Sense324
攻城戦の後片付けも終えて、雪崩れ込むプレイヤーたちの勢いも少しだけ落ち着いた頃、俺は、マギさんとクロード、リーリー。それにそれぞれのパートナーである使役MOBたちも連れて【異次元の魔女城】の第一階層と第二階層に偵察に来ていた。
「ここがエントランスだ。とりあえず真っ直ぐ進めば第二階層に続くが、第一階層の部屋を調べるだけにするか」
普通に通路へと繋がる扉が正面にある他に左右に四つずつの同程度の扉がある。
既に第一階層の敵MOBはプレイヤーたちのマンパワーで狩り尽くされ、リスポーンしても単体で、しかも初心者プレイヤーが倒せる程度だとそれほど旨味もない。
「とりあえず、調べてみるか――って、熱っ!?」
近くの扉に手を掛けて押し開けると中から熱風が噴き出し、思わず飛び退く。
俺に尻尾を巻き付けてフードに入り込んでいたザクロも、熱風に驚きの余りフードから転げ落ちそうになるのを後ろに立つマギさんがキャッチしてくれた。
「な、なんだ。この部屋!?」
俺は改めて覚悟を決め手から扉を押し開けるとそこに広がるのは、果ての無い砂漠だった。
「異次元の魔女とはよく言ったものだな。魔女の城の中に色んなタイプのフィールドが完備されている。訓練にちょうどいいじゃないか」
「でも、砂漠には、僕の欲しい木工系の素材ってあるかなぁ」
点在するサボテンや枯草がある砂と岩の大地、そして燦燦と輝く太陽と青い空が広がっており、丁度リスポーンしたワーム系のMOBが空中に投げ出されるように出現すると、砂の中に潜り、地中を潜行してどこかに消える。
俺は、部屋の扉をそっと閉じて振り返る。
「まさか、どの部屋も似たような感じか?」
「その通りだ。全8パターンのフィールドがあって一見果てはないが、部屋の端には見えない壁があるぞ。まぁ、初心者向けのフィールドになれるための階層だな」
「面白そうだよね! ボク、後でジャングルの密林フィールドの部屋に寄りたいんだけどいいかな?」
そう言うリーリーの言葉に俺は頷くが、表情が引き攣る。
一応、自分の目で全部の部屋を確かめようと次々に扉を開ければ――
――吹雪が激しく吹き荒ぶ天候と曇天の空、そして深く積もった雪の極寒フィールド
――大地の切れ目から噴き出す加熱性ガスが引火し火を噴き、大地を流れる溶岩と固まってできた足場の溶岩フィールド
――木々が生い茂り、それの生育を支える突発的な激しい雷雨が周期的に襲ってくる密林フィールド
――ゴツゴツとした足場と寒さ、何より空気の薄さと息苦しさを感じ、足場を滑らせれば下まで一気に落ちそうな山脈フィールド
――薄暗く、そして肌に纏わりつくような湿気に満たされた洞窟の中に広がる薄ぼんやりと様々な色に輝く地底湖フィールド
――ぬかるむ地面と薄く広がる水源、そして沼地が混在し移動を妨げるであろう湿地フィールド
砂漠を合わせた全部で七つの部屋の入り口から確認したが、その過酷な環境や面倒臭さに渋い表情を作る。
「ここで素材採取できるのかな?」
「うーん。できるんじゃない? 私は、砂漠と溶岩、山脈の三つのフィールドを探索してみたいな。それぞれ別種の鉱石が出そうだし」
「まぁ、それも最後のフィールドを見てから決めればいいだろう」
クロードに促され、ニコニコと俺とマギさんの反応を確かめるリーリーに、緊張しながらも扉に手を掛けて一気に開く。
今度はどんな危険な環境なのか、と覚悟した俺たちの目の前に広がっていたのは――
「ほっ、平原かぁ、それに花畑もある」
「うわぁっ、素敵ね」
俺は安堵の吐息を漏らし、マギさんも花畑の点在する平原に感嘆の声を上げる。
頻繁に目にする第一の町周辺の平原は緑一色だが、この場で見える平原は、微妙に四方で大地の色や植生が違う。
まるで四季の植物によって区切られたような平原で俺たちの目を楽しませる。
「ああ、イベント中じゃなければ、こんな場所でのんびりしたかったなぁ」
「くくくっ、だがまだダンジョンは上に伸びているぞ。全六階層のダンジョンの隅々まで素材とアイテムを回収しようではないか」
それにこの第一階層内なら敵MOBも弱くソロでも探索できそうなので、一通りの部屋を確認した後、第二階層の階段を上る。
階段の上に存在する濃霧の門に一瞬気圧されるが、それを何でもないように潜るクロードとリーリーの後を追って俺とマギさんも潜り抜ければその先には――
「うわ……建物内部に庭園とか城の中どうなってるんだ?」
目の前には、四つ首を持つ竜が口を開いて水を吐き出し続ける噴水があり、その周囲には、茨で作られたアーチがあり、その内側には、濃霧が存在していた。
ここも入り口の濃霧と同じ別の空間との境界面かもしれない。
あの先にあるのは、応接間か、食堂か、従業員室か……
「俺たちは、この付近まで調べた。あの左奥の霧のアーチの先には、ダンスホールがあり、その先に第三階層への階段が伸びている。その他の部屋も独立した小規模ダンジョンっぽくなってるぞ」
クロードが手に入れたランプもあの先で手に入れたみたいだ。
「それじゃあ、今度は、右側から順番に探そうか」
「そうだね! 何があるかな?」
マギさんとリーリーがワクワクしながら、右奥のアーチの方へと歩いていく中で、ふと視界の端に何かが反応した気がして振り向く。
「……どうした、ユン?」
「いや、その何かに見られたような気がしたんだが」
今この場は、噴水を中心にセーフティーエリアとして活用されている。だから、そのプレイヤーたちの誰がが見ていた可能性があるんだが……
「おーい、ユンくん、クロード。どうしたの?」
「すみません。今行きます!」
どうも気になる。だが、先に行ったマギさんとリーリーが待っているので、俺はその後を追う。
だけど、とりあえずまた同じような反応を見落とさないために今度は【空籠のイヤリング】を装備して【直感】の追加効果も合わせよう。
他にも、運良くダンジョン内でアイテムも見つかるかもしれないし。
「さて、右奥のアーチは――長い廊下? それに窓に上下の階段ってなに?」
マギさんが驚きから前後を見回すが、後ろには、霧のアーチがあり、上層と下層に伸びる階段があり、その奥を覗き込むと城壁を守っていた種類の敵MOBが巡回しており、すぐに部屋の中に身を隠す。
「石材の感じからしてウォール・ゴーレムを倒した時に使った石に似てるよね」
「ってことは、城壁内部とか砦? でも、攻城戦の時に壊したよな」
「まぁ、そういう風に見える異空間の城壁とでも思っておけばいいだろう。もはや何も不思議に思うまい」
腕を組むクロードに言われて、まぁ、確かにと思ってしまう。
「それじゃあ、僕とユンっちで罠とかないか調べつつ、アイテム探していこう!」
「そうだな。いくか」
通路は意外と広いために全員が二列に並び、更にそれぞれの使役MOBが並んで歩いても戦闘ができるほどの広さがある。
そして、素早く階段を上っていけば、上の方では他のプレイヤーたちが戦闘しており、そちらに敵MOBが集まって楽に進める。
その反面、嫌がらせ程度の罠の方に時間が取られることになる。
「リーリー。目の前の足場に糸が張られている」
「これは切れないし、切断能力が低いから鳴子とか、ワイヤートラップかな。ちょっと外してみるね」
リーリーは、壁の一部から浮き上がっている石材にナイフを差し込んで外し、その石材の奥に隠された罠を解除した。
「はい。罠を無効化したから大丈夫だよ」
「ねぇ、リーリーその罠の跡を見せて」
マギさんがリーリーに退いてもらい、石材を外した穴の中を覗き込めば、早速見分を始め、驚きの声を上げる。
「これ石材を表面に張り付けているだけで中に総金属の防壁が入っているわ! それも私の知らない合金よ! これは絶対に回収して、解析して新しい合金レシピを手に入れるのよ!」
「マギっちにとっての当たりかな。あとユンっちも。僕やクロっちは、まだ良さそうな素材がないね」
「まぁ、焦ることはないし、とりあえず進むか」
ただ、マギさんは早速、黒鉄製のピッケルを取り出し、城壁の壁を崩しその奥の防壁の金属を引き剥がし始める。
それなりの強度のある黒鉄製のピッケルを使い潰す勢いで防壁の破壊を敢行するマギさんに、リーリーが周囲を警戒する。
このままでは先に進みそうにないので、マギさんとリーリーを置いて、俺とクロードが進み、城壁内部の小部屋の前まで進む。
「あの部屋が怪しいな。扉が他より頑丈だ」
「確かに見張り以外の敵は居なさそうだな。でもどうするんだ?」
「そんな物一撃で倒すだけだ――《グラビティ・ホール》《フィアー・プレッシャー》!」
クロードが杖を掲げて、目の前で気の抜けた表情のオークタイプの敵MOBに杖を向ければ、その足元から黒い穴が開き、ズブズブと沈んでいく。
その様子は、俺の《マッドプール》のような泥沼のような感じだが、ただいるだけでジワジワとダメージを受ける小規模な重力沼だ。
それに対して味方を呼ぶために大きく口を開けたオークだが途中で体をビクッと硬直させて黙り、そのまま重力沼に深く沈んでいく。
その際、重力沼からは、肉や骨を引き潰すようなバリバリという音に俺は、ザクロとクロードから逃げて来たクツシタを抱えて、ガクブルと震えていた。
「な、何なんだよぉ。その魔法!」
「【闇魔法才能】の上位のセンスに当たる【暗黒魔法才能】のセンスだ。状態異常に優れた【混乱】の上位状態異常【恐怖】だ。あれでしばらく攻撃も魔法も移動も封じる。便利な組み合わせだ」
「何そのえげつないコンボ」
確実に当てたい攻撃や時間経過によるスリップダメージ系と状態異常系の魔法を組み合わせれば、安定してダメージが見込めるが、いいなぁ、という気持ちよりもその攻撃が自分たちの方に向かないことを祈るのだった。
そして、重力沼に沈むオークは途中で【恐怖】の状態異常が【混乱】にランクが下がり暴れ出そうとするが、クロードが次の状態異常魔法の準備をしている間にも、毒などのスリップダメージや俺の弓矢による攻撃で反撃されることなく倒れてくれた。
「さて、お宝を拝見するか」
見張りは居るが鍵の掛かっていない扉を押し開けたクロード。
そして、その後についていく俺が見た物は――









