Sense331
俺たちも流れに乗って異次元の魔女城を駆け上っている。
魔女討伐直後に消えたために城内部の情報が第三階層と第四階層の構造ががらりと変わり、これまでのマップ情報がまるで役に立たなくなっているために完全に手当たり次第にプレイヤーたちが探索している。
「おっ! 残っているユニークアイテム見つけたぞ!」
「馬鹿! 今はそれどころじゃねぇ! 上に登る階段探せ!」
「こっちにあったぞ!」
「うぉぉぉっ、急げ、時間がねぇぞ!」
そんなプレイヤーたちのやり取りを横目で見つつ、残存する敵MOBの中で遠距離攻撃主体の敵MOBが相手にされずに残される中、俺は、歩きながら天井付近を滞空するそれらを移動打ちしていく。
「おー、ユンくん相変わらず命中精度高いよね」
「ありがとうございま、す!」
マギさんに褒められつつも新たに番えた矢を放つと共にまた一体の敵MOBを射抜いてく。
まだ崩壊完了まで50分以上時間があるが、やはり不確定要素はなるべく排除したい。
そして、そんな俺たちの移動とは逆行して第三階層へと降りてくる一団を見つけた。
「あっ、ユンちゃんだ」
「おっ、生産職一団じゃないか! やっぱり、こいつ狙いか?」
「セイ姉ぇ、ミカヅチ」
他にもギルド【ヤオヨロズ】の面々がそれぞれ駆け下りてくる中で俺たちは、一瞬足を止める。
魔女討伐完了と時に、この城の最奥付近にいたのだろう。
そして、今ミカヅチの手には、銀色に内部が光るガラス球が握られており、セイ姉ぇや他のプレイヤーたちも懐やポケットに仕舞い込まれている。
「なんでセイ姉ぇたちは、歩いて脱出しようとしてるんだ? ポータルアクセサリーで脱出できるんじゃないのか?」
崩壊の告知直後のパニックで脱出したプレイヤーと同じように脱出すればいいのに、ここまで降りてきているセイ姉ぇに疑問を投げかける。
それに対して、セイ姉ぇが代わりに応えてくれる。
「最初はそれもできたんだけど、ユニークアイテムの【幻想空間】を手に入れたら魔女の呪いに掛かっちゃって、お城脱出まで転移系のアイテムが使えないのよ」
「それと、このアイテム。手に入れただけじゃ正式に取得されなくて脱出前に死に戻りすると消失するから注意しろよな」
何気に貴重な情報を教えてくれたセイ姉ぇとミカヅチたちは軽く手を上げて脱出のために廊下を駆けていく。
「そっかぁ。そうなると片道10分ってことは往復20分くらいの時間を確保しないと失敗するわね」
再び駆け出しつつ、マギさんがそう呟く。
今の残り時間は、47分。マギさんの計算で考えれば、十分に時間的な余裕がある。
そして、四階層に辿り着きプレイヤーたちの流れに合わせて進む中で、クロードやリーリーにも余裕が出てくる。
「このまま行けば簡単に確保できそうだな」
「そうだね。ちょっと欲を出して取り残されたアイテムでも探す?」
第三階層以降は、俺たちは踏み入れていないのでそこで手に入るアイテムなどには興味がある。
だからちょっとだけなら、という欲を搔きたくなるリーリーにマギさんとクロードが苦笑いを浮かべる中――
「全員、止まれ!」
俺が一歩前に出て、両手を広げてマギさんたちが進むのを止める。
その直前に【看破】のセンスと耳に付ける【直感】のアクセサリーが強く反応した直後、目の前の床が崩落し、数組のプレイヤーが巻き込まれて下の階層に落ちていく。
「っ!? 危な!」
「おーい、落ちた人たち大丈夫か!?」
マギさんが息を呑む一方、俺は穴の淵に近寄り覗きこめば崩壊に巻き込まれつつもしっかりと立ち上がるプレイヤーたちを見た。
「くそっ! 時間ロスした! こっちは大丈夫だ! そっちの様子は!」
崩落に巻き込まれたプレイヤーたちの一人が代表として話しかけてくる中で俺が今の廊下の状況を端的に伝える。
「崩壊で壁や床が抜けて今の通路が進めなくなってる! 俺たちも新しい通路を探して上に向かう!」
「なら、無事にルート開拓してくれよ!」
そう言って、抜け落ちた床から離れる俺は、俺より後方にいるプレイヤーたちに目を向ければ、新しいルートを探すために左右の脇道を探し始める。
第四階層は、元々が往復型のダンジョン構造だったために幻想空間が消えた後でもそこかしこにスイッチがあり、それに連動して壁が動いたりしている。
「僕たちも道を探す?」
「いや、ここは俺がやる」
リーリーが周囲の動きを見て、う回路を探そうと辺りを見回すがそんなリーリーの肩に触れて落ち着かせてから俺が崩落した通路周辺を見回す。
「これなら進むだけなら行けるな――《ゾーン・クレイシールド》!」
視認した複数のターゲットに同一スキルを発動させる【空間】系スキルと土属性の防御魔法を右手の壁に垂直に生み出す。
右手の壁に一定間隔でターゲットを指定することで連続して並ぶ土壁が足場を形成し、崩落した穴の向こう側まで続いている。
「やっぱり、ユンくんは、センスの使い方や閃きが上手いわね」
「えっと……ありがとうございます。マギさん」
マギさんに褒められて少し照れくさくなりながらも土壁の足場を渡り、第五階層に続く階段に向かう。
その後も数組が俺たちの生み出した土壁の足場を渡り、第五階層の階段手前まで辿り着いた後、頭上から降って来た建材が土壁の足場に当たりダメージが蓄積して崩れる。
それでも後に続くプレイヤーたちは、センスやスキルを駆使して崩落した穴を越える方法を模索している。
ある者は、助走を付けて跳躍し、空中を蹴って穴を飛び越え――
ある者は、壁に足を付けて垂直に壁走りを行い――
ある者は、一度崩落した穴に落ちて下からロープを投げて登攀で登り――
ある者は、魔法により俺と同じように足場やスロープを生み出し――
ある者は、長物の武器を使って棒高跳びの要領で飛び越えて、足りない距離を魔法を近距離で爆発させて加速する。
そんなプレイヤーたちの工夫にマギさんやリーリーは感心しつつ階段を駆け上がる。
「今のセンスやスキルの使い方、凄かったわね。もう少し見ていたいわ」
「そうだね! 僕らの持ってるセンスだと同じ事はできないけど、見ていて楽しそうだった!」
「マギ、リーリー。話している時間はないぞ」
第五階層に駆け上がり、ここは直線の太い通路となっている。
注意するのは、崩落により頭上から落ちてくる建材と既に廊下に落ちて行く手を阻む障害物だけだ。
俺は、採取のためのフィールドワークで慣らした動きで障害物の上に素早く登り、身長の低いリーリーの手を挿し伸ばして、引き上げ乗り越える。
マギさんは、採掘用の小さなピッケルを障害物に突き立てて引っ掛けるようにして腕力で攀じ登り、その後から来るクロードは、慣れないためか不格好になりながらも障害物を超えていく。
「くっ、敵MOBがいないがこの障害物は邪魔だな」
「だけど、逆に言えばただそれだけよね。元々いた中ボス的なMOBもいないし」
そう言いつつ長い廊下の障害物を避けつつ進む俺たちだが、不意に【看破】のセンスが反応する。
「――《コンセンサス・レイ》!」
「全員、伏せろ!」
俺は近くにいたリーリーの腕を引き、強引にしゃがませる。
マギさんとクロードの方は、いつかのようにクロードが反応してマギさんの頭を押さえつけるようにして動きを止める。
その直後、俺たちの目の前にある破壊可能なオブジェクトの障害物が一瞬だけ橙色に変わったかと思うと次に赤、白と色を変えて行き、そして、障害物オブジェクトを貫くようにして極太の収束光線が駆け抜ける。
幾つもの障害物を貫通させる収束光線に敵MOBからの攻撃か、と思ったが、その直後に響く明るい声に毒気を抜かれる。
「うーん。記録は、障害物五つ抜きかぁ。これだったら普通に避けて行った方が早いかな?」
「アホか! 近くに人が居たらどないすんねん!」
「と、いうか、魔法を打ち込んだ断面が通れない色になってますね。コハク、冷やしてください」
穴の開いた障害物の奥から聞き覚えのある声が聞こえ、直後、通り抜ける冷風により赤熱した断面が冷やされその向こうからミュウたちが姿を現す。
「ミュウ!」
「あ! ユンお姉ちゃんたちだ! 早くレアアイテム回収して脱出しないと状況がどんどん悪くなるよ!」
それだけ言うと、斥候役であるトウトビを先頭に、ミュウたちのパーティーが収束光線で開けた穴を通って出口へと向かう。
「第四階層は階段降りてすぐ目の前が崩落して大穴があるから注意しろよ!」
「情報ありがとう、ユンお姉ちゃん!」
駆けていくミュウの背中に声を投げかけると一瞬降り返って、手を振ってこたえてくれる。
俺は、その穴を覗き込んでミュウたちを見送りつつ、他のプレイヤーに収束光線の被害がないことに安堵しつつ、今度は反対側の穴を覗き込む。
そちら側にプレイヤーは居らず、障害物に開けられた大穴がダンジョン最奥である第六階層まで一直線に繋がっていた。
「災い転じて福となす。か、行くぞ!」
俺は、ミュウの考えなしの行動に何となく納得いかないなぁ、とモヤッとした気持ちを抱えつつ、第五階層を抜けてダンジョンの最奥に辿り着く。
そこには、ボスとの戦闘部屋らしき広い空間が広がっており、更にその奥、破れた真紅の暗幕がある向こう側に別の部屋があり、そこにプレイヤーたちが次々と入っていく。
「よし、あそこか!」
俺たちがその部屋に飛び込むとずらりと並んだガラス球の球が並んでおり、その棚には、プレートが掛けられている。
その内容は、【幻想空間】のガラス球に対する警告だ。
いわく、持ち出せるのは一人一個まで。また一度触れたら異次元の魔女の呪いが降り掛かり、空間移動が制限されること。
他にも、【幻想空間】のガラス球は、持ち出しても魔女の領域を脱出するまでは正式に所持できないという内容だ。
大体が、既に断片的に入って来る情報であるために、特に驚くことはない。
そして、目に着く情報は、棚にある幻想空間の性能だ。
「ねぇ、ユンくん、鉱石が取れるのは、どれかしら?」
「ユンっち、僕が欲しい。海は?」
「これはまだ『空』の幻想空間らしいです。入手後に必要な素材を投入して自分好みの空間を作っていくみたいです」
俺は、警告文のプレートの一部に掛かれた幻想空間のガラス球の概要をマギさんとリーリーに説明する。
『――残り時間、40分。異次元の魔女城の崩壊が第二フェイズに移行します』
流れるインフォメーションに多くのプレイヤーが手当たり次第に近くの幻想空間のガラス球を手に取る中、俺たちは、内心焦りつつ『空』の幻想空間のガラス球を手に取る。
その直後、背後から抱き締めるように体を包み込む紫色の靄のような女性――魔女の呪いを受け、転移などの制限を受けてしまった。
だがそれは元々覚悟していたことで、俺たちは、そのまま踵を返し、異次元の魔女城からの脱出のために元来た道を戻り始める。









