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『うっ……もう、これ以上は……』
『俺も、吐きそう……』
『なんだよ、途中でデカ盛りとか……』
新作屋台メニューのピックアップも兼ねた大食い大会は、中盤に差し掛かり、ガッツリ食べたい人向けのメニューに変わっていく。
その結果、序盤の軽食10品から徐々に満腹感を満たす、こってり系メニューが連続して続くために多くの大食いプレイヤーたちが、半ばで食べる手が止まる。
『おっと、トップを独走していたプレイヤーは、食事の動きが止まった! これからどうするのか!』
一際、体が大きく、勢いよくがっついていたプレイヤーは、水の入ったコップを見つめるように虚ろな目をしていた。
『もう、限界ですか?』
『ま、まだだ! 司会! 運動できる場所を!』
食べたばかりの大食いプレイヤーは、立ち上がり、司会の人に誘導され、ステージ下の空きスペースに誘導される。
『さぁ、リアルの大食いなら食べられない時点でその時点で記録ストップとなりますが、OSOは、ゲームです! なので、運動するなり、スキルを使用して満腹度を消費して再度、大食いのチャレンジできます!』
「そんなのありかよ」
「でも、食べる時間も考えると事実上のリタイアじゃないかしら?」
俺の呟きに、エミリさんがそう答える。
事実、後から味わいながら食べるレティーアは、徐々に差を縮め、その一方で大食い順位の上位が軒並み、運動のためにステージを降りてくる。
各々が武器を持ち、演舞を繰り広げ、時には魔法スキルを併用したりと、色んなパフォーマンスをしながら、満腹度を猛烈に消費している。
「アーツやスキルの連続使用ってことは、【食い溜め】スキルの効果だな」
色取り取りの魔法や激しいスキルの連続使用。
普通なら、すぐにMPが枯渇するような大技を空打ちしていく大食いプレイヤーたち。
彼らは、MPが枯渇状態でも満腹度をMPに変換してスキルを使用することができるのが強みだ。
「でも……中々満腹度を消費できないみたいね」
激しいアーツの演舞や魔法スキルで場を彩るために、観客の視線がそちらの方に向く。
だが、彼らの満腹度は、ゆっくりと消費され、このままのペースだとレティーアに追い抜かれてしまう。
そして――
「レティーア。あれ、絶対に使役MOBを全召喚しているよな」
調教師プレイヤーは、召喚するMOBのコストをMP上限で支払う。
そして、自身のMPの範囲内で召喚可能なMOBをやりくりするのだが、MP上限を超過して召喚する方法の一つとして、満腹度を代わりに消費する、というものがある。
また、使役MOBのスキルの発動もプレイヤーのMPで負担されるために、この場には居ないがどこかでレティーアのために満腹度を消費しているのだろう。
「どこかに待機させて、大食い開始と一緒に、スキルを使い続けているのかも……ねぇ、ライナとアルたちは何か聞いてない?」
エミリさんが隣のライナたちに尋ねれば、困ったような表情で答えてくれる。
「えっと……なんか、ズルっぽいですから黙ってたんですけど……はい。ベルさんと一緒に冒険に出しています」
「あー、だから、あんなに食べ続けられるんだな」
「むしろ、ベルとしては、一日レティーアの使役MOBを自由にできるから互いにメリットがあるのね」
意外と抜け目ないレティーアに苦笑いを浮かべる俺とモフモフ動物好きのベルにもメリットがある行動だと分かり頷くエミリさん。
そんな大食いを見る俺たちだが、段々と満腹度の上限に達し、食べるのが辛くなったプレイヤーがステージを降りて消費し、司会プレイヤーがステージを降りて彼らを解説する。
『彼らは、現在【食い溜め】センスの自己強化スキルでステータスを大幅に上げた状態で演舞をしております。設定的には、激しい新陳代謝により力を発揮する、そのために食べる必要がある、とかなんとか。』
『『『――ウォォォォォォッ!』』』
自己アピールするように大きな声を上げて演舞をする大食いプレイヤーたち。
『彼らは、今の瞬間は一騎当千の猛者と言っても過言ではないでしょう! 蓄えた栄養を熱量に変えて、その動く姿はまさに重戦車! 筋肉エンジン100万馬力で並み居る敵を倒すことができるでしょう!』
そんなカッコイイ解説をする司会だが、最後に、ただし満腹度が高い状態を維持しなきゃ行けないネタ系の自己強化スキルですけど、とボソっと呟き、会場に苦笑が起こる。
そして、改めてステージ上に目を向ければ、トップだったプレイヤーの記録を抜き食べ続けるプレイヤーが二人残る。
一人は、もちろん、俺たちが応援しているレティーアだ。
『おっと、レティーア選手は、外見に似合わず、ドンドンと食べていく! 変わらぬペースで綺麗に完食し、料理の感想を口にするので、屋台店主たちは大喜び! なにより、エルフ耳の可憐な少女が食べる姿に会場は、大興奮! 一部では熱狂的なファンもいるとの情報が入りました!』
『次の料理をお願いします』
『クールに決めているのか! それともただの食いしん坊なのか! とりあえず、注文の18品目の料理が入ります!』
もう一人は、平均より大柄だが、どこか細長い印象の青年プレイヤーだ。
彼は、自前の持ち込んだ調味料を料理に振りかけ、猛烈な勢いで食べている。
『おっと、こちらのオーカス選手も負けず、猛烈な勢いで食べている! 先程から、何かを振りかけているが、それは何でしょうか?』
『はむ、ぐっむ! 自前の調味料! です』
時間が惜しいと言うように、掻き込むように食べるその姿は、まるで食に餓えた地獄の餓鬼のような狂気がある。
「ねぇ、ユンくん。レティーアが食べ続けられる理由は、知っているから納得できるけど、もう一人の選手の方も異常じゃない?」
「だよなぁ。レティーアみたいな調教師かもしれないけど……」
俺は、エミリさんの疑問に同意して、オーカスと呼ばれたプレイヤーの手元の調味料が怪しいと思い視線を集中させる。
【空の目】と【看破】のセンスを組み合わせ、視認した調味料と名乗る粉末の正体を【調薬】センスで理解する。
「あれは――」
「ユンくん、どうしたの?」
「あの調味料ってヤツ。【食人の秘薬】だ」
『『『――【食人の秘薬】?』』』
ライナとアルたちが首を傾げ、俺の方を見る。
エミリさんも知らないことを視線で伝えてくるので、俺は、知らないのも無理はないと思う。
「かなりマイナーな薬なんだよ。飲むと満腹度を消費してステータスをアップさせる。まぁ、【食い溜め】センスの自己強化スキルと似た効果を付与する薬なんだ」
「それって、センスの自己強化スキルとどう違うんですか?」
「違いは、分からない。俺も存在だけは知ってるけど、ネタ要素が強くて一度作ったっきりなんだ。ただ――」
俺が一度言葉を止めると、ライナとアルたちは、ごくりと唾を飲み、こちらを見つめてくる。
「薬の調合比率を変えると、【食い溜め】センスの自己強化スキルよりも速く満腹度を消費するようになる。むしろ、満腹度の消費の方が速すぎて、食べないと死にそうになるんだ」
だから、戦闘では、瞬間的な火力は得られるが継続的な戦闘能力を得られないためにネタアイテムとして断じていたが、まさか大食い大会でこのアイテムを使うなんて……
「なにそれ、ズルい!」
「ズルいって……他の参加者が【食い溜め】センスを持ってたり、レティーアが使役MOBにスキルを使わせて満腹度を減らし続けるのと大差ない」
「うぐっ……そうだけど……」
ライナが抗議の声を上げるが、俺はそれをすっぱりと切り捨てる。
この大食い大会は、人間本来の大食いができる、できないは問題ない。どんなセンスやアイテムを組み合わせて食べるか、が見所である。
一種、多くの食べ物が吸い込まれるように消えていく様は、ファンタジー的な感動すらある。
だが、俺は別のことを心配する。
「あの選手、この大食い大会の後、薬の効果が切れずに餓死しないよなぁ……」
『『『あー』』』
俺の呟きにエミリさんやライナ、アルたちが、それはあるかも、と俺の話を聞いて、納得する。
むしろ、今も猛烈に食べているが、どこか焦っているような表情の大食い選手は、次の瞬間――
「あっ……」
ピタッと動きが止まると共に、受け身を取ることなくバタンと大きな音を立てて倒れる。
『えっ、あっ……?』
ステージ上の司会者の二人は、混乱し、大食い選手の様子を恐る恐る確かめる。
そして――
「し、死んでる……」
正確には、満腹度が0%になり、各種バッドステータスによりHPがゼロになって、倒れたのだろう。
その少し後に、光の粒子となってその選手は消え、多くの観客を混乱の渦に陥れる。
「悪い。俺、少し説明に言ってくる」
「ええ、ユンくん、いってらっしゃい」
俺は、エミリさんたちに見送られ、大食い大会を企画した料理ギルドの運営者に会いに行って、事情を説明する。
こちらとも多少面識がある人物だったために、すぐにテーブル上に残された大食い選手の調味料を確認すれば、予想通り【食人の秘薬】だった。
ざわめく会場では、何故、死に戻りしたのか? 毒でも盛られていたのかなどのひそひそ声が続く中、レティーアだけは黙々と食べ続け、ついにはレティーア一人が最後の30品目目のデザートを完食していた。
『えー、ただいま、こちらが調査したところ、先程のオーカス選手の死に戻りの原因を調査した結果、【食人の秘薬】と呼ばれるアイテムを使用しておりました。その効果は、【満腹度】を消費して、ステータスを上げるアイテムです』
『ですが、その効果が調整されており、満腹度の消費量を極限まで高めており、その結果、満腹度がなくなる飢餓状態での死に戻りだと予想されます。また、当大食い大会のルールには一切接触しないアイテムですが、会場からの消失のために失格扱いとなります』
そんな説明の後、ステージ下で体を動かして、満腹度を消費したプレイヤーたちは、再び食べ始め、時間制限までに20品を超えたが、最終的に全て食べきったのはレティーアだった。
最初に30品目を食べ切ったレティーアは、堂々の一位として賞金を受け取る。
『では、この賞金300万Gはなにに使うのでしょうか?』
『私の使役MOBたちと美味しい料理を食べるために使いたいです』
そう言って、まだ食べるのか、という会場からのツッコミに笑いが起き、途中で起きた微妙な空気も吹き飛ばし、無事に大食い大会を終えることができた。
最後に――
「おーい、ユンさん! こっちですよ!」
「悪い。説明に時間が掛かった」
【食人の秘薬】に関して詳しく説明していたら、レティーアはエミリさんやライナとアルたちと合流し、俺を待っていた。
「それじゃあ、行きましょう。他の美味しい屋台料理を食べに!」
「やっぱり、まだ喰うのか」
そんな微苦笑を浮かべた俺たちは、今度は、レティーアの使役MOBたちを連れ出したベルとも合流し、大所帯になりつつ屋台祭りを楽しんだ。
後日、余談であるが詳しくレシピや効果を説明した【食人の秘薬】は、料理ギルドによって、手軽に大食いになれるアイテム――ではなく、もうちょっと食べたい時の胃薬的な売り方をされた。
そして、主な購入者は、女性プレイヤー。
用途は、多くの種類のデザートなどを食べたい時に使うと聞いた時は、正直感心した。
モンスター・ファクトリー3巻が3月20日に発売し、Web版モンスター・ファクトリー第4章も毎日投稿しております。
是非、そちらもお時間があれば見て頂けたらと思います。









