投げたのである!
加筆しました。
なっちゃんの館の一回南廊下が綺麗になった冬である。
館に入るたびに、背中がむずむずするような、不思議ななにかを感じていた。作業をとめて振り返ったが、いくら見渡しても、誰もいないのだった。
父上が幽霊屋敷と、私を怖がらせるように話すこともあった。それをたまに思い出しては私の肩がびく、とはね、全身がこわばることもあった。たまに。
けれども視線は弱く些細なものだったからいつしか無視するようになっていた。村のみんなからの嫌な視線と比べれば可愛いものなのだ。館の住人であった幽霊なら、掃除をしてもらって嬉しいのだろう。感謝の熱い視線だ、と私は思うようにしていた。
南廊下の先も掃除しにいくと、正面の玄関だった。大きな階段。手すりにはどれだけの埃が積もっているのだろう。そこから左右にいくつもの扉がある。
広い玄関でやはり汚かった。発見当初の私なら家に逃げ帰っていただろう。しかし、今の私はちがうぞ。新たな敵を目前にして、はやく掃除して綺麗な秘密基地にする! と使命感があるのだ。
そう、全体を見回しながら、口を尖らせていく。歩いてきた南廊下は日当たりのいい場所なのに、暗かったのだ。そして正面玄関はもっと暗い。真っ暗だ。それになぜだか寂しくなった。たびたび、私は館にいると母上を思い出していた。たぶん、館が暗くて黒いからだ。暗いところがあれば、私は吸い込まれるようにみてしまう。
「……、……!」
ふと、気づいた。あの視線を感じていた。いつもどおりだから気にしないが、視線の位置がちがうことに気づいた。視線が後ろからではないことに。また気づいた。
いくつもの扉の中に、一つだけ。真ん中の扉が小さく開いているのだ。まるで入ってこいというように。私の冒険心がくすぶられる。
誰もいない館。幽霊屋敷。開いている扉の隙間からこぼれるあかり。静かな館に私以外の息づかい。そして、部屋の主と目が合う。
「誰だ!」
「きゃっ」
目が合ったとたんに、可愛らしい悲鳴をあげた部屋の主にすかさず私は走る。駆け込もうとしている私から逃げるように、主は悲鳴を上げ、扉をしめようとするが
「逃げるな!」
すかさず、雑巾を投げつけた。扉の隙間に。ひるませて、その間に近づこうとおもったのだ。本の盗賊がよく使っていた技術だ。実際に試してみると難しかった。
「っひ!?」
コントロールが悪かったのか、部屋の主の顔に直撃した。扉をしめさせないのには成功したのだ。私は主の動きが止まったのですぐに部屋に入った。
部屋の明るさに、眩しくて瞬きをくりかえせばすぐに慣れた。部屋にほかに誰かいないかを確認すれば私とうずくまっている部屋の主だけ。
部屋をみてすぐ私は目を奪われた。絵本でみるお姫様の部屋だったのだ。ピンク色のものに、人形に、天蓋付きのベッドに……。廊下とは打って変わり綺麗な部屋だった。埃なんて一切ない。虫なんかもってのほかであった。
魔王の館やダンジョンばかりだったがついに、ついにお姫様の部屋についたのだ。悪い魔王から囚われたお姫様を助けにいくために、数多の試練や苦難を乗り越えたのだ。やっと、やっとお姫様を救出できた気分になっていた。本の世界にいるみたいだ、と感動していた。私の横で泣いている部屋の主を忘れてしまうほど。
そのときのなっちゃんは泣いていた。
今なら言える。本当に悪いことをしました。汚い雑巾を人の顔に投げるのはだめです。ごめんなさい、なっちゃん。