Sense325
「レバーと竪穴?」
壁にはレバーが取り付けられており、部屋の真ん中には、滑車が天井に取り付けられ、その下に大きな丸い竪穴が空いていた。
【空の目】の暗視性能で穴の底を見れば、ちゃんと底があるのは確認できた。
「ふむ。滑車による上げ下ろし。エレベーターと言ったところか」
「まぁ、あっても不思議じゃないかな?」
滑車の周りをぐりぐりと歩きまわる俺は、その不壊オブジェクトのエレベーターを見回す。
縦長の立体構造の城壁の異次元をスムーズに上下に移動するための滑車エレベーターだろうと当たりを付ける。
遅れてやって来るマギさんとリーリーは、罠を解体回収してホクホク顔でこの部屋にやってきて滑車エレベーターに目を輝かせる。
「見て見てユンくん! イシルディン金属の塊が沢山集まったよ! なにこの装置! この装置も回収できる!?」
「残念だけど、出来そうにありませんよ」
「このくらいの滑車エレベーターなら、僕も作れそう。とりあえず参考にスクショでも撮っておこう」
「とりあえず、動かしてみるぞ」
マギさんとリーリーが揃ったところでクロードが壁にあるレバーを引く。
すると滑車エレベーターからガコンという音と共に鎖が巻き上げられ、リフトが迫り上って来る。
再びレバーを動かすか、リフトの中央にある踏みボタンを押せば、再び動いて滑車エレベーターが動くようだ。
俺たち全員が乗っても安定性のありそうな滑車エレベーターに乗り、ボタンを踏んで降りていく。
降りていく速度と小さくなる真上の穴の大きさからこの城壁の異次元の最下層付近まで一気に降りると予想する。
そして、停止したエレベーターを降り、目の前の扉を開けば――
『GYAOOOOOOOOOO――』
バタンと勢いよく閉め、辺りに静寂が広がる。
「うん。ボスは止めよう。ボス狙いじゃないんだから」
異次元の魔女城の各次元にどうやら中ボス的なMOBが配置されている様だ。
今開けた扉には、頭が五つある多頭竜のようなボスが鎮座していた。
紫色の体に目が退化し、口がワームのような内向きの歯が生えているなど、大よそ一般的な多頭竜とはかけ離れていたが。
「俺たちは、別にボスを倒しに来たわけじゃないしここで引き返して別の部屋を探すか」
「そうね。それじゃあ、全員乗って、踏みボタン押すから」
マギさんが俺たちに声掛けするが、【看破】や【罠解除】系のセンスなどを持つ俺とリーリーは、このエレベーターの死角に気が付く。
「マギっちちょっと待って。一度降りてレバーでエレベーターを上げてくれる?」
「えっ? そうしたらエレベーター上がっちゃうでしょ?」
「それで良いんですよ。エレベーターの下を確認するために」
そこまで言えば、マギさんもこちらの意図に気付き、全員が降りてエレベーターのレバーを引く。
再び音を立てて競り上がるエレベーターのリフトの下には、人が数人入り込めそうなスペースがあり、俺とリーリーが先行して入り込んでいく。
「リーリー、ユン。無茶はするなよ」
「了解だよ。クロっち」
「すぐ戻る」
エレベーターの穴の少し脇には横穴が広がっており、小柄なリーリーがするりと入り込み、俺も体を屈めて後を追う。
そして、その先には小さな小部屋と宝箱が置かれていた。
だが、その中身は既に空っぽで俺とリーリーは溜息を吐き出す。
「やっぱり、こういう場所って分かりやすいんだろうね」
「そうだな。まぁ時間が経てば、復活するかもしれないけど、今は諦めようか」
互いに隠し宝箱に落胆し、そのことをマギさんとクロードに説明し、滑車エレベーターに昇っていく。
ただ、宝箱がなかった腹いせと言う訳ではないが、空の宝箱や滑車エレベーターの機構が回収できなかったので、代わりに上層の扉を分解して回収した。
回収した扉は、全部鉄の扉だったが、その扉を止める蝶番がアダマンタイト製であり、地味に高価であった。
その他、いくつかの小部屋に入り込み、その中に蓄えられていた武器やポーション類を根こそぎ回収した。
帰り道にマギさんが幾つか壊したイシルディン金属の防壁を掘り返した跡を見たが、あれは、あの場所限定で不壊効果が適用されていなかったので、そう言う採取・採掘エリアのような扱いかもしれない。
「この城壁の異空間は金属が多いな。次は、裁縫系の素材がある場所に行きたいものだ」
「なら、僕は、木工系だよ!」
「俺は、調合系かな。けど、ポーションじゃなくてやっぱり栽培できる種とかが欲しいけど、優先度高くなくていいかな」
そう言って、城壁の異空間の探索もそこそこに霧のアーチを潜り再び、噴水のある中央に戻り、今度は、隣の霧のアーチを潜る。
再び長い廊下に出る。ロの字型になった廊下には赤いカーペットが敷かれ、窓には庭園を映し、片側に延々と続く部屋の扉。
そこは、城壁の異次元とは違い、小奇麗な城内の少し奥まった場所のようだ。
具体的には使用人たちの部屋だろう。少し扉が質素な作りになっている。
こちらの扉は、不壊オブジェクトであり、早速解体しようとしたマギさんは落胆している。
そして、この異次元では、廊下を巡回する執事風のマーダー・バトラーとメイド風のマッドネス・メイドという人型のMOBが襲ってくる。
マーダー・バトラーは侵入者を歪んだ笑顔で大ナタ持って追い掛け、マッドネス・メイドは大挟をジョキジョキと音を鳴らしながら迫って来る。
「ひぃぃぃっ! 無理! ああいうタイプは無理だから!」
「仕方がない。小部屋を利用して回避しながら進むか」
長い廊下に面する小部屋を緊急回避場所として部屋を探索しながら進む。
時には使用人が隠し持っていた年代物風のステータスアップのビンテージワインを見つけたり、おつまみのためのチーズやハムなどの食べ物を見つけた。
他にも入り込んだ部屋には、使用人用の食堂や仕立て部屋などがあった。
「中々にいい収穫だな。オリハルコン製の縫い針、ミスリル合金の足踏みミシン、くくくっ、道具としては最高だな」
「他にも食堂には、ミスリルの食器やナイフとかも色々よ! あと、クロード、そのオリハルコンの針を私にも分けてよ。金属の研究に使いたいから!」
「だが断る! この強度なら硬い革にも針を通しても耐えるんだ! 多くは渡さんぞ!」
クロードとマギさんにとってのお宝が次々と入手できたことで二人は非常にウハウハな状態だが、一向にお目当てのアイテムが見つからない俺とリーリーは少しダレ始める。
「ユンっち、全然欲しい素材ないねぇ」
「そうだな。植物園や庭園の異次元なら目当ての生産素材とか見つかるかもな」
そんな感じで俺とリーリーは、マギさんとクロードのアイテム配分で揉めている様子を眺めている。
正直、イシルディン金属は辛うじて俺の【彫金】センスでも扱えるレベルだが、オリハルコンの縫い針なんて渡されても金属の量が少ないし、加工する技術もないために貰っても困ると辞退する。
と、その時、ズン、ズンと廊下に重低音が響き、空籠のイヤリングが俺だけに聞こえる音を発する。
マギさんとクロードは、配分の交渉を中断して黙り、俺とリーリーがそっと扉から廊下を覗き込む。
そこにいたのは、マーダー・バトラーとマッドネス・メイドなどの人型MOBが粘土のように捏ね合わされた肉の塊のボスMOB――サーヴァント・ミックスマンだ。
表面に薄らと見える人の輪郭は、白磁のように艶やかでのっぺりとしているが、その口々から奇怪な声が漏れ聞こえており、跳ねるようにして廊下を移動し、重低音を響かせる。
「ひっ!?」
ゾゾゾッと鳥肌が立ち、扉の前から一歩引く。
ちょうど肉塊のボスMOBがロの字型の廊下の先で小部屋からプレイヤーが出てきたのを見つけたらしく、その巨体を回転させ、一気に加速してプレイヤーたちに襲い掛かっていく。
「「「こっちくんなぁぁぁっ!」」」
「「…………」」
目の前を高速で通り過ぎる加速する肉塊と追われるプレイヤーたち。
悲鳴を上げながら逃げるプレイヤーたちとそれを耳にして沈黙する俺とリーリー。
「ととと、とりあえず、今の内に帰ろう!」
「うん。そうしよう!」
俺たちがこの異次元に入り込んだ時には、いなかったが、リポップでもしたのだろう。
あんなボスMOBに付き合わされるのは御免だと思い、マギさんたちも速やかにアイテムを回収して、入って来た時と同じ霧のアーチに飛び込み、噴水のところまで戻って来る。
「はぁ、もう疲れたぁ。今日は帰ろう」
「そうだな。明日、俺とリーリーが欲しいアイテムが見つかれば良いなぁ」
そう言って、もう二度とあの部屋のところにはいかない、と誓った俺たちは、一度、異次元の魔女城を出る。去り際に、噴水が気になったのでもう一度振り返るが、特に何もなかった。
ダンジョンから出た俺たちは、振り返り見上げれば、ボス討伐の残りカウント数は『248』となっており、これからはよりそのカウント消費が加速するはずだ。
このままのペースで行けば、イベントの中にはカウントをゼロにすることができそうだった。









