愛しい横顔
少女には幼い頃から恋い焦がれるものがあった。人とは違う何か。古より書物や昔話などで語り継がれる存在。空想の産物だと揶揄されることもあるそれらに、少女は憧れていた。
普通の人間には見聞きすることも叶わないが、この世で生きている者たちの中に紛れて面白おかしく暮らしているそれらの物語はどれも少女にとっては新鮮で、胸をときめかせるには十分すぎるほどの魅力があった。
だから同級生にどれだけ馬鹿にされようと、そんなものはこの世にいないと否定されても、それらの存在を描いた書物を手放すことはなかった。
たとえその目で見て触れることが出来なくても、きっといるに違いないのだ。
そうでなかったら祖父母が話してくれたような昔話や言い伝えが現代の世まで残っているはずがない。
読書好きでもある少女は様々な物語を読みながら、おそらく生涯見ることもないであろうそれらに想いを馳せる。時が経ち、大人の女性に近づきつつある今でもその純粋な想いが翳ることはなかった。
けれど一つだけ、我儘を言うことが許されるのだとしたら。
「会えたら…お話が出来たらいいのにな。きっと楽しいだろうなぁ」
ほんのりと熱を帯びた少女の小さな声は風に吹かれて消えてしまいそうだった。しかし、その日こぼした呟きを聞いていたものがいた。
奇怪な模様が入った面を付ける和服姿の人のような何かは、じっと少女の横顔を見つめて嘆息をもらす。
日当りのいい少女の部屋の窓からは暖かな日差しが降り注いでいたが、床には少女の影しか映っていない。
『やれ、もどかしいものだな。見えないというのも』
少女は何も気づかない。
何度読み返したか分からないお気に入りの本を閉じ、自分のベッドに寝転んで大きな独り言をつらつらとこぼし始めた。
「物語とか、おじいちゃんやおばあちゃんから聞いた昔話は怖い話も沢山あったけど、皆が皆怖いものばかりじゃないし」
『だが恐ろしいものは多いぞ?お前のような小さく弱い人間が出逢ってしまったら最後、あっという間に食われてしまう』
「…皆は私の事を変な奴だって馬鹿にするけど、自分たちが見聞きできないものは存在しないなんて、それこそ可笑しな話よ」
『けれどそれが人間だ。自分たちが認められないものの存在を、どうして肯定できようか。
お前は本当に馬鹿な奴だ。いずれ居場所を失うぞ』
この娘が我に気付く日など来ないであろうに、何故声をかけてしまうのだろう。
“それ”は自分の声が少女に届かないと知っていても、言葉を発せずにはいられなかった。
少女はあまりにも自分たちに寄り添いすぎている。
見聞きできないものに憧れ、本来生きるべき人としての生から外れてしまうのではないかと思ってしまったのだ。
「―――会いたいなぁ」
『……』
ああ、そんな声で囁かれてしまってはいけない。
熱のこもった眼差しは我の方に向いてなどいないのに、こちらを見てくれないかと望んでしまう。
その愛しい横顔がこちらに向いて、眩しい光のような笑みを浮かべて駆け寄ってくることを、どうせ叶いもしない馬鹿げた妄想を抱いてしまうではないか。
実際見えないし声とか何も聴こえないけど、私たちの日常生活の陰にこっそり潜んでたりするのかなぁ…いたら面白いよなぁ…という思いを文章にまとめてみました。