Sense3
朝の八時。美羽がそわそわとしながら朝食のトーストを食べている。
「なあ、そんなに落ち着かなくても朝の十一時には始まるんだろ?」
「うん。だから、早いお昼御飯お願い。ぶっ続けでやるから」
「駄目だ。ちゃんと十二時に飯を食うぞ。そして、ゲームはそんなに長時間やるな」
俺の苦言にも妹はぶーぶー、文句を言う。あのな、食事の準備、掃除、洗濯。夏場の俺の仕事をお前は手伝っていないだろ。と言おうと思ったが、それでムキになって手伝われて片づけに手間取れば目も当てられない。
「分かったよ。じゃあ、簡単にチャーハンな」
「わーい、お兄ちゃんありがとう」
全く子供なんだから。と呟く。そのあと俺は掃除、洗濯をしてチャーハンを作る。あっ、今日の夕飯は暑いからソーメンでいいか。美羽も早く食べられるし。と献立を考える。
そして十一時。俺は、VRギアを付けて、ベッドに寝っ転がる。催眠誘導が即座に始まる。感覚的には体は寝ているのに頭は冴えている感じだ。それから視界が広がり、風景が見える。
『名前をどうぞ』
機械的な女性の声に促されるままに、目の前に現れた半透明なキーボードをたたく。
VRのなれない中でも自分の名前【SYUN (シュン)】を打ち込む。そして、チュートリアルの選択が出るが、俺は操作以外は攻略サイトで事前に情報を得ている。必要ならば、静姉ぇや美羽に聞けばいい。
そして開ける光景。周囲には溢れ返る人。たくさんの人がログインしたようだ。そして俺は初めてのVRの世界に降り立ったわけだけど、体感がおかしい。まあ、VR特有の違和感だと思いたいだけど、そして素の髪の毛が肩まで伸びている。おかしい。短い髪なのに、これでは気にしてる中性的な顔から女に見られてしまうではないか。
いや、もう、薄々気が付いているさ。
そう考えている時、ぽーん、と高い音が聞こえる。
「チャット、オープン」
『あっ、お兄ちゃん。繋がっている?』
「ああ、どこにいる?」
『人が多くて分かんないから、お姉ちゃんと北の大聖堂前で待ち合わせしよう』
「わかったすぐ行く」
そうして、俺はすぐにその場を移動した。人ごみは嫌いだし、何より、なぜか周囲が俺を見てくる。
たどりついた大聖堂前は、多少の人が待ち合わせしているようだ。
美羽を探す。
『ねえ、お兄ちゃん。もう着いた?』
「ああ、着いたが。どこだ?」
『聖堂前の像の下。白い髪だよ』
探して見つけた。確かに白だ。その隣には、水色の髪に魔法職の人らしいローブの人がいる。
若干垂れ目に眼の下に泣きホクロのある美女は配色の違いはあれど、見知った人物だ。
その人たちに声をかける。
「美羽であっているか?」
「えっ、ハイ。ミュウです。がどちら様ですか?」
「俺だよ、お前の兄だよ」
「えっと? 峻ちゃん? お姉ちゃん、しばらく会わなかったから分からなかったよ。いつの間に女の子になっちゃったの?」
「いや、お姉ちゃん、違うから!? これそういう問題じゃないから! なんで、お兄ちゃんがお姉ちゃんになっているの!」
「いや、考えたくないんだが、カメラで撮影した姿をそのまま修正なしでキャラにした時、身体補正が掛かったのかもしれん。女性的な方向で」
考えたくなかった。胸はないが体が全体的な丸みを帯びている。そして、俺の声は、若干ハスキーボイスなのだ。巧に脅された内容もこの声で女性のマネをした時の黒歴史だ。あれが俺と特定されたらもう首を括るしかない。
「うーん。可愛くなっちゃったね。峻ちゃん、いや、今はユンちゃんかな?」
はい?
「だって、名前の所がユンになっているよ」
「えっと、あっ、本当だ。ユンお姉ちゃん?」
SYUNと打ってたはずだが、VRの操作の不慣れで打ち損じたようだ。最初のSが抜けてYUN--ユンと名前が決定してしまっている。
「おい、もう、このキャラ消すぞ!」
「まあまあ、このゲームって基本。ネカマができないんだから良い体験だと思おうよ。ユンお姉ちゃん」
「お姉ちゃん権限でそれ消したら、黒歴史さらすよ」
うわっ、静姉ぇ。いや、今はセイ姉ぇが本気だ。セイ姉ぇが本気の時は、後が怖いのだ。そう、結構しつこい。別のオンラインゲームをやっている時、セイ姉ぇの友人にPKしようとしたプレイヤーに、きっちりとお灸を据えたらしい。
「分かった。まあ、ロールとかはしないし適当にやるよ。それで、二人はもうセンスは獲得したの?」
「うん。初期のセンスを獲得すると、同時に初期武器も貰えるからね」
「じゃあ、俺もセンスを取るか」
俺は、少し二人に待ってもらってセンスを取得する。
「ねえ、ユンお姉ちゃんは、どんなセンス構成?」
「うん? 俺の構成は、弓、鷹の目、魔法才能、魔力、錬金、付加、調教、合成、調合、生産の心得だぞ」
なんか、ミュウが口をぽかんとあけている。そしてセイ姉ぇは困ったような顔をしている。
「ねえ、ユンは何を目指そうと思っているの?」
「うーん、サポートかな?」
「……おにいちゃんの馬鹿! そんなゴミセンスばかり集めて!」
うん、ゴミだと知っていた。敢えて隙間産業的な意味合いで。と反論しようとしたが。
「いい、弓ってコスパ最悪じゃない! 鷹の目は遠くの物がよく見えたりするだけで、全然ユニークセンスじゃないよ! 魔力才能って何かの属性か魔法が無いと、ほとんど成長しないよ! それに、錬金ってただの物質変換センスで変換率悪いよ! 付加だって、中途半端だし、調教はモンスターを調教するセンスだけど、成功率は高くないから死にセンスだよ。唯一生きてるセンスって合成や調合、生産の心得って生産職じゃない! 一緒に冒険できると思っていたのに」
「えっと、直訳すると、弓は、矢とセットじゃないと使えないし、鷹の目も余り良いセンスじゃない。魔力才能は、錬金でも多少育つけど、効率が悪い、ってところかしら?」
丁寧にセイ姉ぇが説明してくれた。
つまり、俺は足手まといにならないようにサポートセンスを選んだつもりが、完全に足手まといでサポートセンスにすらなっていないのか。
さらにとどめの一言。
「合成や調合で出来るアイテムって大体お店で売っているんだよね」
はい、俺の存在意義がなくなりました。