恋した少女の過ち
朱美視点です。
え?朱美って誰だって?プロローグに登場した女の子です。
私、我妻朱美と織部ラナがであったのは、小学生の時だ。
父親は海外で仕事をしており、母親もキャリアウーマンで深夜おそくまで帰ってこない。
祖母や祖父らに「孫はまだか」といわれるのがわずらわしかったから渋々子供を作った。
子供よりも仕事のほうが大事。そんな両親だった。
家は一切の音がせず、静けさにつつまれていた。
使われていない調理器具などは新品のままで、生活感だってまるでない。
私は自分の家が苦手だった。
それでも私は、両親は自分のことを愛してくれていると信じていた。
自分の子なのだから、かわいいと思っていないはずがないと。
それが裏切られたのは、7歳の誕生日。
その日小学校から帰ってきても、やはり母親はいなかった。
私は、どうしても母親にいてほしかった。私の読んだ絵本では、誕生日はどんなわがままだってきいてもらえる、一年に一度だけの特別な日だとかいてあった。
だから私は思ってしまったのだ。
今日くらい、わがままをいってもいいのではないかと。
母親の職場の電話番号は、家電の横のメモ帳に記されていた。
私は母親に「おめでとう」といってもらえることを期待して、母親の職場に電話をかけた。
「はい、こちら株式会社○○でございます」
「・・・も、もしもし!あがつまあけみです!えっと、お母さんいますか?」
「お、お母様ですか?あの、お母様のお名前は」
「あ、あがつまあけのです!」
「我妻朱乃さんですね?少々おまちください」
保留の音楽を、私はドキドキしながらきいていた。
音楽がとぎれ、私は息をのんだ。
「あの、おかあさん・・・」
「ちょっと、あんた!職場に電話なんてかけてこないでよ」
私の声をさえぎった、実の母親のつめたい言葉に、私はかたまった。
「で?何の用事でかけてきたわけ」
「あ、あの、おかあさん。私、今日、誕生日で・・・」
「はぁ?誕生日?あんたそれだけの為にかけてきたわけ!?仕事の邪魔よ、迷惑!
これからはそんなくだらないことでかけてこないでちょうだい。私はいそがしいのよ」
そういって、電話は切られた。
私はしばし、呆然としていた。
私は期待していたのだ。
「そうだったわね、お誕生日おめでとう、朱美」
そういってもらえることを。そして、
「今日だけでいいから、早く帰ってきて」
と、少しだけわがままをいおうと思っていた。
現実は、こうだ。母親は私の名前すら読んでくれず、誕生日も祝ってくれなかった。それどころか、誕生日であることを忘れていた。
しゃくりあげながら、私は思ったのだ。この家に、私の居場所なんてないのだと。
学校でだって、私は浮いていた。
私は母親と顔をあわすこともなくて、私服だって殆どなかった。幼い私は洗濯機のまわし方も知らなかった。
いつも同じ服を着ていて、うわばきも汚くて、髪もぼさぼさな私は、いつでもひとりぼっちだった。
でも、それはさびしくはあったけれど、図書室で本を読んだりしてすごしていたからつらくはなかった。
でも、それはさびしくはあったけれど、図書室で本を読んだりしてすごしていたからつらくはなかった。
最もつらかったのは、体育の時間だ。
二人組をつくれず、あぶれてしまった私は、余った人とくんだ。クラスは男子のほうがおおかったので、組む相手は決まって男子。
その子はいつもいやそうな顔をかくしもせずにいうのだ。
「せっかくの体育なのに、最悪」
このときのみじめさったらない。
クラス替えで同じクラスになった。
ラナのことは前から知っていた。否、この学校で知らない人はいないだろう。
男子よりも運動神経がよくてかっこよく、頭もよく、それでいて優しい。
同級生からも先生からも大人気だというラナは、私と最もとおいところにいる人だと思った。
「ねぇ、よかったら私とくまない?」
体育の時間のラナのその一言で、私の生活が一変した。
ラナは、私がひとりでいると決まって話しかけてくれた。
皆の輪にいれてくれようともした。私が拒んだんだけど
「せっかくかわいいのに、もったいないよ」って笑いながら、髪をとかしてくれた。
私の家に遊びに来てくれた。
まったくつかっていなかった新品同然の調理器具をつかって、お菓子なんかも一緒に作った。
ラナがいると、静かで生活感のない家が、途端にあたたかくなった。
ラナのことが好きな女子が、私に嫌味をいって来たり、嫌がらせをしてきたこともあった。
私がラナに泣きつくと、「私のせいだね、ごめんね」と謝り、「私が誰と仲良くしていたって関係ないでしょう」とその子たちに怒ってくれた。
ああ、きっとラナにとっても私は特別なんだ。だってこんなに私を大事にしてくれるんだもの。
そう思うと、嫉妬の視線すらここちいいものに感じられた。嫌味や罵声だって、ラナの特別になれなかった負け犬の遠吠えにしかすぎない。そう思うと、優越感から笑いすらこみあげてきた。
中学生になっても、私とラナは一緒だった。
ラナは背がぐっとのびて、より一層かっこよくなって、女子にモテモテだったけど、それでもラナは私と一緒にいた。だって私はラナの特別だもの。
高校も同じところにいった。
ラナは推薦で決まっていたから、同じところにいけるよう必死に勉強した。
ラナの特別にふさわしいように身なりにだって気をつけたし、文句をいわせないように努力した。
それなのにラナは、私と違う女と仲良くなりはじめた。
私は、ラナが他の子と仲良くすることも多少は許してあげていた。束縛がすぎると嫌われるのだと、なにかの本で読んだからだ。だから、私以外の女の子と遊ぶのも許してあげていた。
思えば、それが悪かったのかもしれない。
私の知らないところで、ラナは交友関係を広げていった。
私との会話に、知らない人の名前がでるようになった。
そして、今朝。
私は、とんでもない過ちをおかした。
学校の休み時間、こんな話を耳にしたのだ。
「2組の鈴木さん、織部さんに告白したらしいよ」
「え、織部さんって女の子でしょ!?」
「まぁそうだけど、織部さん、そのへんの男子よりずっとかカッコイイしね」
「で、どうなったって?」
同じクラスの女子が、けらけらと笑いながら噂していたそれに、私は耳をそばだてていた。
「ふられたらしいんだけど」
「そりゃまぁそうだよね」
「ふり方もやっぱりかっこよかったらしいよ」
「へぇ、どんな?」
「『君にはもっといい人がいるはずだ。だって、こんなにもかわいいんだからね』って」
「っかぁ~、キザ!!」
「でも織部さんだと寒くかんじないよねぇ」
ここまでならいつもどおりだった。
私もこの話をきいただけじゃ、あんな行動にはでなかった。
この続きが、問題だった。
「・・・それでもあきらめきれなかったんだって、鈴木さん」
「そうなの?」
クラスメイトは、ニヤリと笑ってこういった。
「思い切って、キスしちゃったんだって」
・・・一瞬、聞き間違えたのかとおもった。
「ま、まじで!?」
「さすがの織部さんも・・・そりゃ怒るよね」
「いんや?織部さん、笑ってゆるしたらしーよ」
「ええー?ってか誰からきいたのチエちゃん」
「ああ、愛から。愛、鈴木さんと仲いいじゃん」
「ってことはまじの話じゃん!織部さん心ひろー」
「大丈夫?我妻さん。顔、まっさおだよ?」
「・・・山田さんって、料理部だよね」
「私?そうだけど・・・」
「昼休み、料理室でやりたいことがあるから・・・鍵、かしてもらえないかな?」
「へ?なにするの?」
そこからは、あまり覚えていない。
けれど、これだけはわかるのだ。
大事な人はもう二度と。
私に微笑んでくれないということが。