Sense317
「……家、壊れた」
俺は、どよーん、とした空気を背負いながら、その後合流した知り合いのプレイヤーたちに告げる。
この場には、マギさんやミュウ、タク、セイ姉ぇにミカヅチたちが揃っていた。
「はいはーい! ユンお姉ちゃんは私たちと一緒に寝ればいいよ! リゥイをモフモフさせて!」
「ユン。俺たちのパーティーに入るか? 今なら、目の前の城の攻略に参加出来るぞ」
「それより、ユンの嬢ちゃん。うちに来ないか? 今なら採れたて食材がたっぷりあるぞ」
ミュウ、タク、ミカヅチが口々に俺を誘ってくるが……
「なんでミュウと一緒に寝るんだよ。てか、リゥイは貸し出さないぞ。それに、タクのペースでイベント攻略なんて心臓に悪すぎて嫌だ。最後に、採れたてって言うか、すぐ近くの戦場で倒した敵MOBのドロップだろ。それに疲れているのに飯を作らせるな」
飯は飯屋。料理系ギルドの人たちに頼んでくれ、と溜息を吐きながら言い、マギさんに目を向ける。
「前線は、もうコリゴリなのでマギさん。よろしくお願いします」
初日は、城壁の上から敵集団を魔弓センスで撃ち落とし、今日は、午前中には敵の集団の中に突撃して引っ掻き回し、午後は城壁上のサポートに回ろうと思ったら戦闘に巻き込まれて、自分で引き起こした爆発による被害で【アトリエール】が損壊。
しばらく……正確には、イベントが終わるまでどこかに引き籠りたい。
「了解っと。それじゃあユンくんは、どこで休む?」
「とりあえず、装備の耐久度がちょっと減っているので、クロードのお店で休ませて貰います」
クロードの【コムネスティー喫茶洋服店】なら、スペースも広く調理場もあるために、【アトリエール】から持ち出した簡易的な調合設備で生産することもできる。
「確かに、装備を一度直す必要があるんだけど……」
そう言って言葉を濁すマギさんは、すっと少し離れたところへと目を向けると、そこにはクロードがいた。
だが、いつものような覇気はなく、たった半日のうちに何があった!?
「クロード、どうしたんですか。なんか様子が変ですよ」
「いや、初日からぶっ通しで生産やらサポート。徹夜で作戦会議でしょ? 今の今まで起きていたけど、ねぇ」
「くくくっ、システム的な強制的な休息を回避するためにギリギリの睡眠時間で仮眠したのだがな」
「脳波とか、心拍数とか色々危ないんでしょ。大人しく寝なさい」
フラフラしているクロードを窘めるマギさんだが、それを聞かずに不敵な笑みを浮かべるクロード。
「まだ寝るわけにはいかん。今日で様々な強化素材がドロップしたんだぞ! それらを強化せずに寝られるか……そう言えば、ユンもナイト・ゴーンドと戦ったのだな! ならば、そのドロップを渡せぇ!」
「はいはい。分かったよ。それはコムネスティーに着いてからな」
俺は、そう言ってミュウたちと別れ、マギさんとクロードと共に【コムネスティー喫茶洋服店】へと向かう。
途中、睡眠不足の影響かフラフラになるクロードを支えて、クロードの店に辿り着き、ソファーのある応接室まで辿り着く。
「さぁ、すぐに服を脱げ! ドロップを渡すんだぁぁ――」
フラフラのまま、凄い剣幕でアイテムを要求するクロードだが、俺はクロードの顔目掛けて、封を開けたポーション瓶の中身を掛ける。
軽い水音と共に、勢いは失速し、そのままソファーに倒れ込む。
「……ユンくん、まさか殺っちゃった?」
「物騒なこと言わないでください。ただの【睡眠薬】のポーションですよ」
【眠り】の状態異常を誘発するポーションを使用して、俺はクロードを黙らせる。
こんな状態の人間に特殊なMOBであるナイト・ゴーンドからのドロップアイテムを預ける気にもなれず、強制的に休ませる。それに途中で誤解を与えるような台詞も口走っていたために、一度寝て正気に戻って貰わないといけない。
「全く、手が掛かるよ。それにこのままだと寝苦しそうだな」
俺は、ソファーで寝ているクロードの眼鏡を外し、胸元を緩める。
規則正しい寝息を立てるクロードをマギさんと一緒に見下ろす。
「まぁ、これでいいだろ。マギさんは、どうします?」
「私は、明日の準備をするからこれからリーリーと合流よ」
「明日の準備?」
「魔女の城には、城壁もあるでしょ? その攻略よ」
今日の大規模なナイト・ゴーンドの召喚で平原に広がっていた敵MOBの集団は壊滅した。だが、まだ城壁への逃げ込んだ敵MOBが籠城しているために、その攻略をしなければいけない。
「何か手伝えることはないですか?」
「うーん。ないかな? 攻城戦の準備には、リーリーがメインで私の鍛冶系センスでサポートする感じだからね。それより、ユンくん働き過ぎだからちゃんと休むんだよ」
そう言って、マギさんは、ひらひらと手を振りながら、【コムネスティー喫茶洋服店】から出ていく。
「さて、俺は何しよう。って、休めって言われたんだった」
マギさんの言葉を思い出して、ポーション作りや料理などは、頭から追い出し、別のことを考えるが……
「リゥイとザクロのブラッシングやアイテム整理かな?」
今日の活躍したザクロを労って、丁寧に尻尾をブラッシングしてやる必要があるだろうし、手に入れたアイテムを眺めるだけでも結構楽しめる。それを想像するだけでも顔が少しニヤけてしまう。
「さて、そう思ったら元気になってき……た」
ちょうど俺が背伸びをした時、薄暗かった客間に明かりが点き、【コムネスティー喫茶洋服店】の裏口から人が来ているのに気が付いた。
ケーキナイフを構えているラテムさんに、銀のお盆を振りかぶっているカリアンさん、そして、クッキー生地などを伸ばすのに使う木製の麺棒を構えるフィオルさんの【コムネスティー喫茶洋服店】の喫茶店部門を担っている三人だ。
互いに姿が判明すると緊張を解き、構えを解く。
「ユンさんですか。何をやってるんですか」
「そうですよ。薄暗い部屋で変な笑いを浮かべて不審者だと思いましたよ」
ラテムさんとカリアンさんが言葉をぶつけて来た。多分、正面から出ていったマギさんとタッチの差で入れ替わったのだろう。
俺は、背伸びした腕を下ろし、一人で暗がりで笑っていたことには触れずに、何事もなかったかのように答える。
「うちのお店が壊れたから寝床を少し借りようかと思ったんだよ。それで眠気でフラフラのクロードを連れて、そのソファーに寝かせたところなんだよ」
俺は、簡潔に状況を説明すると、ソファーで寝息を立てているクロードを見つける。
「また、クロードさん無茶したのね。けど、一人で居て怪しかったわよ」
フィオルさんに言われて、まぁ怪しかったのは認めるが……
「その……すみません」
「別にいいって。クロードさんの面倒見てくれてありがとね。それじゃあ、起きた時に食べられるように食事でも作り始めますか」
「あっ、俺も夕飯を作るの手伝うか?」
「厨房は、私の城だから立ち入り禁止よ」
「わかった。……それじゃあ、俺がみんなのお茶を――『『それは私たちの領分だから』』――あ、はい」
フィオルさんには、厨房へと立ち入りを断られ、お茶の用意はラテムさんとカリアンさんの仕事と何もさせて貰えない。
俺は大人しくソファーに座って休んでいるように言われたのだが、何もしないのは逆にキツイ。
あれ、ヤバいなぁ。何もしなくていい。って言われると逆に落ち着かないな。
仕方がないから、リゥイとザクロのブラッシングをしつつ、今回のナイトゴーンドの襲撃によるドロップを確認していく。
交戦したナイトゴーンド二体分のドロップを手に入れたが、その内容は――【次元魔の根源核の残滓(遠投)】と【次元魔の根源核の残滓(直感)】の二つだ。
俺が手に入れたアイテムは、両方とも強化素材らしいが、その効果がそれぞれ違うようだ。
具体的には、倒したナイトゴーンドたちがそれぞれ固有に持っていた能力が強化素材としてなっていると思われる。
俺と対峙していたナイトゴーンドが語った内容と一致する点があるので多分そうなるのだろう。
そして、強化素材の段階で装備に付与できる追加効果の説明が見れる。
一個目の【遠投】は、射撃・投擲系の攻撃に補正と貫通能力強化という性能があるらしく、二個目の【直感】は、パッシブ系の追加効果で隠れているものなどが自然と感じることができるらしい。
【遠投】の強化素材の方は、【黒乙女の長弓】の強化に使ってもいいが、二個目の【直感】の強化素材は、扱いに困る。
「センスで【看破】があるから要らないんじゃないか?」
俺の浅い考えかもしれないが、【直感】の追加効果より俺のセンス構成に適したた強化素材があるのではないか、と悩む。
リゥイとザクロ。ついでにクロードのクツシタもブラッシングが終わるまでの時間延々と悩み続けたが、結論は出ずに、夕飯の時間にフィオルさんに呼ばれる。
その際、クロードはまだ目を覚まさず、ソファーで寝息を立てたままだ。
ただ胸元を緩め、規則正しい寝息を立てるクロードの色気を見て、黙っていれば完全にいい男なのに、とちょっと残念な気持ちになりながら、夕飯の準備ができた喫茶店の方に向かう。









