Sense316
Only Sense Onlineの8巻が1月20日発売です。よろしくお願いします。
城壁の内部に反響する微細な爆発の揺れを俺は感じていた。
しばらくして、城壁内部の爆発が終わったのか、揺れが収まるもしばらく放心状態で動けない。
唯一、長い城壁内部の階段から転がり落ちた衝撃を全て吸収してくれたザクロの尻尾のモフモフ感を感じながら、ゆったりと頬擦りする。
「なんとか、勝てた。と言うか、何か、色々と滅茶苦茶にした気がする」
そう呟くのは、自分が引き起こした惨状だ。
攻城戦用の可燃性アイテムや投石用の岩の保管された部屋で爆発を起こしたのだ。ナイト・ゴーンド一体を倒す代償として、その中身が完全に駄目になってしまっただろうことに溜息を吐く。
他にも、ナイト・ゴーンドに投げたものに対して、僅かばかりの罪悪感を覚える。
「はぁ、食べ物を粗末にしちまったな。次からは、インゴットをすり潰した金属粉末を利用した方がよかったな。【積層炭】あたりで代用できるかな」
きっと、ミュウやタクが俺の呟きを聞いていたら、平然と次の粉塵爆発を引き起こす算段を付けるとか怖い、とか言いそうだが、気にしない。
あの空間で何が起きたのか、簡単に説明するならば、小麦粉による粉塵爆発だ。
粉塵爆発、と多くの人が思い浮かべるのが、工場などの大規模火災などを思い浮かべる人が多いだろうが、意外と身近で引き起こされるものである。
普通に家庭で料理している時には、工場での火災のようなリスクは起らないが、それでも平気で火事になるリスクもある。
【料理】センスでの料理の失敗の要因の中にもちゃんと、生焼け、炭化、粉塵爆発という失敗方法がある。まぁ、前者二つに比べれば発生方法は稀だけど。
それに【鍛冶】や【細工】系のセンスでも、起こそうと思えば、金属粉末を利用して似たようなことも可能だったりするが、まぁ置いておく。
そうした、小規模の粉塵爆発を利用した後に、大きな入り口を《クレイシールド》の土壁を塞ぐことで内部では不完全燃焼によるガスが溜まる。
最後には、採光用の小さな窓から僅かな酸素が流入することによってガスと酸素が混ざり合い、発生する大爆発――バックドラフト現象によって、鉛すら溶かす火の海へと室内が変化し、大爆発も引き起こされた。と俺は分析している。
まぁ、長々と一人で考察しているが、ぶっちゃけると――現実逃避な訳だ。
「自分が引きこした結果を見るのが、怖ぇぇっ」
そう呟くも、倒れた体を起こして、ザクロを召喚石へと戻して、一人城壁の外へと移動する。
既に各所に散ったナイト・ゴーンドたちが討伐され始めたようだ。
特に俺の目を疑ったのは、城壁内部に強襲したナイト・ゴーンドが料理人プレイヤーに寄ってボッコボコにされているのを見た。
「てめぇ! よくも今夜の仕込みを台無しにくてくれたな! タダで済むと思うなよ!」「悪魔が食えりゃ、三枚に下ろして、骨の髄まで煮込んで全身食べてやるのにな! 残念だ!」
「俺たちだって、戦闘職支えるために必死なんだよ! ああ、クソ! 食材が足りねぇ! 手が空いてる奴らは、残ったオーク狩りに行って、肉取って来い!」
非常に逞しい【料理】系の生産職たちを横目に俺は自分の引き起こした惨状を見上げる。
城壁の一部が内側から爆発し、周囲には、石材や中に置かれた岩が飛び散り、町中では建物の天井に突き刺さったりしており、フィールドでは石材や岩が点在している。
また、その穴の開いた城壁の崩壊は、城壁上部の一部にまで達しており、現在は、木の板を置いて、崩落した城壁上部を繋いでいる。
また、崩落した部分へと溶けて固まった鉛の鈍い輝きに目を細める。
「これ、怪我人とか居ないよな」
内心、ガクブルと震えながら見上げていると、城壁の上部に無事な姿のタクとミカヅチの姿を見つけ、相手もこちらを見つけて手を振って来るが、俺は自分の起こした現象の後ろめたさから表情が引き攣るのを感じた。
そして、繋がるタクとのフレンド通信だ。
『ユン、無事だったんだな!』
「ああ、何とか……」
『ユンが一体のナイト・ゴーンドを引き付けてくれなかったらちょっと厳しかったけど、ユンの方の個体は結局どうなったんだ? 俺たちの方ではドロップが確認できたんだが。それと、下の爆発は……』
「タク、その、落ち着いて聞いて欲しい」
段々と罪悪感が大きくなってこのまま知らないふりで過ごすことができそうにないために、タクに全部ぶちまける。
下の保管室を丸々爆発させて、ナイト・ゴーンドを撃破したこと。
その代償として、町や城壁に大きなダメージを与えてしまったことが挙げられる。
プレイヤーへの被害だけではなく、町へのダメージなどはイベント終了後にはフィードバックされることが告知されていた。
そのために、それらへの不安が大きくなる。
『そうか、分かった。ちょっと、ミカヅチが話に加わるようだ』
『よう、嬢ちゃん。派手にやったようだな』
途中、フレンド通信に参加してきたミカヅチが声を変えて来たが、既に涙目になり掛けて、内心震えている俺は、心に余裕がない。
「俺、もしかしたらトンデモない失敗したかも。どうしよう」
『落ち着け。誰も嬢ちゃんの責任じゃないって。そもそも、ナイト・ゴーンドを完璧な形で撃退できなかったのは、私たちの責任だ。そもそもナイト・ゴーンドの召喚を阻止できれば良かったのにそれが出来なかった』
「けど、町にダメージがフィードバックされるし、プレイヤーに石材とかが当たれば……」
『そんなもん、自己防衛できないプレイヤーの責任だ。そして、ナイト・ゴーンドを嬢ちゃんたち生産職へと向けてしまった私たちの責任だ。文句言う奴がいるなら【ヤオヨロズ】が守ってやる』
ミカヅチのその言葉に心強さを感じ、別の意味で泣きそうになる。だが、次の台詞で涙も引っ込む。
『まぁ、一発だけなら誤射かもしれないだろ!』
「……ミカヅチ」
俺が弓使いだから、その台詞は地味に笑えないんだよな。と苦い表情になる。
俺の声にミカヅチとタクは、空気が変わったことを実感し、別の話題に切り変えてくる。
『そもそも、イベントに参加している時点でそうしたリスクに同意したのも同じだ。それに気にしなくて良い。そもそも嬢ちゃんは、別のことを気にした方がいい』
「それって、どういうことだ?」
ミカヅチの言葉に不穏な雰囲気を感じ、続くタクの言葉に耳を傾ける。
『城壁から飛び出した岩の一部が、【アトリエール】の方に向ってたぞ』
「はぁ!? ちょっと、確かめてくる!」
タクの言葉を聞くと同時に走り出す。
人通りの多い大通りを抜けて、南側の大通りに面した【アトリエール】を見上げれば――
「ああ、俺の【アトリエール】が」
ドアが小さな石材が当たって半分突き刺さっており、天井には、投石用の岩が降って来たのか、店内まで貫通して岩が落ちてきている。
そして、壁を突き破って、店内へと入り込んだらしい二個目の岩は転がるようにして商品サンプルを設置する棚へと衝突して倒している。
余りの惨状。これが自分の引き起こした行動の罰なのか、と膝から崩れ落ちそうになる。
「きゅっ! きゅっ!」
「…………」
いつの間にか、勝手に召喚してきたリゥイとザクロが俺の手を舐めるようにして慰めてくれる。
「ああ、俺たちの大事な【アトリエール】……。何が無事が確かめよう」
俺は、岩や石などをインベントリに収納して、無事な場所を調べていく。
小さいお店であるために調査はすぐに終わったが、【アトリエール】で被害を受けたのは店舗部だけだった。
生産の中心である工房部や生産を支える畑は、運良く被害を受けていない。
俺は、すぐに、店内を片付けて、穴の開いた壁や扉の前に大きな布を張る。
そうやって【アトリエール】を隠すと、まるで工事中の様相になる。
「ああ、【アトリエール】。イベントが終わったら、修繕。ううん、増築しよう。今よりもうちょっとだけ店舗を大きくしような」
リゥイとザクロを撫でて心を癒すも、一方では、今晩からどこで休もうか。という考えが過る。
ここ二日ほどは【アトリエール】内で寝泊まりしていたのだが、ゆっくり休める場所を考えるが、思いつかない。
俺は、細かな話を相談するために、一度知り合いの誰かと合流することを選ぶ。
家庭で起きるレベルの粉塵爆発+可燃性物質の燃焼+バックドラフトが爆発の正体でした。
昔PS2ソフト『桜坂消防隊』という消防士が火災物件の火事を消化しつつ、連続火災事件の真相を追っていくというアドベンチャーゲームがありました。
その中で、火の気が弱まっている部屋へと迂闊に入ろうとすると、バックドラフトで一気に部屋が燃え上がるというシステムは、当時印象深かったです。









