Sense328
異次元の魔女の城の中でマギさんたちと合流した俺たちは、そのまま城の中から出る。
その頃には、陽は落ちており空は暗くなっており、城の前の平原では、料理センス持ちのプレイヤーたちによる炊き出しが行われている。
「それじゃあ、イベント五日目お疲れ様!」
「お疲れ様!」
「この調子だと明日に異次元の魔女のカウントがゼロになるかな」
夕飯を取りながらマギさんの音頭に合わせてリーリーも元気よく答える。
そんな中俺は、背後に聳える城の上部を見上げれば、異次元の魔女の残り討伐数のカウントとして『83』と表示されている。
「そうだな。その後は、イベント終了の7日目までこのダンジョンが存続し続け、異次元の魔女とも戦えるのか、それともそれでイベント終了か。それによっては急いで素材を集めなければならないからな」
クロードも見上げてから深い溜息を吐き出す。
「だが、俺が収集できたのは、複数のミスリル金属を使ったミシンやオリハルコンの縫い針。これでは普通に性能と強度の高いミシンと高い革を縫い合わせられるくらいしかメリットがない。どこかに俺に適した生産素材はないものか」
はぁ、と再び深い溜息を吐き出すクロードは、そんな傷心の心を癒すためにパートナーの幸運猫のクツシタの肉球を片手でぷにぷにしつつ、顎下やお腹の下を軽くもふもふしている。
「うーん。僕の見た範囲だと、いないかなぁ。でも、植物園に蜂がいたからあの辺に昆虫系のMOBが要るんじゃない?」
「そうね。蜘蛛型のMOBや芋虫型のMOBとか居たらドロップするかもね」
そう言って、ロの字型にダンジョン区画を探索するように勧めるリーリーとマギさんに対して、俺はふと採取したばかりのアイテムを取り出す。
「俺の見つけた物の中で使えるアイテムあるかな?」
「おっ!? ユンくん、何か見つけたの?」
「はい。隠し部屋というか、隠し区画ですけど」
俺が苦笑いを浮かべつつ、手に入れたアイテムを取り出していく。
その中でマギさんは、イシルディン金属で作られた祭礼剣、リーリーは、今日手に入れた苗木と同じ素材の魔法杖。クロードは幻想の機織り機と霞綿花、その他染料として使える植物を手に取る。
「これを、どこで見つけた?」
「えっと、地下の薬草畑の隠し区画かな?」
俺は、マギさんたちの真剣な表情にちょっと困ったような笑みを浮かべながら答える。
最初は、噴水の把手を引いたところから始まり、滑り落ちた先の水路、その先に繋がる薬草畑について。
また、その地下の水路では、ダンジョンの各所にある水場にパイプで水を供給していたり、行き止まりの独立した三つのエリアにもそれぞれ侵入口が存在することを伝えた。
「そっかぁ。砦の行き止まりに採掘ポイントがなかったから素通りしたけど、そこから侵入できたのね」
「ふむ。調理場の水をそこから供給していたのか。そして、入り口を開くには暖炉の中の把手を引くのか、食堂や調理場では、銀の皿やナイフ、フォークなどを重点的に持ち帰っていたから暖炉は見落としてた」
「ボクも井戸の底がそうなってるとは思わなかったよ。でも、あのエリアは、蟲型のMOBが多いから探索難しいからどの辺にあるのか見当が付かないよ」
そう言って、それぞれ見つけられる可能性があったのだが、結局見つけられず、少しだけ悔しそうにしていた。
「だが、一方通行でも安全な行き方が分かれば問題ないだろう。後で俺も【魔女の技術書】とやらを取りに行くか。砦の壁材の金属や使用人部屋のミシンや針みたいに時間経過で復活してるだろう」
俺が持ち出した本は今クロードに貸して、パラパラと中を流し読みしている。
クロードも俺と同じ【言語学】のセンスを持っているのでOSOでは数少ない本コレクターの一人である。
「ユンくん、それで隠し区画について情報はどうする? 公開する」
「それは積極的に公開しますよ。地下の薬草畑が広いし、再生するのも早いですから俺一人で調べてたら絶対に植物の見落としがありますよ。と言うか、もう知り合いに情報纏めて送りました」
「ユンっち、仕事が早いね」
既に、メッセージに隠しエリアである地下の薬草畑に関して、ギルド【ヤオヨロズ】のミカヅチやタクやミュウ、他の何組かの知り合いや生産職仲間に伝えてある。
その逆に、俺の方にも俺たちが足を踏み入れていない第三層以降のマッピング地図や今日発見された隠しエリアについての情報が送り返されてきた。
行くつもりはないが、こういう情報は攻略本みたいで見ていてワクワクする。
寝る前に【魔女の技術書】と合わせて読もうと思っている。
「ふむ。魔女とは、高度な複数の生産分野を習得した生産者の印象を受けるな……ん?」
速読でページを捲るクロードは、本の後半部分に差し掛かり、怪訝そうな声を上げる。
俺も本の内容が気になるためにクロードの横に並び本を覗き見る。
「何かあったのか?」
「前半は、ポーションや消耗品関係で後半部分は、その他の生産技術が書かれているが、最後の所が袋とじになっているんだ」
そう言って、本を縦にして袋とじのページをクロードは覗き込んでいる。
袋とじのページにも文字や図が書かれているのか、真剣な表情で見ようとするが、袋とじのために暗くて見辛いためにクロードの表情が険しくなる。
「なんだか、クロードが袋とじを必死で読もうとしているのを見ると、いかがわしい物を見ている気分にさせられるわ」
「クロっち、男の子だね!」
「いや、リーリーも男の子だろ! ってそんなに気になるなら開けばいいだろ」
俺は、クロードの手から本を取り上げ、マギさんの作ってくれた包丁を袋とじのページの折れ目に当てる。
研いで鋭さを保った包丁は、スッと僅かな力で折れ目に沿って切り裂き、袋とじのページが開かれる。
そのページに書かれていた内容に俺もクロードも怪訝そうに眉を顰める。
「ユンっち、なにか書いてあったの?」
「うーん? 幻想空間について?」
今までは、どんなアイテムを作るための技術や手法、素材などが掛れていたレシピ本だったのに、いきなり袋とじのページではファンタジーな内容が書かれていた。
「ねぇ、ユンくん、それってどんなこと書いてるの?」
「えっと……『他の空間を模倣したものを張り付け、維持する技法』って書かれてますね」
疑似的な太陽や天候、植生や地質などを限定的に生み出す幻想空間の説明は、作り方というより、考え方などのフレーバーテキストに近い。
空間の圧縮により本来の空間の大きさを100分の1に圧縮して再現したり、時間の流れを外部と連動させたり、変化させることも可能だとか、ファンタジーの設定としては面白い。
そして、その幻想空間がふんだんに使われている城を見上げる。
「お城の中に森林や平原があるのはそういうことなのかな? それに広いように見えて実は有限だし」
リーリーが言う通り、異次元の魔女城は、内部に異空間が広がっているように見えて実は、決まった範囲のエリアがループしていたりする。
それも広大なオープンフィールドを模倣したものを100分の1に圧縮して異次元の城の部屋に再現しているのかもしれない。
「そうなると、城内部のエリアの殆どが幻想空間だな」
クロードの言う通り、異次元の魔女の城は、エリアの変化の殆どが幻想空間によるものだろう。
そう考えると、ファンタジーだからと納得していたがこうした不思議な現象にこういう理由付けの裏設定が用意されているのが面白い。
「そうなると、第一階層や第二階層の広めのエリアとかは、圧縮されているものよね。そうなると第三階層以降のエリアはどうなのかしら?」
「城の外観構造と内部構造を比較すると、第三階層と第四階層の直線廊下が異常に長いし戦闘も多い。部分的に縮尺を変化させていると僕は思うな」
「そもそも出現する敵MOB自体が幻想空間に用意されたものだとするなら、俺たちが倒した敵は、全部幻かもな」
マギさんやリーリー、クロードが夕食を囲みながらそんなOSOの設定について面白おかしく語る様子を微笑みながらふと、袋とじのページの最後の方に幻想空間の技法の更なる展望について書かれていた。
「――『携帯性を高めるために固定された空間に再現するのではなく、ガラスや水晶玉などを利用した幻想空間の作製を目指す。技術的な問題点としてガラスや水晶玉に封じ込める空間の範囲の制限、空間の模倣が困難なために空間切り取りによる環境再現方法、自己成長機能の作製』――これって」
空間の模倣の困難と空間切り取りの単語に、異次元の魔女がこの町に攻め込んだ理由は、第一の町を切り取るためだったのか、という想像を搔き立てられる。
だが、俺の呟きにマギさんやクロード、リーリーたちは、別のところに反応する。
「これって幻想空間が個人所有できる可能性があってことよね」
「うーん。僕は、個人フィールド所有権で平原フィールドを持ってるからもし手に入るなら次は孤島とかのフィールドが楽しそうだなぁ」
「ダンジョンのどこかにあるってことだな。だが、どこだ。プレイヤーのほとんどが隠しエリアなどを見つけているだろ。見落としはないだろ」
クロードたちにも俺に送られてきたダンジョン第三層以降のマップや隠しエリアの情報を受け取っているらしく顔を突き合わせて悩んでいる中で、俺は何でもないように答える。
「なぁ、調べていない場所が残っているじゃないか」
「調べていない場所? だけど、そんな場所は残っていないはずよ」
現に、検証マニアと呼ばれるプレイヤーたちによって城の内部から外観に至るまで様々な索敵、発見系のセンスを駆使して調べられているが、見落としは少ないだろう。
俺が今日見つけた地下の薬草畑の侵入方法も調べるエリアの優先順位が低かったから見つかっていないだけで、俺が見つけずとも明日あたりには検証マニアのプレイヤーによって発見されていただろう。
だが、そんなのは関係なくどんなプレイヤーでも唯一調べられない場所がある。
「ボス戦後の異次元の魔女と戦った後の部屋って誰も調べられないよな。あるとしたらそこじゃないか?」
全てのプレイヤーが例外なく戦闘終了後にダンジョンの外に転移させられるために部屋を調べたという話は聞かない。
そんな俺のなんでもないような指摘にクロードたちが目を見開き、思案気な表情を作る。
つまり、あのカウントがゼロになった後で初めていける可能性があるのか
「その可能性があるんじゃない?」
まぁ、実際に、この考えに至ったプレイヤーがどれだけいるだろうか分からない。
推測というより願望に近い考えに、そんな物が本当にあればいいよね、くらいの軽い気持ちの俺は、その後ゆるりとパートナーのリゥイとザクロたちと過ごして眠りに着く。
こうして、五日目が終わり、怒涛の六日目が始まる。









