1 それは入学式前のこと
時計を見る。
アナログ式のそれは午前8時12分を指している。
「あと3分」
「えぇー、あと3分!?」
「別にそれでいいだろ。寝癖は直ったんだから」
「駄目だよまだ縛れてないもん」
俺は溜め息をついてそいつが髪の毛のセットをし終わるのを待つ。腰まである長い髪をツインテールにするのはさぞ大変だろうが、肩より長く伸ばしたことの無い俺にはその苦労は分からない。
「俺、先に行っててもいいか」
「待って、あとちょっとで…………出来た!」
時間は今……14分か。
「じゃ、行くか」
「うん」
扉を開け部屋の外に出ると、そいつ……咲珠院夏菜は俺の右隣にきた。
「まだ右目見えないの?」
「見てのとおりだよ、眼帯やってんだから。いったいいつになったら取れるのか」
俺の右目は二日前に起きたちょっとした事件に巻き込まれた際に、傷を負って見えなくなってしまった。
「でもこんな所で事件が起きるなんて珍しいよね。普通の人ならこの学校に来ようと思わないだろうし」
「要するに普通の人じゃなかったんだろ」
ここは人里を少し離れた所にある全寮制の高等学校。正式名は私立架堂学園高等学校。ある条件を満たした人しか入学を許されない。その条件のせいで普通の人はあまり近よりがらない。
因みに今、俺こと茅野雨乃と夏菜は寮から校舎に移動している途中だ。5分と掛からない距離を歩いている。
「いよいよ入学式だね」
「まあ入寮の時からここに入学したようなもんだから、やらんでもいいと思うけどな」
「確かにそうだね。でも、形式的なものだから仕方ないんじゃないのかな」
つくづく学校のそういったものは面倒だと思う。小学生の頃から校長先生の話を真面目に聞いた覚えがない。
「あ、そうそう雨乃ちゃん。雨乃ちゃんは女の子なんだから、自己紹介の時はちゃんと私って言わなきゃ駄目だよ。俺って言ったら絶対男の子だと思われちゃうからね」
「う……。気を、つける……」
そうだ。俺は女なんだ。指定の制服が無いからといって、学ランの様なデザインの白いジャケット、白いズボン、赤色のネクタイを着ていても女なんだ。一人称が俺でも女。貧乳でも女なんだ!!
「雨乃ちゃん何でその服にしたの?何と言うか、その……厨二病患者に見えるよ。一人称俺だし」
「夏菜ぁ、お前俺の幼なじみなんだから家が男ばっかりってこと知ってるだろ。それにこれは兄貴達が勝手に選んだんだよ。俺だって薄々は感じてたよ。厨二病っぽいって」
兄貴達はこれが一番カッコいいとか言ってたけど、やっぱりそうだよな。厨二病っぽいよな……。一人称は小さい頃から俺って言うのが普通だと思ってた。
おっと、色々喋っている内に教室の前に着いたようだ。この学校は生徒数が少ないからどの学年も一クラスしかない。その為、二階建ての一般棟の二階に全クラスがある。というのを入寮した時に聞いたが、まさか本当にそうだとは。さすがに驚いた。
「もうみんな集まってるね。本当に全員で18人しかいないよー」
「これでも多い方らしいけどな。確か三年生は9人だそうだ」
「少なっ!!半分じゃん」
寮は80人まで入れるが、全室埋まったことは無いらしい。過去最高の生徒数は53人だとか。
「みーんなー、おっはよー!!」
夏菜が元気よく挨拶をし、俺も後に続いておはようと挨拶をする。始めが肝心、と言っても既に全員と会っているけどな。入寮の時に。
教室にいるクラスメイト達も口々に挨拶をする。三年間を共にする仲間だからなのか、みんな仲良くしたいとか思っているのだろう。まぁそれは俺の勝手な憶測だけどな。でも男女関係無く集まって喋ったりしているのを見ると、仲良くやっていけそうな気がする。
「夏菜ちゃんおはよー。王子様もおはよー」
夏菜は三日前の入寮の日に全女生徒と友達になったらしく、今のもその一人だろう。茶色の髪をポニーテールにしている、普通に可愛い部類に入る女の子だ。
「ん?王子様って、俺の事か?」
一瞬夏菜に睨まれた気がした。何でだ?
「そうだよー。すっごい王子様みたいだから王子様!!ねぇ、この人もしかして夏菜ちゃんの彼氏?」
何故そうなる。俺は女だぞ。
俺がこの女生徒の言葉を疑問に思っていると、夏菜がため息をついてきた。さっきから何なんだ、こいつ。
「もぅ、一人称は私を使いなさいって言ったでしょ、雨乃ちゃん」
あ……成る程。今俺は男だと思われていたのか。
「あのね、彼氏じゃなくて友達、と言うか親友。幼なじみ。ついでに言えば男じゃなくて女なの。これでも」
「えっ、そうなの!?ごめん、私ったら、早とちりしちゃったみたい。私は黒ヶ崎花恋。よろしくねー」
花恋は笑顔で言った。彼氏が最低五人はいてもおかしくはなさそうだ。
「ああ、俺……じゃない、私、は茅野雨乃だ。よろしくな」
「雨乃ちゃんね、よろしくー。あ、彼氏は五人どころか一人もいないよー」
「えっ……」
こいつ、人の心が読めるのか!?
「うふふー。私ね、男の子より女の子の方が好きなんだー。だから今まで告白してきた男の子は全員振ってるの」
なんだ、そういう事か。じゃあ心が読めるって訳でもないのか。
「花恋ちゃんレズなの!?百合なの!?ていうか雨乃ちゃん何で納得したような顔してるの!?驚かないの!?」
「あ、あー」
確かにこれは驚く所か。この百合発言に。
「うん、そうなのー。だから夏菜ちゃん、抱きしめてもいい?」
「うわぁ何だか身の危険を感じるよって、きゃー」
もう抱きついてるし。こいつそのうちハーレムでも作りそうだ。
「百合キター!!」
「うわっ」
いつの間にか俺の隣に男子生徒がいる。見た目は爽やか系で普通にしていればモテそうなのに、今の発言で台無しだ。おまけにガッツポーズまでしている。
「何だお前」
「ただの百合好きの通行人Dさ」
Dかよ。ってそうでなく。
「誰だって聞いてんだよ」
「スマンスマン。俺は若野零だ。よろしくな、王子」
また王子って呼ばれた。やっぱりそういう感じに見えるのか、この格好。
「俺は茅野雨乃だ。ちなみに王子じゃねぇ」
「あー、また雨乃ちゃん俺って言って」
どうやら花恋から解放されたらしい夏菜がこちらへやってきた。
「?どういう事だ、王子。まさかこの子お前の彼女……」
「ちげーよ。てか俺は王子でもないし、こいつは彼女じゃねぇ。幼なじみだ」
「もぅ、雨乃ちゃん俺じゃなくて私。また男の子だと思われてるじゃん」
……あー。忘れてた。と言うよりすぐ俺になっちゃうんだよな。
「えっ、王子……女なのか。…………いける。これはいけるぞ」
「ああ、一応な」
何がいけるのかは考えないでおこう。危険だ。
「待ってよー夏菜ちゃん。もっとぎゅってしたいのー。雨乃ちゃんも一緒にー」
「俺もかっ!?」
何だ!?俺も夏菜と一緒にこいつに抱きしめられるのか!?
「……」
「……」
静かになった、と思ったら花恋と零が睨み合っている。その周囲にはただならぬ空気が流れている様に感じる。他のクラスメイト達も黙って見ている。
「……ふふっ」
「……ふっ」
がっしりと手を握り合った。
「何でだよ!?」
意味が分からなすぎて思わずつっこんでしまった。
「何だかこの人とは気が合いそうだと思ったのー」
「右に同じくだよ、王子ちゃん」
王子ちゃんって……。兎に角、この二人は危険だ。
俺がそんなことを思ったその時、唐突に教室のドアが開いた。
「貴様ら全員揃っているかあぁ!!」
軍服の様な服装に身を包んだ人物が現れた!
どうする?
→たたかう
たたかう
たたかう
……ってたたかう一択かよ!
その前にこいつ誰だ!?
「よーし、18人全員揃っているな。私は架堂学園生徒会副会長だ。会長閣下より直々に貴様ら一年生を体育館へ連れていくようにとの命令を受けた」
こんなのが副会長なら会長閣下とやらはもっと変人なのだろうか。少し心配になってきたぞ。
「貴様ら、安心しろ。会長閣下は私の様な変人ではない。大変お美しい方だ」
よかった。周りからも安堵のため息が聞こえる。てかこいつ自分が変人だという自覚があるのか。
「では貴様ら、廊下に一列で並べ。名簿順じゃなくていいぞ。面倒だからな」
副会長の言葉、と言うより副会長の存在自体に動揺しながらもみんな廊下に出て一列に並んでゆく。たったの18人かつ名簿順でなくていい為すぐに並ぶ事が出来た。
「では行くぞ」
当然の事だろうが、副会長が先頭で体育館まで歩いて行った。
10分程の距離を歩く間、俺は…………
………………
…………
……