」
「その通りだ。以前スカウトするアイドルの指針を決めるために踊り子の踊りを観に行って貰っただろ? 開催場所はそこだ」
「あの広場ですね」
初めてのライブ会場は周辺の住民にとって憩いの場となっている大きな公園の広場だ。地球ほどイベントが活発ではないが踊り子のステージになったり奇術師の疲労場になったりと簡単な催しが時々開かれている。
地理的にもそこそこ裕福な平民、平民とあまり差異のない貴族達が住まう土地柄だし、王都を真上から見た場合中心に近いということもあって人の多さにも恵まれている。
初めてにしてはかなり好環境な会場であるといえるだろう。
「訪れてる一座がかなり大きな一座らしく、随分先まで独占状態だったらしいんだ。どうにか交渉して入れてもらった。もうちょっと簡単に仕事取れると思ってたんだがなあ」
元勇者曰く、都市の復興が活発化している趨勢が影響して経済やら流通も大きな賑わいを見せているらしい。それに伴い、どこも人手が足らないほど仕事量が増えていた。となると疲れた労働者を癒やす娯楽も需要が出てくる。踊り子達もかつて類を見ない程の多忙さを抱えているそうだ。それが数ヶ月に渡るステージの独占に繋がる。
「この世界は今、日本の高度経済成長期のようなもんだ。魔物達の侵攻によって止まってた成長のツケが回ってきたんだな。これだけ見りゃあ、俺も世界を救った甲斐があるってもんなんだがなあ」
しかし新貴は苦い顔を見せる。
魔物と人間との争いは終わった。だが平和を取り戻した先に待っていたのは人間同士の争いだった。結局、争いは尽きないのだ。
それはこの世界に限らず、地球だって同じだ。
「それでミニライブの開催はいつになるんですか?」
「おう、そうだった。とりあえず取れた日にちは二日。きっかり二週間後と一ヶ月後だ」
「二週間後!? そんなに早く!?」
驚愕で目を丸くする安綺に対し、新貴の表情は変わらない。
「時間がないって以前言っただろ? 早ければ早いほどいい」
「ですけど……! アイネはまだレッスンを始めたばかりですよ!? 基礎訓練すらままならない部分は多いですし、ライブをやるための曲や曲の振り付けを覚えるのだって時間がかかるっていうのは素人の俺でも分かります。一ヶ月後だって早いくらいなのに、それを二週間だなんて無理があります」
安綺の反論を新貴は静かに聞いていた。
「ああ、まったく安綺の言うとおりだな」
「でしたら、二週間後のライブについては……」
「いいや。キャンセルはない。敢行する」
しかし新貴の意志は固い。安綺の反論は彼には全く効いていなかった。
「準備が整ってない状態でライブを強行したところで良い結果が出るなんてハナから考えちゃいない。むしろ盛大に失敗するだろう」
「分かってるのに何故です?」
「今は何より経験が必要だからだ。基礎も身につけて歌詞や振り付けも完璧に覚えていざ本番ってなったとしよう。成功すると思うか? 残念ながらほとんどの確率でノーだ。練習ではどんなに優秀でも、本番では力を出し切れないなんてのはしょっちゅうあることだろ」
「確かにそうです。けど、中途半端な状態で挑むのと、自信をつけて挑むのでは結果が同じでも中身はまるで違います。社長が行おうとしているのは挑戦ではありません」
「ほう、言うなあ。けど失敗することが前提なら失敗しても気が楽だろ?」
「開き直ってるだけですよ、それ。そもそも最初の大仕事でそんな失敗をしたら悪い評判しか……」
「そこだよ、そこ」
新貴は待ってました、と言わんばかりにニヤリと笑った。
「地球だったらお前の言うとおり未来は無いだろう。でもここは異世界だ。これまでに『アイドル』という概念がない異世界だからこそ出来ることがある。こちらの住人はライブが失敗しても失敗したことすら気づかない。こういうものなのだ、と納得してしまう。またその時点で目新しいものだと思ってくれれば好奇心を煽ることに成功したことになる。ここでは失敗=終了ではない。息を潜めて地力を身に着ける必要はないんだ」
安綺はもう少しで納得してしまうところだった。
アイドルに肥えてる日本ならば初っ端の躓きは「なんだこれ。つまらない」で片付いてしまう。興味も何もそこで失せてしまうわけだ。
けど異世界ならばどうだろう。始まった瞬間にアイドルのライブ自体に興味を持つ人も現れるかもしれない。その時点でライブは成功だ。そもそもファンに見せるためのライブではなく、ファンを取得するためのイベントなのだから。
しかしこれらはあくまで外向けの話だ。アイネの気持ちがそこに挟まるとしたら……果たしてどうなる?
「例えそうだとしてもアイネ自身の問題があります。覚悟どころか準備もできてないのに本番って言われたらどうなると思いますか。慌てたり緊張したり、最後には落ち込んだりすると思います。アイドルとして孵化する前に卵でいることを彼女を選んでしまうかもしれません」
安綺の言い分に一瞬困ったような顔を新貴は浮かべた。
「まあ、その部分についてはお前が連れてきた子次第だった。場合によっちゃ一ヶ月後どころか二ヶ月、三ヶ月後って話になってたかもしれない。少ない時間だけどアイネちゃんを見て確信した。彼女なら二週間後でも問題ない」
「いえ、大ありですよ! 失敗した時彼女はどんなに傷つくか……」
「安綺」
声を上げる安綺に向かって制止の一声。名前を呼ばれただけなのに、思わずハッと顔を向けてしまう不思議な力があった。
「仕事における上で一番重要なものは何だと思う?」
「突然何ですか」
「いいから答えろ」
「……コミュニケーション能力、ですか」
「確かにとっても重要だな。これがないと仕事は始まらないし。けど俺はコミュ力を最重要とは思ってない」
「では何だと思ってるんですか?」
「信用だよ」
新貴はこともなげに言ってみせた。
「どんなに上手く相手とコミュニケーションを取れても、そもそも相手と信頼を築けてなきゃ話にならない。信用ない相手に仕事を頼もうとは思わないだろ? それは別会社同士の話だけじゃなく、同じ会社や同じ仕事をしてる相手に対してもそうだ。そこで質問だ。安綺はアイネちゃんのことを信用してるか?」
「そりゃ、勿論」
「じゃあ聞くが彼女の何を信用してる?」
「何をって……」
考えてみるもののいまいち上手い言葉が出てこなかった。
「俺もアイネちゃんのことを信用してる。二週間後、不完全な状態でライブに出ても立ち直り、二回目のライブに向けて練習を重ね、次はきちんと大成功を収めるってな」
「どうしてそこまで信用できるんですか」
「よく考えてみろ。彼女は自分の名前すら忘れるほどの記憶喪失だった。分けもわからぬまま奴隷にさせられた。これほど不幸なのも中々ないだろう。けど彼女は泣き言一つ挙げずに生き残るための努力をした。見知らぬ殿方に買われ、アイドルとかいう訳の分からんものに誘われて、それでも努力を続けようとしている。アイネちゃんの肝胆は見た目に反して物凄く強いぞ。一度や二度の失敗で折れたりするような子じゃない」
そこまで言い終えると新貴は引き締めた顔を緩めた。
「とまあ、これがアイネちゃんの信頼の仔細だ。お前はどう思う?」
「……ずるいですよ社長。そんなことを言われた後に反論なんて出来るわけないじゃないですか」
「つまりお前も俺と同じ考えってことか?」
「ええ。それでも心配なのは心配ですが」
「まあ、仕方あるまい。それに幾ら強いからってダメージを一切受けないわけではないだろうしな」
「……駄目じゃないですか」
新貴をジロッと見つめる。彼はたじろぐようにタハハ、と笑った。
「別に俺はアイネちゃんだけを信じてるわけじゃない。ミミラも信じてるし目の前にいる若者だって信用してる。アイネちゃんを立ち直らすことが出来るのはきっとお前だけだぞ、安綺」
「どうして俺だけなんです?」
「アイネちゃんが一番信用してるのがお前だからだよ」
そのことを新貴が直接アイネから聞いたわけでもあるまい。きっと憶測で物事を言ってるだけだ。事実なら嬉しいが果たして本当にそうなのかは怪しいとこだろう。
「はあ、もう分かりましたよ。ただ二週間後のライブについてはアイネに直接尋ねて下さい。もしNGが出たら無しですからね!」
「流石の俺も本人の意向を無視したりはせんよ。言うが早いか道すがらレッスンルームに寄るか」
「そうして下さい。……ってこれからどこかに赴くんですか?」
新貴は背広を羽織りながら椅子から立ち上がっていた。
「言っておくがお前も一緒に行くんだぞ」
「初耳なんですけど。どこに行くんですか」
「挨拶をしに行くんだよ。ライブ会場でお先に仕事をしている先輩兼当日のお手伝いさん達にな。安綺も役職上顔を見せておいた方がいい」
先輩? お手伝いさん?
安綺は頭にクエスチョンマークを抱えながら事務所を後にしようとする新貴に慌てて付いて行った。




