魔王と勇者
風が吹いて、葉が揺れた。ふ、と魔王はなびく髪をおさえ蠱惑的な眼差しで勇者をみた。
「……」
「……」
勇者は黙って夜空を見上げ、内心でためいきをつく。明らかに勇者が魔王を怒らせてしまっているとわかるからだ。
「……」
「……」
魔王からの視線を感じ、勇者はくすりと笑うと、夜空をさす。ゆったりとした口調で、勇者は口を開いた。
「月が綺麗だね。 ……あ。あの星ね、母上が男を魅了する女神ベルガ様の……」
「そんなことはどうでもいいの!」
「そうなの?」
「そうよ!!」
「……そっか」
魔王はドレスを握った手に力を込める。ドレスが横に歪む。勇者は魔王の高価なドレスがしわくちゃになっていくのを驚きながらも眺めていた。魔王はふん、と鼻を鳴らして
「あんた、なんで勇者になってんのよ!」
「いやあ、それはかくかくしかじかであります」
「意味わかんないから!」
「あ、そうだ! お菓子作ってきたよ。 一緒に食べよう? 今、夏だから美味しい食べ物がいっぱいでね……」
勇者が鞄からお菓子の入った包みを取り出した。包みを少し開け、魔王に見えるように中身をだす。
「メルドゥル!」
「っは!」
「すぐにお茶の準備をしてちょうだい」
勇者は配下に命令をする魔王を見て、口元でわずかに微笑んだ。やっぱり、魔王は優しいのだ。